4―11

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 僕は、200人を超えると思われるドライアード達の母乳を交代で吸った。一人につき15~20分くらい母乳を吸って、3日くらいかかった。普通の人間だった頃なら不可能だっただろう。出来たとしても苦行と言ってもいい行為だと思う。しかし、刻印を刻んでいる僕は、それを楽しんでこなすことができた。


 全員の母乳を吸い終わったところで、僕は少し移動して湯船に入った。

 それを見たフェリアとフェリス、周囲のドライアード達が湯船に入ってくる。


 僕は、フェリアの母親であるエルフのフェリスに話し掛けた。


「そういえば、フェリスさんは、どうやって此処ここに来たのですか?」

「ご主人サマ、わたくしは、あなた様の奴隷なのですよ。名前は呼び捨てて、もっと横柄な態度で接してくださいな」

「え? で、でも……」

「使い魔にとっては、あるじに堂々と命令されたり、尊大な態度を取られるほうが嬉しいのですわ」

「分かりました。じゃあ、どうやって『妖精の国』に辿り着いたのか教えて」

「畏まりました。わたくしはゾンビの大群を引き連れて富士のふもとまで来ましたの。ですが、洞窟の中にトロールが見あたらなかったので、ゾンビを誘導しながら中へ入ったのですわ」

「それで?」


 先を促す。


「そうしましたら、洞窟の途中でトロールの大群が出てきて戻れなくなってしまいましたので、奥の洞穴に飛び込んだのですわ」

「それで、『妖精の国』に逃げ込めたの?」

「はい、ゾンビ達が囮になってくれたみたいですわ」

「それから、外に出ようとは思わなかったの?」

「何度か挑戦してみたことがありますの。ですが、トロールを倒して外に出るのは不可能だと思いましたわ」

「他に外への出口はないの?」

「ええ、わたくしもいろいろと探してはみたのですが……」

「百年も『妖精の国』で何をしていたのですか?」

「特に何もしていませんわ……ここでは、お金も稼げませんし……」


 トロールを倒せたら稼げるのだろうけど、それなら、フェリアの元へ戻れただろう。


「ドライアードに甲冑と槍をプレゼントしたのも?」

「ええ、そうですわ。ドライアード達には、前衛職が居ませんでしたから、トロールと戦うときに、穴の入り口などの狭いところで食い止められるように渡したのですわ」

「そうなんだ」


 僕は、ドライアードの強さについて聞いてみる。


「見たところ、ドライアード達は戦士職に向いて無さそうなんだけど、よくあの鎧が装備できましたね」

「ドライアードは、普通の人間の冒険者よりもずっと強いのですわ」

「そうなんですか?」

「ええ、調べてみたところ、かなり重い鎧でも装備可能でしたわ」

「ドライアード達を【レーダー】で見ると黄色い光点で映るんだけど、どういうことだと思います?」

「おそらく、『ドライアード』はモンスターと同じ存在で、人間に友好的だからですわ」

「え? モンスターなの?」

「はい、知能が高く人間種に対して友好的なだけですわ。例えば、『ドライアード』が死んだ場合には、消え去って約24時間後に復活しますわ」


【レーダー】の黄色い光点は、人間に対して友好的なモンスターという意味なのだろうか?


「それを確認したの?」

「はい、わたくしがトロールの巣穴の向こうへ帰りたいと無理を言ったら、何度かトロール討伐に付き合ってくれたのですわ。その時に死んだドライアードが何体も居たのですわ」

「死んだドライアード達は、記憶はどうなっていたの? フェリスのことは覚えていた?」

「いいえ、死んだドライアードは記憶を失ってしまっていましたわ。しかし、ドライアードは記憶の共有ができますから、そのうちわたくしのことも思い出しましたわ。全滅さえしなければ、記憶は受け継がれるのだと思いますわ」

「他のモンスターにも起きている現象だと思う?」

「それは、分かりませんわ」


 可能性としては、他のモンスターでも起きていると考えたほうが自然だろう。


「さて、この後はどうしたらいいかな?」

「ご主人サマは、どうしたいのですか?」

「次は、『エドの街』の見物に行きたいんだよね」

「ご主人サマは、マレビトなのですよね?」

「フェリアに聞いたの?」

「そうですわ」


 おそらく、二人で話し合ったときに、フェリアは、僕のことをいろいろと語ったのだろう。


「ずっと、フェリアとゴブリンなんかを狩ったりしていて、街へは行ったことがないんだよね」

「『妖精の国』には、他にも種族が居ますわよ、そちらのほうを先に攻めてみては?」

「攻めるって、敵が居るの?」

「いいえ、ドライアードの集落からしばらく行くとニンフの泉がありますわ。ですから、ニンフ達も奴隷にされては如何いかがですか?」

「ええっ? ドライアード達も別に奴隷にした覚えはないんだけど……」

「フフフ……何をおっしゃいますやら、わたくしを含めてドライアード達もユーイチ様が居なければ生きていけない身体にされてしまいましたのに……」


『何でおっぱいを吸っただけで……』


 僕は、側に控える今は裸の甲冑のドライアードを見た。


「もしかしたら、これで記憶の同期は無くなるかもしれないね」

「構いません。主殿あるじどのにお仕えすることこそ私の使命……」


 フェリアが、話しかけてきた。


「よろしいでしょうか、ご主人様?」

「なに?」

「ご主人様の使い魔となったドライアードに【魔術刻印】を刻んでもよろしいでしょうか?」

「じゃあ、よろしく」

「畏まりました」


 フェリアは、僕の使い魔となった甲冑のドライアードを連れて湯船から出て行く。

 洗い場で刻印を刻んでいるようだ。


「フェリス、あなたにも、刻印を刻んでおこうと思うんだけど、いいかな?」

「勿論ですわ」


 僕たちは、湯船から出て、洗い場の大理石の上にフェリスを寝かせた。

 彼女が持っていない【魔術刻印】を刻んでいく。

 華奢なフェリスは、身体の表面積が狭い。

【魔術刻印】は、だいたい一円玉くらいのサイズなので、身体の表面積が広い人のほうが数多く刻める。

 勿論、魔術の素質が無ければ意味がないし、最大魔力量によって魔術の使える回数も決まってしまうので、多く刻んだからといって使いこなせない。しかし、選択肢は増えるので、多くの【魔術刻印】を刻むのは悪いことではないが、その程度なら小柄な人でも問題はないだろう。


「ねぇ、フェリス」

「はい、なんでしょうか?」

「浮気してたって話はホントのことなの?」

「――――っ!? ……はい……」

「誰としていたの?」

「相手は、昔の冒険者仲間の戦士ですわ」

「どうして?」

「それは……あの人が……わたくしを抱いてくれなくなったから……」

「寂しかったの?」

「ああっ、ぁそうなんっですぅ……」

「その浮気相手は、まだ生きてるのかな?」

「いいえ、ゾンビの襲撃のときに早い段階で亡くなったと聞きましたわ。それに生きていたとしても百年前の話ですから……もう、顔も覚えていませんわ」


 これは嘘だろう。

 刻印を刻むと記憶力が格段に良くなるため、そこまで親しい相手の顔を忘れるということはあり得ない。


「好きだったわけじゃないの?」

「身体だけの関係でしたわ。わたくしは男に抱かれたい、彼も娼館で金を使わずに済む。お互いにメリットがあったのですわ」

「娼館と言えば、フェリアに娼館を購入するよう勧められているんだよね」

「買ってどうしますの?」

「フェリアは、娼婦に【エルフの刻印】を授けて、僕の奴隷にして娼婦を続けさせたらどうかって言ってた」

「それは名案ですわね」

「どうしてそう思うの?」

「可哀想な娼婦達を救えますわ」

「誰かの奴隷になることが救いだとは思えないけど……」

「最初に条件を提示すればいいのですわ、娼婦達は、喜んでご主人サマの提案に乗ると思いますけどね」

「まぁ、あなた達みたいに本人が納得しているなら別にいいけど……」

「ええ、わたくしは、ご主人サマの奴隷使い魔となって心から幸せを感じていますわ」

「それも召喚魔法の効果なんじゃないかな……」

「理由は、何でもいいのですわ……」


 そうやって、僕はフェリスにフェリアと同じ刻印を全て刻んだ。

 フェリスに刻印を刻んだ後、フェリスと一緒に湯船に戻った。するとフェリアが近づいてきた。何か話があるようだ。


「ご主人様?」

「なに?」

「ドライアード達を連れてトロール狩りに出かけませんか?」

「いいけど、急だね?」

「ご主人様が、まだおくつろぎになりたいのでしたら、ご都合に合わせます」

「最近、あまり会話していなかったから、フェリアと少し話がしたいな」

「はい、何でございましょうか?」

「どうして、フェリスやドライアードを僕の使い魔にすることに熱心なの? 仲魔が欲しいわけじゃないよね?」

「はい、それは、ご主人様の戦力を向上させるためです」

「あー、なるほど。こないだみたいな状況でもフェリアくらい強い使い魔がもう一人でも居たら、もっと簡単に状況を打破できただろうからね」


 あのとき、僕たちと同じくらいの強さの使い魔がもう一人居たら、普通に戦ってトロールを殲滅せんめつできたかもしれない。

 脱出するのも、もっと簡単だっただろう。ロックフォールが切れたときにフェリアと交代して先導させることもできたのだから。

 つまり、フェリアは、あのような状況に陥ってもいいように僕の戦力を高めたいようだ。そのために、新しい使い魔を増やすのに熱心だったわけだ。


「自分の母親が僕の使い魔になったことに対して、わだかまりはない?」

「ありませんわ。叔母にも今度逢ったら、ぜひとも、ご主人様の使い魔になるよう説得するつもりです」

「そんなに使い魔が増えても面倒見切れないんだけど……」

「面倒をみる必要なんてございません。使い魔は道具なのですから、必要に応じて呼び出し、不要なら帰還させておけばいいのです」

「そういうのを釣った魚に餌をやらないって云うんじゃないだろうか……」

「そう、お思いなら、たまにお情けをいただければ十分です」


『お情けって、母乳を吸うこと……?』


「じゃあ、トロール狩りに行こうか」

「ハッ!」


 僕は、トロール狩りに向かうため、湯船を出ることにした――。


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