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『ユミコの酒場』は、『組合』からだと、徒歩で10分ほどのところにあった。

 たまたま、ガイドブックで調べておいたので、だいたいの場所は分かっていた。『組合』からは、来た道を戻る形で暫く行ったところを右に曲がって数軒目にあるのだ。


「ルート・ドライアード」

「主殿、何か御用ですか?」

「その槍は長すぎるから、普段は外しておいて」

「御意!」


 ルート・ドライアードの槍は、長さが3メートル以上もあるので、狭い屋内では邪魔になる。戦闘時にしか装備させないほうがいいかもしれない。


『ユミコの酒場』の入り口は、引き戸だった。

 僕は、入り口の引き戸を開けて中へ入る。


「いらっしゃいませー!」


 まだ、朝の9時過ぎなのに酒場が開店しているとは思わなかった。

 客はまばらだが、皆無ではなかった。奥のテーブルの一つには、冒険者らしき女性6人の集団が陣取っており、カウンター席には、革鎧を着たショートカットの女性が1人で座っている。


『あの人がミナさんかな?』


「オカモト家のミナさんという方はおられますか?」


 僕は、入り口付近のカウンターの向こうに居る女性に声をかけた。

 まだ、10代に見えるその女性は、一般人のようだ。


『歳は、僕と同じくらいかな?』


 小柄でセミロングの髪型をした黒髪の可愛らしい印象の女性だ。服装は、着物の上に割烹着かっぽうぎを着ている。この店のコスチュームなのかもしれない。


「お待ち下さい……ミナさーん! お客様ですよー!」


 ガタッ!


 奥のカウンター席に腰を掛けていた女性が勢いよく立ち上がる。

 そして、かなり慌ててこちらへ来た。


「あのっ、もしかして依頼を見てくれたの?」

「そうです」


 ミナという女性は、冒険者にしては小柄だった。フェリアよりも10センチ以上背が低い。

 整った顔立ちをした利発そうな女性で、髪は黒髪のショートカットだ。外見年齢は、二十歳はたち前後に見える。

 着用している装備は革装備で、軽装戦士のようだ。普通の革素材を使っているためか、色は茶系統で、これぞ革装備という印象だ。

 ソフトレザーのインナーの上に革の胸当てを付けている。下半身は、革のミニスカートと革のブーツを履いていた。革のミニスカートは、フェリアの履いていたミニスカートのようにタイトでスリットが入ったタイプではなく、少し裾が広がったデザインだ。動きが制限されないように考慮されているのだろう。

 二の腕を覆うスリーブのような装備は付けておらず、フェリアが装備していたようなニーソックスも履いていないため、二の腕と膝上の太もも辺りの素肌が露出している。

 また、グローブは脱いでいるのだろうか、素手だ。こういった飲食店では、邪魔なのだろう。

 僕がミナを値踏みして見ていたように、彼女も僕たちを値踏みするように見ていた。


「『組合』で話は聞いているのよね?」

「はい、オーク・ウォーリアとオーク・プリーストが居て、精鋭の4パーティが壊滅したとか」


 ミナは、ぶるっと身体を震わせた。もしかしたら、彼女はオークがトラウマとなっているのかもしれない。

 依頼内容からして、おそらく彼女は、パーティメンバーを助けたいのだろう。もしくは、さらわれたのが親しい人なのかもしれない。


「じゃあ、こっちに来て」


 ミナは、僕たちを奥のテーブル席へと案内した。

 テーブルは8人掛けのようだ。奥の席にフェリスを座らせて、隣に腰を下ろす。右隣には、ルート・ニンフを座らせた。フェリアとルート・ドライアードは、僕の後ろに立っている。


「そちらの二人は座らないの?」

「我々は、立ったままで結構です」


 フェリアが答えた。


「何か飲む? それとも食事でもどうかしら?」

「じゃあ、何かお勧めがあったら、それを2人分お願いできますか?」


 フェリアとルート・ドライアード、ルート・ニンフには悪いけど、顔バレをするわけにはいかない。


「2人分でいいの?」

「はい」

「分かったわ」


 ミナは、店員のところへ行って注文をしている。

 どうやら、注文を取りには来てくれないようだ。

 注文はすぐに終わったようで、数分と経たずに帰ってきた。


「じゃあ、まず自己紹介からね。あたしの名前は、オカモト・ミナよ。ミナって呼んでね」

「僕は、このパーティのリーダーでユーイチといいます。そして、こちらの黒い鎧を着ているのがフェリア」

「よろしくお願いします」

「そして、銀色の鎧を着ているのが……」


『しまった! ルート・ドライアードでは不自然すぎる!』


「えーっと、ドライです」

「よろしく頼む」


 ルート・ドライアードが僕の話に合わせて挨拶を返してくれた。


「こっちのエルフがフェリス」

「よろしくお願いしますわ」

「で、ローブを着ている魔法使いがニンフ」

「よろしくね」


「えーと、ユーイチにフェリアにドライ、それからフェリスにニンフね……覚えたわ。ユーイチは、魔力系の魔術師なの?」

「いえ、僕は回復系と精霊系の魔術師です」

「なるほど、ヒーラーが1人にタンクが2人、精霊系と魔力系の魔術師が1人ずつってわけね」

「そうです」


 冒険者の基準からすると、全員が魔法を使えるというのは不自然なので、彼女には誤解したままで居てもらおう。


「フェリアとフェリスは、偶然名前が似ているだけ?」

「いえ、フェリアはフェリスの義理の娘なのです」

「エルフに育てられたってこと?」

「ええ、実は僕もそうなんですが……」

「あなた達って、大陸のほうから来たんじゃないのね」

「はい、エルフの里から来ました」


 彼女は、驚いているようだ。この設定は、突飛すぎたのかもしれない。


「エルフが人間を育てることなんてあるのね……それでユーイチ達は、最近この街に来たのかしら?」

「はい、今日着いたばかりです」


 そのとき、入り口の扉が開いて、冒険者風の女性たちが中へ入ってきた。

 人数は、6人だ。おそらく、冒険者パーティだろう。


『女性客ばかりだな……もしかすると、この店は女性専用なのだろうか?』


「この店は、女性専用なのですか?」


 ミナに聞いてみる。


「いえ、そういうわけじゃないんだけど、店主のユミコさんが女だからね。どうしても、客は女が多くなるのよ。だから、男は入りづらいみたい」


【商取引】→『アイテム購入』


『筆記用具』で検索をして、ペンと用紙のセットを購入した。マジックアイテムなので、何度でも使えるだろう。


―――――――――――――――――――――――――――――


 ・魔法の筆記用具セット【マジックアイテム】・・・52.80ゴールド [購入する]


―――――――――――――――――――――――――――――


「オカモトさんは、漢字でどう書くのですか?」


 僕は、『魔法の筆記用具セット』を実体化した。

 ペンと紙を渡すと『岡本美奈』と漢字で書いてくれた。

『組合』の張り紙に書いてあった名前と同じだ。


「ありがとうございます」

「あたしのことはミナって呼んで」

「分かりました」


「それじゃあ、あたしの話を聞いてくれる?」


 そう言って、ミナは自分の身の上に起きたことを話しはじめた。


―――――――――――――――――――――――――――――


 ミナ達のパーティは、女性ばかりの6人パーティだったらしい。

 彼女たちは、12日前に『組合』の掲示板で見つけた、とある村から新しい開拓村へ村人たちの護送をする依頼を受けた。その依頼は、1パーティでは戦力不足なので、他にも男性6人のパーティが2組参加したそうだ。

 この手の依頼は、人気があるらしい。道中で出てくるモンスターは、数が少ないので危険度が低いし、運が良ければ戦闘が起きずに報酬を手にすることもあるからだ。


『シモツケ村』という『エドの街』から北へ徒歩で2日ほどの距離にある村へ行き、そこから更に北の新しくできる開拓村へ住人の一部を移動させるというのが依頼の内容だったようだ。村人達を連れていても朝出発して、夕方には着く予定だったそうだ。


 シモツケ村で一泊した翌日の朝に一行は、新しい村に向け出発した。

 何度か休憩を挿みながら、モンスターにも遭遇せず護送は順調だったようだ。

 そして、もう少しで新しい村に着くというところで、オークの襲撃を受けた。

 最初は、少数のオークなら何とかなると、村人達を護りつつ3パーティがそれぞれオークと戦っていたようだが、それは、オークの罠だった。

 オークと戦っている間に一行は、大型種を含むオークの一団に包囲されていたのだ。森の中から、次々と矢が飛んできて、村人の男に突き刺さる。悲鳴を上げる村人達。

 このとき、ミナのパーティのリーダー――スズキ家のレイコ――がミナに逃げるように指示を出した。ミナは、軽装戦士でパーティ1の俊足だったのだ。『エドの街』に戻り、援軍を連れてくるよう頼まれたとミナは語った。

 もう、全員の生還は絶望的な状況だった。おそらく、男は殺され、若い女は連れ去られるだろう。

 ミナのパーティは、包囲の薄いところを見つけてミナを逃がした。


 ミナは、夜も走り続けて、『エドの街』に戻り、レイコの実家であるスズキ家に事の次第を報告した。

 それにより、翌日には救出部隊が編成され、オーク討伐の部隊が『エドの街』を出発した。

 ミナは、足手纏いという理由で救出部隊には参加させてもらえなかったようだ。

 他にもフォミナ家とシミズ家、イシカワ家が討伐の資金協力を行ったようだ。冒険者レイコのパーティにそれぞれの家の人間が居たらしい。


 それから、数日後、救出部隊からの連絡がないことから作戦の失敗が明らかとなる。

 ミナは、無駄と知りながらも仲間を助けるために『組合』に依頼を出した。


―――――――――――――――――――――――――――――


「どう、引き受けてくれるかしら?」

「勿論ですよ。そのために来たわけだし」

「でも、あなた達だけじゃ戦力不足だと思うわ」

「他に当てはあるのですか?」

「……無いわ、おそらく、誰もあの依頼は受けないと思う」

「Aランクだからですか?」

「それもあるけど、報酬が難度に見合っていないのよ。でも、あたしには、そんなお金が無い。スズキ家は、今回の件で大損害を出しているから、レイコさんのことは諦めたみたいだし……」


 僕は気になったことを質問した。


「討伐部隊に女性冒険者は居なかったのですか?」

「ええ、最悪の場合、捕まってしまう可能性があるので、全員が男のパーティだったそうよ。それに普通は男のパーティのほうが強いからね」


『この場合、女性のみのパーティを送ったほうが良かったんじゃないか?』


 失敗した場合、女性冒険者だと命だけは助かるので、次に助ければいいと思うのだが……。

 救出作戦は1回しか行わないつもりだったから、必勝を期したのかもしれない。


「村人も若い女性は、オークに囚われた可能性が高いのですよね?」

「ええ……」

「冒険者は、簡単に死なないから、救出に時間がかかってもいいですが、村人は早く救出してあげないと死んでしまうかもしれませんよ」

「捕まった村人は、可哀想だけど諦めるしかないと思う……もう、発狂してる可能性が高いわ」

「何か前例があるのですか?」

「いいえ、ただの想像だけど……一日中オークに犯され続けたら普通の人間の女性なら、すぐに死ぬか発狂すると思う。生きていたとしても廃人同然だから、あたしたちには、どうすることもできない」


 沈黙が流れる。

 すると、先ほど入ってきた女性冒険者の一人が話しかけてきた。隣のテーブルに陣取っていたようだ。

 栗色の髪をした大柄な女性だ。銀色の金属製の胸当てをしている。おそらく、プラチナ製だろう。


「あなた達、レイコの救出に行くつもりなの?」

「はい」


 僕が代表して答える。


「自殺行為だから止めておいたほうがいいわよ」

「作戦次第だと思いますが……」

「へぇ? 勝てるつもりなんだ」

「勝算がなければ、依頼を受けたりはしませんよ」

「ふふっ……その若さで凄い自信ね。無事に帰ってきたら、一杯奢らせてもらうわ」

「僕は未成年なのでお酒はちょっと……」

「え? ホントに見た目通りの歳なの?」

「はい」

「大丈夫なの?」

「問題ありません」

「あたしは、このパーティのリーダーでタナカ・カナコって言うの、覚えておいて」

「僕は、ユーイチと言います」

「ユーイチね。無事に帰ってくることを女神様に祈っておいてあげるわ」

「ありがとうございます」


 ミナの方に向き直る。

 丁度、そのときカウンターのほうから、ミナを呼ぶ声がした。


「ミナさーん! ご注文の品、できましたよー!」


 どうやら、料理ができたようだ。


「じゃあ、食べる人はついてきて」


 僕とフェリスが立ち上がり、ミナに付いていく。

 カウンターには、トレイに載った料理が三人分あった。

 ミナがその一つを取ってテーブルへ戻っていく。

 僕とフェリスもそれを持ってテーブルへ戻った。


 トレイの上には、いくつかの皿が載っている。

 メインは、チキン南蛮風の料理だ。鶏の唐揚げらしきものに餡掛けがしてある。

 下にはレタスや刻んだニンジンなどの生野菜が敷いてあった。

 他には、ご飯とみそ汁とお茶とはしがトレイの上には載っている。

 みそ汁は、赤だしで豆腐とワカメが入っていた。

 箸は有り難かった。もう、長いこと使っていないので、懐かしい気がする。


 醤油風味の餡が絡んだ唐揚げを一つ、ご飯と一緒に食べてみる。


「うん、美味い!」


 かなり、いける味だった。これなら、日本の飲食店で提供しても問題ないレベルだろう。それどころか、美味しいと評判になるかもしれない。

 この醤油や味噌は、どこから調達しているのだろう?


「ミナさん、この料理に使われている醤油や味噌って何処かで売っているのですか?」

「店でも買えるけど、これはこの店で作ったものだそうよ」

「そうだったんですか、なるほど……」


 現代人の感覚からすると、醤油や味噌を手作りするというのはあまり考えられない。


『昔は、日本の一般家庭でも醤油や味噌を造ってたのかなぁ……』


 そんなことを考えながら、僕は夢中で平らげた。


「じゃあ、そろそろ出発しましょうか?」


 食べ終わった後、お茶をすすりながら提案をする。ちなみにお茶は、ほうじ茶だった。

 僕の言葉にミナは驚いたようだ。


「この戦力じゃ無理だって!」

「大丈夫ですよ。恐いのでしたら、ここで待っていていただいても構いません。場所を教えていただければ、僕たちだけで救出に向かいますから」


 そのほうが好都合なのだ。ミナの前では、力を制限セーブする必要があるため、移動には時間がかかるし、オークを殲滅せんめつするのにも時間がかかるだろう。また、ミナをかばいながら戦う必要もある。

 僕は立ち上がった。両隣のフェリスとルート・ニンフも立ち上がる。


「待って! あたしも行くわ!」


 僕の思惑に反して、ミナはついてくるようだ。

 依頼を出した手前、僕たちだけを危険にさらすわけにはいかないと責任感から申し出たのか、それとも僕があまりにも余裕の態度なので、大丈夫だと思ったのだろうか?


「じゃあ、お勘定をして店を出ましょう」


 勘定はミナが支払うと言い張ったので、任せることにした。


 そして、僕たちは『ユミコの酒場』を後にした――。


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