6―23

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「済まない、スズカ殿――」


 レイコが女将に謝罪した。

 こういうケースでは、客を紹介した人間にも責任があるのだろう。


「いいえ。こちらこそ、ヤマモト様を不機嫌にさせてしまったようで」

主様ぬしさま、申し訳ございませぬ。おそらく、この交渉は決裂すると思われる」

「別にいいよ。その場合は、自分で作るつもりだったし、そのための用地も『組合』で手配しているから」

「そう言って、いただけると有難いのだが、私の失敗は明白なので厳しくお仕置きをして欲しい」

「あっ、レイコさんずるいですわ」

「カオリも一緒に主様にお仕置きしてもらうか?」

「ご主人様、この場にりましたわたくしも同罪ですわ」

「あらあら、貴女あなたたち楽しそうですわね。わたくしも混ぜていただきたいですわ」


『いやいや、あなたには旦那さんが居るでしょ……』


 僕は、あきれ顔でスズカを見た。


「夫とは、ずっと疎遠そえんなのです……この店をわたくしに任せたまま、若い女のところに入り浸っておりますわ」

「お子さんは、られるのですよね?」


 スズカは、暗い顔をする。


「いいえ、それが結婚したものの、子供に恵まれなかったのです……」


 聞けばスズカは、子供ができないまま、40歳になったので刻印を刻んだという話だ。

 悪いことを聞いたと、話題を変更する。


「ここで働いている女中さんは、結婚されているのですよね?」

「いいえ、女中のような仕事にく女は、独身と相場が決まっているのです」

「それは、どうしてですか?」

「ユーイチ様は、こういった店でお酌をしてくれる女性が独り身かそうでないか、どちらが良いですか?」

「正直、どっちでもいいけど……」

「まぁ、ユーイチ様は心がお広いのですわね。普通のお客様は、旦那や子供が居る女は相手にしたくないようです」

「どうしてですか?」

「それは、気に入れば愛人にするつもりだからですわ」

「えっ? 愛人って、店の女中さんをですか?」


 よく考えれば、元の世界でもありそうな話ではあった。


「ええ、女中になるおなごは、それを狙っておりますわ」

「女中の募集は、『組合』で行っておられるのですか?」

「そうですわ。他にも村娘を買ってくることもありますわ」

「買うって人をですか?」

「はい、娼婦と同じですわ」

「じゃあ、歳を取って働けなくなったらどうなるのです?」

「女中として働けなくなっても、仕事はございます。しかし、60を超えたらひまを出しておりますわ」

「その人たちは、その後どうなるのですか?」

「貯めたお給金で生活していくしかありませんわね」

「退職金は出しているのですか?」

「はい、しばらく生活していける程度は払っております」


 この世界は、男権社会のようだ。しかも、商家は父権主義で家長がいろいろなことを決めているようだ。

 民主主義や男女同権が確立された社会ではないため、仕方がないとは思う。

 元の世界でも完全にそういったものが確立されていたとは言い難い。建前的には、そういうことになっていたとしてもだ。むしろ、行き過ぎて逆差別になってしまっている面もあった。

 エルフは、聞いている話では、かなり自由主義であり、個人主義で男女同権が確立されているような印象だ。

 僕の勝手なイメージが先行しているのかもしれないが、頭が良くて合理主義な印象がある。

 まぁ、フェリスを見ていると奔放ほんぽうな種族なのかもと思ってしまうが……。


「今日、『組合』で娼婦の募集を始めたのですが、もし、女中の仕事ができなくなった女性がおられれば、応募してみないか声をかけていただけますか?」

「あら? ユーイチ様が経営する娼館で働く娼婦ですの?」

「ええ、手っ取り早く『春夢亭しゅんむてい』を買収しようかとも思ったのですが、交渉は決裂しそうですし、新しく娼館を作ることになりそうです」

「それでしたら、わたくしも協力させていただこうかしら」

「はい、娼婦になれば1万ゴールド払いますので、その条件で応募したいという女中が居れば声をかけてください」

「いっ、いちまんゴールドですか?」


 やはり、1万ゴールドは破格の条件のようだ。


「でも、愛人になるということは、10万ゴールドで刻印を刻んでもらうわけですよね?」

「ええ、その条件で愛人になる者が多いですわ」

「それに比べたら、1万ゴールドは大したことないと思うのですが……」

「いえ、娼婦として応募して合格すれば誰にでもというのは、やはり破格の条件だと思いますわ」

「なるほど、誰かの愛人になるのは、確率低そうですからね」

「はい、滅多にあることではございません」


 タカコがおそるおそる質問してきた。


「あのぉ、旦那様?」

「何でしょう?」

「1万ゴールドというのは、娼婦として働くお給金ということでしょうか?」

「いえ、身柄をこちらが買い上げるということです」

「では、娼婦になれば、お金はすぐにいただけるのですね?」

「ええ、そうなります。ですが、身売りをするわけですから、他にやりたいことやげたい相手が居る人は応募しないでください」


 スズカがタカコに尋ねる。


「タカコもユーイチ様の娼婦になりたいの?」

「そうですね……。あたしももういい歳ですから、そろそろ身の振り方を考えないと……」

「ユーイチ様、あなたの娼婦になったおなごは、空いた時間に他の仕事をしてはいけませんの?」


 スズカの質問に僕は答える。


「いえ、別に構いませんよ。今のところ一日6時間で一週おきに娼婦をしてもらおうと考えております」

「一週おきですか?」

「はい、客へのサービスは1時間20分とします。客の交代など前後の準備を入れて1時間30分です。0時から6時までと、6時から12時まで、12時から18時まで、18時から0時までの4つのシフトで回すつもりです」

「宿泊施設ではないということですね?」

「そうです。料金を1ゴールドにして、サービスのみを提供する店にするつもりです」

「確かにお客様の回転は早くなりますが、お客様が集まるでしょうか?」

「別に流行らなくてもいいんですよ。娼館経営は、道楽でやるつもりですから」

「まあまあまあ、ユーイチ様は凄いのですね。わたくしも協力のしがいがありますわ」


 スズカの言う協力とは何だろう? 女中を回してくれることだろうか。


「我々も主様の奴隷娼婦として客を取らせてもらう」

「レイコはいいけど、カオリは可哀想だろう」

「なっ……何故、私は良いのですか?」

「だって、レイコはドMだし、そういうの好きなんでしょ?」

「ど、どえむとはどういう意味なのだ?」

いじめられて興奮する変態のことかな」

「くぅーっ! はぁーんっ……」


 ビクビクとレイコが痙攣けいれんした。


わたくしは、構いませんわ。ご主人様のために娼婦をやらせていただきます」


 カオリがそう言った。


「いや、別に僕のためになるってほどじゃないんだけど……。レイコのパーティメンバーには、娼婦よりも娼館の警備をやってもらいたいな」

「それも交代でさせていただきますわ」


 スズカが僕に質問をする。


「それで、ユーイチ様の娼館は、いつ頃できるのでしょうか?」

「一週間後に土地の購入を行う予定だから、その翌日くらいからかな」

「土地を買った翌日にですか?」

「【工房】で建物を造ったら、すぐに始められるよね? まぁ、『春夢亭』が購入できれば、その時点から始められるけど」

「主様、『春夢亭』の件は、明日にでも問い合わせてみます」

「そうだね。ニンフにスパイさせているから、今日の夜中には結果が分かると思うけど、一応、公式回答も聞いておいたほうがいいだろうし」

「『春夢亭』を購入できなかった場合は、新しい娼館を作られるわけですが、『春夢亭』はどうなさいますか?」

「どうとは?」

「『春夢亭』自体が商売敵しょうばいがたきになるわけですが、主様は『春夢亭』の娼婦を助けるおつもりなのですよね?」

「ケイコたちのような40歳を超えた娼婦を身請けしていけばいいのではないかと思うんだけどね。一応、向こうの女将にもそう言っておいたし、『春夢亭』では、40歳を超えた娼婦は、100ゴールドで身請けしてもらえれば万々歳ばんばんざいという雰囲気だったよ」

「なるほど、しかしそれでは、敵に塩を送るようなものでは?」

「別に敵対する必要はないと思うけどね。あと、性病にかかった娼婦もゆずってもらおう」

「正気ですか? それこそ『春夢亭』の責任で『女神の秘薬』を飲ませるべきではないですか」

「ケイコたちに聞いた話では、性病に罹った娼婦が行方不明になったこともあるらしい」

「何という……クズめっ!?」


 レイコは、ジロウに対して怒っているようだ。


「『組合』に訴えてみては如何いかがですか?」

「今となっては、証拠がないよ。娼婦たちの証言だけで立証できるならそうしてもいいけど……」

「くっ……」


 レイコは、悔しそうだ。


「まぁ、ユウコさんにそれとなく話しておけば、『組合』のほうで何らかの対応をしてくれるかもしれないし」

「ああ、確かにユウコ殿になら頼れるかもしれませんな」

「それに、『春夢亭』は、いずれ娼婦の供給が絶たれて潰れると思うよ」

「確かに主様が1万ゴールドで娼婦を集め続ければ、『春夢亭』へ身売りする娼婦は居なくなるでしょうな」

「娼婦になる可能性のある女性に周知しゅうちさせる必要があるから、カナコさんには、近隣の村々にも広めてもらう必要があるだろうね」

「知らずに『春夢亭』に安く買われる娼婦が出ないようにするのですね」

「うん」


 ――そういえば、もう食事は終わりだろうか?


 メインディッシュの肉料理は食べたが、その後、女将が来て、ジロウたちが帰ってしまった。


「レイコ。そろそろ、僕たちも帰る?」

「お待ち下さい、まだ料理は終わっておりません」


 スズカが僕を引き留めた。


「あとは、デザートくらいですよね?」

「まだまだ、お時間はございますわ。わたくしがお酌をいたしますので、もっと飲んで楽しんでいってくださいな」


 スズカが僕の左側の空いた席に座った。

 タカコは、ジロウたちの席を片付け始める。


「カオリもお向かいにお座りなさい。護衛の方たちも良かったらどうぞ」

「いえ、我々はご主人様の護衛ですから、結構です」


 フェリアがそう答えた。


「では、ユーイチ様、どうぞ……」


 スズカが僕のお猪口ちょこ徳利とっくりから酒を注いだ――。


 ◇ ◇ ◇


『現在時刻』


 時間を確認してみると、【22:08】だった。


 ジロウたちが帰ってから、3時間近くもスズカにもてなされてしまった。

 デザート以外にも酒のさかなをどんどん持って来させて、酒を飲まされた。

 こうやって、男をもてなすのに慣れているのだろう、つい気分良く飲まされてしまった。


 ――未成年だから、このような場で酒を飲む機会なんか無かったからな……。


 そろそろ、帰ったほうがいいだろう。待ち合わせはしていないが、使い魔たちが『ユミコの酒場』で待っているかもしれない。


「スズカさん、そろそろ時間も遅いので、帰らせていただきます」

「えーっ、そんなぁ……。夜はまだこれからですわよ?」

「いえ、約束がありまして、そろそろおいとましないといけないんですよ」

「まぁっ、待たせている女が居るのですね?」

「いえ、娼婦の応募者が居るかもしれませんし、まだやることがあるのです」

「分かりましたわ。では、わたくしにもお供をさせてくださいな」

「え? それはどういう?」

「そのままの意味ですわ」

「でも、お店は良いのですか?」

わたくしが居なくても問題ありませんわ」

「分かりました」


 そう言って、僕は席を立った――。


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