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 門の中に入ったすぐ近くの広場には、小さな集落くらいの建物が建ち並んでいる。

 一際ひときわ大きな建物には、『玄武亭げんぶてい』という黒っぽい看板があるので、ここがガイドブックに載っていた高級旅館の一つだろう。

 街道と見た目が同じの広い石畳の道が門から真っ直ぐに街の奥へ向かって続いている。

 街の奥へと伸びた通り沿いには、宿屋や酒場などの店舗が建ち並んでいるようだ。

『エドの街』は、地図で見たとおり、かなり広いようで、通りの向こうは地平線しか見えない。

 広場には、多くの人が行き交っている。周囲の人々の中には、和服を着ている人も居る。しかし、時代劇のように全員がそういった和服姿というわけではなく、どちらかと言えば少数派だ。

 人種は、日本人が多いようだが、中には金髪で大柄な外国人も混じっている。


 多くの人が行き交っているので、足を止めていると邪魔になると思い、僕は広い道を街の奥へと歩き始めた。


『まずは、『組合』だな』


 通りの両側には店舗などが並んでいた。

 軒先で犬を飼っている店があった。柱にロープで繋がれている。この世界にも犬は居るようだ。見たところ口の周りが黒く体は茶色の柴犬の雑種のようだ。

 猫も一匹だけ見かけた。首輪はしていなかったので、野良猫かもしれない。


 しばらく歩いていくと、道の両側には広い水田が広がっていた。

 僕がこちらの世界に来たのは、向こうの世界の日付では8月15日だったので、田んぼは収穫時期がそれなりに近かったはずだ。


『僕が吸い込まれた穴の近くにミステリーサークルみたいなものができてしまったかもしれないな……』


 水田というものは、5月頃に見られるものというイメージなので、おそらく9月の後半くらいの今、水田があるのはおかしいように感じる。農業に詳しいわけではないのでよく知らないが、二毛作や二期作とかがあるのかもしれない。また、米とは限らないので、一応、フェリスに聞いてみる。


「フェリス、この水田では何ができるの?」

「お米ですわ」


 普通に米を作るための水田だったようだ。


「この時期に水田というのは、僕の世界では珍しいんだけど、こっちでは当たり前なの?」

「今が何月か分かりませんが、田植えは5月と11月頃に行われますわよ」


『気候が違うから年に2回収穫できるということだろうか? ひょっとして冬が来ない?』


 飛んできたすずめが道の端に降りたのが見えた。こちらの世界には雀も居るようだ。

 田園地帯は、かなり広く、徒歩だと抜けるのに1時間以上かかった。


『これはキツい……』


 身体的には全く問題ないが、1時間以上も歩くのは時間の無駄というような強迫観念に囚われてしまうのだ。

 こちらの世界の人々には、それが普通なのだろうけど、ちょっと長い距離なら電車や自動車で移動するのが普通の現代日本人の僕には、この距離を毎日歩く気にはなれない。


 田園地帯を過ぎると商業エリアに入ったようで多くの建物や店舗が建ち並ぶ街らしい賑わいのある場所に出た。


「フェリス、『組合』はこのまま真っ直ぐでいいのかな?」

「ええ、もうすこし先ですわ」

「この通り沿いなの?」

「そうですわ。大きな建物ですから、すぐに分かりますわ」


 更に10分くらい歩いたところに『組合』はあった。

 一際大きな建物で見るからに他の建物とは材質が違う。一見しただけで城壁と同じ魔法建築物ということが分かった。

 建物の前面の壁には、大きめのひさしが付いている。訪問客が行列になったときに雨宿りができるようになっているのだろうか?

 入り口の大きな扉は、解放されていた。

 僕たちは、『組合』の中へ入った。すると、騒がしかった室内が、僕たちを見て静まりかえった。エルフが入ってきたので驚いたようだ。数秒の後、またガヤガヤと騒がしくなった。


「フェリス、刻印の付与は何処でしてもらえるの?」

「あちらですわ」

「フェリスは、右端にあるカウンターを指す」


 僕はそのカウンターに向かった。運良く誰も刻印付与の受付はしていないようだ。

 受付嬢は、一般人のようで、年齢は30代半ばくらいだろうか? 黒髪のショートカットで胸がかなり大きかった。服装は、黄緑色の胸元が空いた厚手のニットシャツのようなものを着ている。ノーブラなのか胸元からのぞく胸の谷間が受付嬢が動く度にユサユサと揺れる。下はカウンターで隠れていてよく分からない。


「いらっしゃいませ」

「魔術刻印の付与をしてもらいたいのですが……」

「付与される魔術刻印は、お決まりですか?」

「一応、目録のようなものがあれば見せてほしいのですが?」

「ここで扱っております魔術刻印は、こちらです」


 そう言って、胸の大きな受付嬢は、引き出しから一枚の紙を取り出して僕に見せてくれた。

 そこに載っていた魔術刻印の価格は、以下のとおりだ。


―――――――――――――――――――――――――――――


 ■基本魔法

 ・武器 …………………………… 10000ゴールド

 ・体術 …………………………… 10000ゴールド

 ・射撃 …………………………… 10000ゴールド

 ・商取引 ………………………… 50000ゴールド

 ・工房 …………………………… 50000ゴールド

 ・調剤 …………………………… 30000ゴールド

 ・料理 …………………………… 30000ゴールド


 ■魔力系魔術

 レベル1

 ・マジックアロー ……………… 1000ゴールド

 ・ナイトサイト ………………… 1000ゴールド

 レベル2

 ・スリープ ……………………… 5000ゴールド

 ・トゥルーサイト ……………… 5000ゴールド

 レベル3

 ・シールド ……………………… 10000ゴールド

 ・レビテート …………………… 10000ゴールド

 ・フェザーフォール …………… 10000ゴールド

 ・テレスコープ ………………… 10000ゴールド

 レベル4

 ・ダメージシールド …………… 15000ゴールド

 ・フライ ………………………… 15000ゴールド

 ・インビジブル ………………… 15000ゴールド

 ・レーダー ……………………… 15000ゴールド

 レベル5

 ・マジックシールド …………… 20000ゴールド

 ・エクスプロージョン ………… 20000ゴールド


 ■精霊系魔術

 レベル1

 ・フレイムアロー ……………… 1000ゴールド

 ・アイスバレット ……………… 1000ゴールド

 ・エアカッター ………………… 1000ゴールド

 ・ストーンバレット …………… 1000ゴールド

 ・ウィル・オー・ウィスプ …… 1000ゴールド

 レベル2

 ・ストレングス ………………… 5000ゴールド

 ・アジリティ …………………… 5000ゴールド

 ・ウインドブーツ ……………… 5000ゴールド

 ・リジェネレーション ………… 5000ゴールド

 レベル3

 ・ファイアボール ……………… 10000ゴールド

 ・ライトニング ………………… 10000ゴールド

 ・ウインドバリア ……………… 10000ゴールド

 ・エアプロテクション ………… 10000ゴールド

 レベル4

 ・フレイムウォール …………… 15000ゴールド

 ・ストーンウォール …………… 15000ゴールド

 ・エレメンタルヒール ………… 15000ゴールド

 レベル5

 ・ファイアストーム …………… 20000ゴールド

 ・ブリザード …………………… 20000ゴールド


 ■回復系魔術

 レベル1

 ・ヒール ………………………… 1000ゴールド

 ・ライト ………………………… 1000ゴールド

 ・フラッシュ …………………… 1000ゴールド

 レベル2

 ・ダメージスキン ……………… 5000ゴールド

 ・ホーリーウェポン …………… 5000ゴールド

 レベル3

 ・ミディアムヒール …………… 10000ゴールド

 ・リザレクション ……………… 10000ゴールド

 レベル4

 ・リアクティブヒール ………… 15000ゴールド

 ・グレーターダメージスキン … 15000ゴールド

 レベル5

 ・グレーターヒール …………… 20000ゴールド

 ・エリアヒール ………………… 20000ゴールド


―――――――――――――――――――――――――――――


『この世界の貨幣価値からすると、かなり高いな……』


 エルフが伝承している魔術との違いは、【リザレクション】があるのと、精霊系に【ヴォーテックス】【ロックフォール】が無いこと、更に召喚魔法の【サモン】も無い。【サモン】は、エルフの中でも失伝しているらしい。

 僕は、予定どおり【リザレクション】を刻んでもらうことにした。


「では、【リザレクション】をお願いします」

「1万ゴールドとなります」

「魔法通貨でもいいですか?」

「勿論でございます」

「誰に渡せばいいでしょうか?」


 目の前の受付嬢は、見たところ一般人だ。普通の人間と刻印を刻んだ人間は、少し見れば違いが分かる。刻印を刻んだ人間は、肌に傷やホクロなどがなく、人形チックなのだ。頭髪や眉毛、睫毛等しか体毛が残っていないので、産毛の有無でも分かる。しかし、肌の質感などは、人間とよく似ている。人間に擬態ぎたいしていると言っても過言ではないかもしれない。


「刻印を付与する魔術師にお渡し下さい」

「分かりました」

「では、右の扉からお入りください」


 僕は立ち上がり、右奥にある扉を開けて中に入った。

 扉の中は廊下になっていて薄暗い。

 奥へ歩いて行けばいいのかと歩き始めたら、廊下のなかほどにある左の通路から先ほどの受付嬢が出てきた。


「こちらでございます」

「はい」


 受付嬢に案内されるまま、廊下の奥へ進む。

 受付嬢は、奥の扉をノックした後に開けて僕を中へと誘った。

 扉をくぐると、部屋の中には、ローブを着た女性が居た。外見年齢は、特定しづらく30代にも40代にも見える。

 長い黒髪で、たまにテレビでやっている美魔女っぽい印象の女性だ。


「久しぶりの客じゃな」

「ユウコ様、こちらのお客様が【リザレクション】をご所望です」


 それだけを告げて、受付嬢は扉を閉めて帰っていった。

 この女性は、ユウコと言うようだ。珍しい名前ではないが、妹と同じ名だ。同じと言っても「優子」ではなく、「祐子」や「邑子」かもしれないが。


「ほぅ……。これは、凄まじい気をまとった坊やじゃな……」

「……何がです?」

「いや……。坊やは、そんななりをして回復系魔術師なのかい?」

「ええ、そうです。ローブは楽なので着ています」

「確かにな。街中で戦闘をするわけでもなし。じゃが、冒険者たるもの常在戦場の心得を忘れてはいかぬぞ」

「はい」

「それにしても見たことがない顔じゃのぅ……お主、この街の生まれじゃないのかい?」

「はい、そうです」

「ほぅ、何処の生まれじゃ?」

「それは分かりません。幼い頃、エルフに拾われて育てられたので……」


 僕は、フェリスと決めた設定を語る。必要なこととはいえ、嘘を吐くのは心が痛んだ。


「なんじゃと? それは本当かぇ?」

「ええ」

「なるほど、エルフには【リザレクション】が伝わっておらぬからのぅ」

「【リザレクション】を作ったのは、『組合』の初代組合長なんですよね?」

「そう言われておるな。【冒険者の刻印】もそうじゃ」

「なるほど」

「坊やは、【エルフの刻印】を刻まれておるのじゃろ?」

「はい、その通りです」

「高い金を出して【リザレクション】を刻むのは何故じゃ?」

「今後、必要になるかもしれないと思いまして」


 話し相手に飢えていたのだろうか、刻印付与の魔術師ユウコは、意外とお喋りだ。


「よかろう、では、1万ゴールドを渡せ」


『トレード』


 1万ゴールドを渡した。


「では、刻印を刻む位置は決めてあるか?」

「いえ」

「回復系魔術じゃから何処に刻んでも良いが、鎧で隠れやすい部分に刻むのがよかろう」

「はい」

「では、上半身だけで良いから裸になれ」


『装備7換装』


 僕は浴衣姿となり、浴衣をはだけさせる。


『ちょっと恥ずかしいな……』


「……お前さん……なんという数の刻印を刻んでおるのだ……」


『そう言えば、【刻印付与】を使うと相手の刻印が見えるようになるんだった……』


 僕は、適当なことを言って誤魔化すことにした。


「エルフが刻んでくれたのです」

「それにしても、何故こんなに……」

「同じ魔法を何度も使えるようにしているのだと思います」

「魔力が持たぬじゃろう?」

「しかし、同じ魔法を連続で使いたいときもありますよね?」

「確かにそうじゃが、ここまでやる冒険者はおらん」

「でっ、ですよねぇーっ……」

「こんなことをしていたら、破産してしまうわっ!」

「……では、お願いします」

「うむ、背中を見せてみろ」


 僕は後ろを向いた。


「背中もあまり空いておらぬな……ふむ、ここでよかろう」


 彼女は、僕の背中の右脇腹の近くに手を置いた。


「終わったぞい」


 僕は魔法を確認してみる。確かに【リザレクション】が増えていた。


「ありがとうございました」

「もう、会うこともなかろうが、達者でな」

「はい」


 もう、僕がここで刻む魔術刻印はないだろう。


『装備2換装』


 僕は、元の魔術師装備へと戻り、部屋を後にした。


 廊下を移動して『組合』のホールに出る。

 受付嬢に会釈をして、使い魔たちの元へ歩いていく。


「次は、適当にクエストを受けてみようと思う」

「畏まりました」

「フェリス、依頼の貼った掲示板は、向こうのあれでいいのかな?」


 僕は、フェリア以外の使い魔が返事をする前に言葉を被せた。こんなところで仰々しい返事を連発されても困る。


『最初に諭しておくべきだったか……』


「そうですわ」


 向こうに依頼の書いた紙が貼り出された大きな掲示板が見える。

 見ていると冒険者らしき男達がこの建物に入って来て、掲示板を少し眺めてすぐに去って行った。


『ひょっとしたら、いつも同じような依頼しかないのだろうか?』


 僕にとっては、初めての経験なので、一つ一つ確認していたら物凄い時間がかかってしまうだろう。


「あの掲示板って、分類とかあるの?」

「ええ、多くが『ムサシノ牧場』からの依頼ですわ。だから、それは分けてありますの。あとは、難度でも分けられていますわね」

「難度なんてあるんだ……」

「『組合』が依頼者から話を聞いて決めるのですわ」

「あまり目立ちたくないけど、難度の高い依頼を見てみよう」

「はいですわ」


 フェリスに案内されて、僕たちは掲示板の前まで行く。

 日本語で書いてあるので読める。

 一番難度の高い依頼は、オーク退治だった。


『意外とショボいな』


 よく読んでみると、オークにさらわれた冒険者を救出するクエストのようだ。


『コレにしよう』


 僕は即決した。女性を救出するというヒロイズムを掻き立てられる内容だし、オークの生態を確認する良い機会でもある。

 依頼の難度はAで、依頼者は、『岡本美奈』となっている。報酬は、1000ゴールドだ。


「フェリス、依頼を受けたいときはどうするの?」

「窓口で依頼の内容を伝えればいいのですわ」


 僕は、先ほどとは別の左のほうにある『依頼受付』の窓口へ向かった。

 こちらの受付嬢の年齢は、20代前半くらいに見えた。薄い胸のボーイッシュなショートカットの女性だった。服装は、紺色のノースリーブタイプのワンピースのような服を着ている。


『少し、水谷に似てるかも……』


 年齢が違うし、顔もそれほど似てないが、背格好や雰囲気が水谷に似ているように思う。


「すいません、依頼を受けたいのですが?」

「どの依頼ですか?」

「難度Aのオークを退治するやつです」

「――――!?」


 受付嬢が目を見開く。


「よくお読みになりましたか?」

「何か問題でも?」

「あの依頼のオークは、普通のオークではありません、オーク・ウォーリアとオーク・プリーストが混じっています。一度、スズキ家が精鋭の4パーティを送り込んで討伐しようとしたことがありますが、全滅したそうです」

「何故、そのスズキ家の人は討伐部隊を送り込んだのですか?」

「オークに囚われた冒険者パーティのリーダーがスズキ家の人だったのです」

「なるほど……」

「取りやめますか?」

「いえ、受けます」

「本気ですか? 今の話を聞いて、それでも受けると?」

「ええ、作戦次第で行けると思いますよ」

「……そこまでおっしゃるのでしたら、どうぞお受けください。依頼主のオカモト家のミナさんは、『ユミコの酒場』で毎晩夜10時まで待っているとのことです」

「分かりました」

「お気をつけて」


 そして、僕たちは『組合』を後にした――。


―――――――――――――――――――――――――――――

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