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『現在時刻』


 時刻を確認すると、【10:31】だった。


【グレーターダメージスキン】【グレート・リアクティブヒール】


 ミナに回復系のバフを入れておく。


「わっ、ありがと」


 ミナが僕に礼を言った。この中でミナは、ダントツにレベルが低いので注意しておく必要がある。

 最悪、【リザレクション】があるので、復活させることはできると思うが。


「では、先導してもらえますか?」

「いいわよ」


 ミナは、そう言って北門のほうへ歩き出した。

 僕たちも後に続く。


「ユーイチのパーティは、オーク・ウォーリアやオーク・プリーストと戦ったことがあるの?」

「ええ、前に一度」

「どう思った?」

「強さに対してですか?」

「そう」

「それほど強いとは思いませんでした」

「そうなんだ」


 ミナは、少し安心したようだ。


「でも、凄い数が居るかもしれないわよ? どうするの?」

「精霊系魔術に【ストーンウォール】という魔術があるのを知っていますか?」

「ええ、名前だけは……」

「それを使えば、囲まれる心配がありませんから、時間を掛ければ殲滅せんめつできると思いますよ」

「へぇー、そんなことができるんだ。でも、その魔法ってオークに攻撃されたら消えちゃうんでしょ?」

「オークは、そこまで頭が回りません。壁を避けてこちらに向かってきますから大丈夫です」

「ホントに?」

「実際に、千体以上のオークをそうやって殲滅したことがありますから」

「だったら、安心ね」


 田園地帯を抜けて北門の近くに到着する。


「オークの拠点の場所は、分かっているのですか?」

「それが……分からないのよ。襲撃された場所までしか案内できないわ」

「分かりました。そこからは、ニンフに偵察してもらいましょう」

「いいわよ」


 ルート・ニンフが答えた。


「一応、道中でも【レーダー】を使って敵が来ないか見ていてくれ」

「ええ」


 僕は、ミナのほうを向いて目的地までの移動方法について聞いてみる。


「ずっと、徒歩で移動するつもりですか?」

「あなた達さえよければ、街を出て最初の分岐からは走りましょう」

「いいですよ」


 僕たちの一行は、エドの街の門をくぐって、街の外へ出た。

 門を出てすぐの街道を右――東――方向へ進む。

 この時間帯だと、朝に比べて通行人はまばらだ。


【グレーターダメージスキン】【グレート・リアクティブヒール】


 知らない間にクールタイムが終わっていたので、自分にも回復系のバフを入れておく。


『別に要らないと思うんだけど、フェリア辺りが心配するからな……』


 仮に突然ドラゴンが出てきたとしても、使い魔たちが身を挺して護ってくれるので、僕は逃げられると思う。

 気をつけないといけないのは、魔法の集中攻撃だろう。数百人に狙い撃ちにされたら、例え一度蘇生できるとしても秒殺される可能性が高い。


 一時間ほど歩くと、大きな橋が見えてくる。


「あれが、『スミダ川』ですわ」


 フェリスが僕に教えてくれた。


『スミダ川』の川幅は、100メートル以上ありそうだ。

 橋は、魔法建築物のようで、これも初代組合長が作ったのだろうか?

 橋の幅は、街道よりすこし広く、欄干らんかんが付いている。

 橋は中央に向かって少し勾配が付けられているが、アーチ型というわけではなく、単に水はけを良くするためのようだ。

 橋を渡っていると、前方にもう一つ橋が見えてくる。


「もしかして、向こうは荒川?」

「そうですわ」


 僕は、地理にうといので、元の世界の隅田川と荒川の位置関係がよく分かっていない。東京には、たまに遊びに行くが交通手段は電車だった。


 橋を渡って500メートルほど歩くと、先ほどの『スミダ川』に架かっていた橋よりも大きな橋にさしかかった。

『アラ川』の川幅は、『スミダ川』の2倍くらいに見える。

『アラ川』に架かる大きな橋を渡って、15分ほど歩くと、街道が北と東に分岐していた。


「ここを北へ行くの」

「分かりました」

「じゃあ、ここからは走るわよ」

「了解」


 ミナは、街道を走り出した。

 僕たちもそれを追って走り出す。

 刻印を刻んだ身体は、何時間でも走り続けることができる。おそらく、トータルで見ると馬よりも一日に移動できる距離は上だろう。

 走り出してまもなく、10メートルほどの小さな橋にさしかかった。この橋は、魔法建築物ではなく、木製の簡素なものだ。

 そのまま10分ほど走ると右手に川が見えてくる。堤防が無い川で水深も浅そうだ。元の世界だとこういった川の水は汚れているけど、工場などが無いこの世界では、水浴びができそうなくらい綺麗な川だ。街道の左手は多数のカエルが棲息していそうな湿地帯だ。

 更に15分ほど走るとまた橋にさしかかった。今度の橋は、石造りの30メートル以上はありそうな橋で、橋の基部がアーチ構造となっている。魔法建築物では無さそうだが、これだけの構造物を土木作業で作ったのだろうか?


「フェリス、この橋ってどうやって造ったか分かる?」

「はい。【工房】でアイテムとして造ることができますわ」

「魔法建築物じゃないよね?」

「マジックアイテムとして造りますと、壊れない代わりに高価になってしまいますわ」

「普通のアイテムとして、こんなに大きなものが造れるのか……じゃあ、家なんかも?」

「そうですわ。大きなものは少しお高くなりますが、魔法の建築物に比べるとずっとお安いんですの」

「しかし、普通のアイテムだと橋なんかは構造に気を使わないと落ちちゃうよね?」

「ええ、その辺りは職人の腕次第ですわ」


 なるほど、と僕は思った。この世界には、安く強固な構造の橋や建物を造ることに長けた【工房】の職人が居るのだろう。元の世界だと構造計算を行う建築技術者のような存在だ。


 橋を渡り、更に5分ほど進むと左へ曲がる丁字路にさしかかった。

 こういった、横道はたまに存在する。街道は網の目のように複雑なのだろうか? 一体誰がそんな道路を造ったのか?


「フェリス、街道を誰が造ったのか知ってる?」

「造ったのは、一人じゃないと思いますわ。ただ、『エドの街』周辺の街道は、初代組合長の可能性が高いですわ」

「さっきのような横道は何処に続いているんだろう?」

「何処かの村だと思いますわ」

「その村を開拓したときに【工房】を使える職人が道を敷設したの?」

「そうですわ」


 道路は、【工房】のアイテム作成で必要に応じて造られているようだ。

 更に5分ほど進むとまた橋があった。


『川が多いな……』


 河川は、人の暮らしに欠かせないが、大雨で洪水を引き起こしたりする原因にもなる。

 この世界にはどのくらい雨が降るのか聞いてみたいが、ミナの耳に入ると何故そんなことも知らないのかと僕のことを疑われてしまうだろう。

 こうやって、冒険者のようなことをしていれば、そのうち分かると思うので、性急に答えを求める必要はないだろう。この仕事が終わった後にフェリア辺りに聞いてもいいし……。ちなみに、今のところ雨が降っているのをまだ見たことがない。


 今度の橋も先ほどの橋と同じくらいの長さだ。

 橋を渡って、街道を30分ほど走ると、今度はかなり大きな橋に出た。


『ここが日本なら、埼玉県か茨城県の境あたりだろうな……だとしたら、利根川の上流?』


 実際には、中流なのだろうけど、千葉県のほうから見れば上流だ。

 本当に利根川かどうかは分からないが。


 その橋を渡って、更に2時間くらい走ると左に曲がる丁字路があり、ミナはそこで止まった。


「ここを左に行くと『シモツケ村』よ」


『現在時刻』


 時刻を確認すると、【15:22】だった。

 徒歩で2日かかる距離を5時間くらいで移動することができた。

 走る速度も普通の人間に比べて速い。おそらく、時速20キロメートル以上で走り続けたと思う。

 僕たちは、ミナよりもレベルが高いので敏捷性も高く、本気で走ればもっと速く走ることも可能だ。


「村に寄っていくのですか?」

「いいえ……唯一人、逃げたあたしが村へ顔を出すのは……」


 ミナは、助けを呼ぶためとはいえ、逃げたことに後ろめたさを感じているようだ。


「もう一息で、あたし達がオークに襲われた場所に着くわ」

「では、行きましょう」


 僕たちは、また走り出した。


 それから、40分ほどが過ぎたときだった……。


「――!? 旦那さま、敵が近づいて来るわ」


 ルート・ニンフが僕に警告を発した――。


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