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 そうして、10分ほど経過したとき、引き戸が開かれた。


「ヤマモト様がお見えになられました」

「いやぁ、遅れてすまないねぇ」


 小柄で前頭部が禿上がった出っ歯の男が入ってきた。何となくねずみ彷彿ほうふつさせる風貌ふうぼうだ。40歳を超えた辺りで刻印を刻んだと聞いていたが、頭が薄いせいか、思ったよりも老けて見える。見た目は50代という印象だ。

 続いて、こちらも小柄な50代くらいの男が入ってくる。刻印を刻んでいない普通の人間だ。これが番頭だろう。


 僕とレイコは、立ち上がった。

 二人が向かいの席の前に立った。


「本日は、お越し頂きありがとうございます」


 レイコがジロウに挨拶あいさつをする。


「いえいえ、スズキ家のご令嬢からのお誘いでしたら喜んでおうかがいしますよ」


 こちらを見下すような態度で、慇懃無礼いんぎんぶれいな印象だ。


「こちらが、我があるじのユーイチ殿です」

「初めまして、ユーイチと言います」

「ヤマモト・ジロウです。こっちが番頭のカメキチです」

「カメキチと言います。よろしゅうたのんます」


 カメキチは、関西弁のようだ。


「後ろの方たちは、何者ですか?」

「彼女たちは、僕の護衛ですからお気になさらず」


 甲冑姿で背後に立つフェリアとルート・ドライアードが気になるようだ。


「ユーイチさんと申されましたか? どこの家の人なんです?」

「私は、幼い頃にエルフに拾われて育てられたので、家名は持っておりません」

「ほぅ、それは興味深い経歴をお持ちですなぁ」


 ジロウは、明らかに僕が商家の出身で無いことで侮ったようだ。

 貧乏人を見下す金持ちの目をしている。


「それで、レイコさん。今日は、どのような用件で?」

「はい、こちらのユーイチ殿がヤマモト家が経営しておられる娼館『春夢亭しゅんむてい』を購入したいと希望されたので、この席を設けさせていただいた次第です」


 ジロウは、驚いたようだ。娼館を買うような物好きが居るとは思っていなかったのだろう。


「君のような子供が娼館なんぞ買ってどうするつもりなんだい?」

「歳を取った娼婦は、娼館を放逐されます。その後の娼婦の生活は悲惨なものと聞いておりますので、その辺りを改善したいと思いまして」

慈善事業じぜんじぎょうでも始めるおつもりですか?」


『ああ……この人は好きになれないな……』


 僕は、ムカついてきた。こっちを見下す態度も気に入らないし、女性を道具のように考えているのも気に入らない。ケイコたちに聞いた性病に感染したあと、行方不明になった娼婦の話を思い出す。


「ところでレイコさんは、こちらのユーイチ殿と、どのようなご関係なのですか?」

「ユーイチ殿は、私の主だ」

「婚約者ということですか?」

「いや、私は彼の奴隷だ」


『奴隷じゃなくて使い魔ですよ……』


「……そういえば、レイコさんは、オークに捕まったという噂を聞きましたが?」

「ああ、主様ぬしさまが私たちを助けてくれたのだ」

「ほぅ、スズキ家が編成した救出部隊は全滅したという話だったが……?」

「私のパーティメンバーで逃げおおせた者が『組合』に依頼を出してくれて、それを見た主様が助けに来てくれたのだ」

「それは凄い」


 ここで、番頭のカメキチが口を挟んだ。


「そんで、なんぼくらいで『春夢亭』を購入したいと希望されるんどすか?」

「ユーイチ殿は、10万ゴールド出すと仰せだ」


 ジロウが感心したような声を上げる。


「ほぅ、10万ゴールドですか」


 ――いきなり、最高金額を提示してしまってもいいのだろうか?


 この世界の交渉術は知らないが、手の内は伏せておかないと足下を見られるのではないだろうか?

 レイコは、話し方などから分かるように武骨者で交渉のイロハを知らないのかもしれない。

 僕も社会経験の無いただの高校生なので、大きな事は言えないのだが……。


「では、その話は持ち帰って相談したいと思いますわ」


 主人に代わってカメキチが返答した。

 この男の表情は読めない。狡猾こうかつそうな目をしている。この手の交渉ごとには、百戦錬磨ひゃくせんれんまのような印象を受ける。


「うむ、ではよろしく頼んだ」


 そう言って、レイコが手を叩く。


 ――パン! パン!


「失礼します」


 廊下に控えていたのだろう、引き戸を開けて先ほどの女中が入ってきた。


「本日、この部屋でご奉仕させていただきます。タカコと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 そして、テーブルに前菜と酒を並べはじめた――。


 ◇ ◇ ◇


 刻印を刻んでいるので、酔ったわけではないだろうが、酒が入って、饒舌じょうぜつになったジロウは、レイコを口説き始めた。

 レイコも娼館売却の話があるため、強く拒絶はできないようだ。


『別に無理に購入する必要はないんだけどな……』


 レイコがオークに囚われていたときのことも聞いているようだ。

 僕も同じようなことを聞いたのだが、はたから見れば、完全にセクハラだった。


 ――引き戸がスーッと開かれた。


「失礼いたします」


 着物を着た黒髪の上品な女性が入ってくる。後ろには、白無垢しろむくを着たカオリが続いていた。

 女性は、カオリと面差しが似ている。身長は、カオリよりも少し低く、165センチメートルくらいだろう。髪型は、黒髪を左側でくくって、左肩から前に垂らしている。着物の上から見た限りでは、胸のサイズも似たようなサイズに見える。僕の脳裏にカオリの美乳が思い浮かぶ。


「女将のスズカです。本日は、我が家へようこそ」


 女将が挨拶に来たようだ。

 丁度、メインディッシュの肉料理が下げられたタイミングだ。ちなみにメインディッシュは、牛肉を網焼きにした料理でなかなか美味しかった。


「ああ、レイコとカオリのおばさまですね。初めましてユーイチと言います」


 僕は立ち上がって挨拶をした。


「あなたが、レイコさんとカオリを助けて下さったのですね」

「ええ、まぁ……。『組合』の仕事を受けたのがきっかけで……」

「もう、駄目だとあきらめていたのですよ……。それが、また逢えた……」


 スズカが涙ぐんでいる。本当に嬉しそうだ。


『でも、可愛い姪っ子が使い魔になってたと知ったら、怒りに変わるのではないだろうか……』


 見ると、ジロウは不機嫌そうだった。ゲストである自分を差し置いて、女将が僕をチヤホヤしているように感じてるのだろう。


「聞けば、ユーイチ様はレイコさんとカオリを奴隷にされたとか……。きっと物凄い物をお持ちなのでしょうね……」


 スズカはウットリとした顔で言った。


『知られてたし……。でも、何でそんな物欲しげな顔で……』


「いえ、とんでもない。オークに囚われていたところを助けたことで感謝されたのでしょう」

「主様、謙遜けんそんも度が過ぎると嫌味になるぞ」

「そうですわ。ご主人様は最高ですわ」


 レイコとカオリが余計なことを口にする。


「まあっ、それはわたくしも味わってみたいものですわぁ……」


『何を? 母乳を味わうのは僕の方なんだけど……』


 僕は、め殺しという針のむしろを味わった。


「きゃっ!」


 突然、女中のタカコが悲鳴を上げた。

 見ると、お尻を両手で抑えている。

 どうやら、ジロウがタカコのお尻を触ったようだ。


『セクハラ親父かよ……』


「ヤマモトさま、この店では、そういった行為は禁止させていただいております」


 スズカが抗議をした。


「フン! 気分が悪い。帰らせてもらう!」


 ジロウと番頭のカメキチは、立ち上がって部屋を出て行く。


「やぁんっ!」


 すれ違いざまに女将のスズカのお尻にもタッチしていったようだ。


 ジロウは、本当に絵に描いたようなセクハラ親父だった――。


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