4―9

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「ふぅーっ……」


 僕は、大きく息を吐いて、その場に座り込む。

 そして、不要な自己強化型魔術を全てオフにした。


「お見事でございます! ご主人さまっ!」


 その声を聞いて、フェリアを見ると、僕のほうへ歩いてきた。

 そして、座っている僕のかたわらで片膝を地面についてこうべれる。


『女騎士モードだな……』


「ありがと……」


 おそらく、数千体は居たであろうトロールを殲滅せんめつすることが出来た。

 昨日の敗北が嘘のようだ。


『やっぱり、作戦は重要だなぁ……今後もトライ&エラーで対処できるようにしないと……』


 トライ&エラーは、ゲームでは有効だが、現実世界では、トライした時に死んでしまっては意味がない。

 昨日のような絶体絶命のピンチにおちいっても確実に逃げられる手段を作っておいたほうがいいだろう。


 洞窟の中を見ると、まだ【ヘル・フレイムウォール】の効果が残っていた。

 MPは8割以上あるので、炎が消えたら、すぐに行動しても問題ないだろう。

 24時間経つとトロールが復活するので、早めに行動することにしよう。


 ◇ ◇ ◇


【ヘル・フレイムウォール】の炎が消えたのを確認してから、僕は立ち上がる。


「奥へ進もう」

「ハッ!」


【ナイトサイト】【インビジブル】【トゥルーサイト】【フライ】


 必要と思われる自己強化型魔術をオンにする。

 本命である正面の大きな穴は後にして、トロールの巣穴と思われる複数の穴からチェックしてみることにした。

 巣穴は、洞窟の奥にある大きな穴から見て左右にぐるりと一定の間隔で空いているようだ。

 数を数えてみたところ、中央の大きな穴を除くと32個の巣穴が存在している。片側16個ということだ。


『全て見て回るのは時間の無駄かな……』


 とりあえず、中央の大きな穴の左隣の穴へ向かって【フライ】で飛行する。

 入り口の手前で一旦止まり、穴を眺める。近づいてみると結構大きな穴だ。トロールが使う洞穴なのだから、当然と言えば当然だろう。円形に近い形で直径は3メートルくらいありそうだ。


 僕は、フェリアを伴って中に入ってみる。5メートルほどの通路を抜けた先には広い空間が広がっている。

 その空洞の天井までの高さは5メートルほどと、入る前の大きな空洞と同じくらいで、右側には岩肌が壁のように続いている。前方は100メートルくらいの奥行きがあり、左側は更に広い空間となっていた。

 背後の壁には、僕たちが出てきた穴と同じような穴が並んでいるので、おそらく洞窟の左半分にあるトロールの巣穴は全てこの空洞につながっているのだろう。


 床は、土間のような土を踏み固めたような地面で、先ほどの大きな空洞のような岩ではないようだ。よく見ると地面には、ゴミのようなものが散らばっている。近づいてみると、それらは動物の骨が踏みつぶされたようなものだと分かる。僕は、人の骨に詳しいわけではないので、断定はできないが、おそらく大量の人骨が散らばっていて、それをトロール達が踏みつぶしたことで砕けてしまったのではないだろうか。

 よく考えたら、最初の洞窟には人骨のようなものは見あたらなかった。過去にこの洞窟で死んだ冒険者やフェリアの母親が連れてきたゾンビの死体があってもいいはずなのだ。それを裏付けるように地面には、黒ずんだぼろきれのような布の切れ端が混じっている。ゾンビが着ていた着物の残骸だろうか。


『トロールは死体を喰う? いや、罠にめるために洞窟に入った人間を警戒させないように片付けているのかもしれない……』


 念のため、右側の壁沿いにグルリと一周してみたが、砕けた骨のようなもの以外には何も見つからなかった。

 手近な穴から元の空洞へ戻る。


 おそらく、右側も同じようなものだろうけど、片方を調べて、もう片方を調べないのは気持ちが悪いので、確認のために、そのまま真っ直ぐ飛んで、右側の右端の巣穴から中へ入る。

 やはり同じような空間が広がっており、床には踏み砕いた骨のようなものが散らばっている。また、右側の壁沿いに一周して、一番端の穴から元の空洞へ戻った。

 出てきた穴から、右――入り口方向から見ると左――へ行くと本命の大きな穴がある。


 結果的に無駄とも言える時間を過ごしてしまったが、ロスした時間は30分にも満たないだろう。

 僕は、本命の大きな穴の前に立つ。入り口とほぼ同じデザインで横幅が約10メートル、高さが約5メートルの蒲鉾形かまぼこがたをした穴だ。


『フェリア装備2換装』


 念のため、フェリアの装備を防御力重視のものに変えておく。


「この先に『妖精の国』があるのかな……?」

「おそらくは……十分にお気をつけください」


 僕たちは穴に入る。

 中に入り少し進むと洞窟の形が変わり、楕円形のような形となる。

 トロールの巣穴に繋がっていた通路に比べると大きな通路だ。高さは5メートルくらいあるし、横幅も10メートルほどあった。

 暫く進むと下り坂になっていた。それほど急ではないし、僕たちは【フライ】で飛行しているので、何も問題はない。数百メートルくらい進んだところで、下り坂は終わったが、それよりも、向こうにまぶしい光が見える。


 ――出口だ。


 僕は少し興奮する。あの光の向こうにはどんな光景が広がっているのだろうか?


 僕は、速度を速めて光の射すほうへ、向かっていった。

 洞窟を出ると、草原だった。【ナイトサイト】をオフにする。

 視線を上げると、何かおかしい。


 遠くに上空から見たような光景が広がっているのだ。まるでロボットアニメに出てくる宇宙コロニーのようだった。左右を見てみると、左右も同じように上空から見たような景色が広がっていた。

 つまり、球の内側に立って景色を見ているような感じなのだ。

 何故明るいのかといえば、球の中心に巨大な回復系魔術【ライト】のような光源が見える。

 それが太陽のように地表を照らしているのだ。


『宇宙コロニーというより、東京受胎かな? それともペルシダー?』


 僕は、何となく昔プレイした古典RPGのリメイクや古典小説を思い出す。

 ただ、見えている景色から推測すると、この球のサイズはそれほど大きくはなさそうだ。せいぜい、直径数キロメートルといったところだろう。


「ご主人さまっ!」


 フェリアが警戒の声を上げる。


「お前達は何者だ?」


 ぐぐもった女性の声が聞こえた。

 声のした方――左斜め後方――を見ると西洋の甲冑かっちゅう彷彿ほうふつさせる全身鎧ぜんしんよろいを着た人間が居た。手には長い槍を持っている。かなりの長さで4メートルはありそうだ。パイクと呼ばれる歩兵用の槍に似ている。

 僕は、甲冑を着た女性(?)の正面を向いて、丁寧に挨拶あいさつをする。こんなところで敵対したくはない。


「初めまして、僕はユーイチと言います、こちらの女性はフェリアです」

「ふむ、我々は『ドライアード』だ」


 見ると奥の岩陰から4人の緑色の髪をした女性が出てきた。

 僕は後から来たドライアード達を観察する。

 服装は、胸元が大きく空いたドレスのようなワンピースを着ていて、足にはひもからんだようなデザインのサンダルをいている。

 4人のドライアード達は、少しウェーブのかかった緑色の長い髪で、非常に整った顔をしている。豊かな髪の間からのぞく耳は、エルフのように尖っていた。

 胸は、フェリアより大きそうで妖精というイメージほど華奢きゃしゃな身体つきではない。むしろ、何処かのマダムか未亡人といったほうが良いような肉感的な身体つきで、妖精というより妖艶ようえんだ。

 また、後から来た4人は4つ子なのか全く同じ顔つきや容姿をしていて見分けが付かない。服装まで同じなので、途中で入れ替わられても絶対に気付かない自信がある。


「『ドライアード』というのは、森の妖精の?」

「確かに我々はそのようなものだ」

「あなたのお名前は何とおっしゃるのですか?」

「我々『ドライアード』には、個を区別する名前などない」

「え? それは不便じゃ?」

「考えたこともない」


 鎧を着たドライアードは、女戦士のような強面こわもてな喋り方をする。後ろの4人と似たような容姿だったとしたら、ギャップを感じてしまうだろう。


此処ここは『妖精の国』ですか?」

「我々がそう呼んでいるわけではないが、外の人間はそう呼んでいるようだな。そんなことよりも、どうやって此処まで来た?」

「どうして、そんなことを?」


『もしかしたら、あのトロールはドライアードたちの番犬代わりだったとか?』


 僕は、トロールを殲滅したことを伝える前にドライアードとトロールとの関係を知ることができないかと質問に質問を返す。


「此処に繋がる洞窟にトロール共が住んでいたはずだ」

「トロールは、殲滅しましたが、何か?」


 ちょっと高圧的に返してみる。こちらの戦力を誇示して、僕たちに敵対しないほうが得策だと考えさせた方がいい。この5人が数千体のトロールよりも強いとは思えないし。


「何だと!?」


 甲冑のドライアードは驚愕しているようだ。後ろの4人も大きく目を見開いている。


「あのー? あのトロール達は倒しちゃ駄目でしたか?」

「いや、そんなことはない。我々にとっても目障めざわりな存在だったのだ」


『良かった……』


 トロールとドライアードは敵対関係にあるようだ。


【レーダー】


 僕は、【レーダー】を起動してみた。光点を確認すると、ドライアード達は、黄色の光点で記されている。


『どういうことだろう?』


 後でフェリアに聞いてみたほうがいいかもしれない。


「是非、我々の集落へ来てくれ! 歓迎したい!」


『妖精の国』の情報を得るためにも、この招待は受けたほうがいいだろう。


「分かりました」


 僕とフェリアは、ドライアード達に案内されて、草原の中にある石畳の狭い道を歩いていく。

 飛行しながらだと、印象を悪くする可能性があると思い【フライ】を切ったのだ。


『何か久しぶりに自分の足で歩いてる気分だな』


 僕は、目的地までの移動距離が少しでもあると【フライ】を使って飛んで移動していたのだ。フェリアの家のお風呂から入り口付近の部屋まででも【フライ】で移動することが多かった。

 歩くこと約15分でドライアードの集落に着く。


 大きな木が何本も並んでいて、木には扉が付いている。フェリアの家と同じような印象だ。扉のサイズは、馬を入れることを考慮してあるフェリアの家のほうがずっと大きいが、一番奥の扉だけは、両開きでかなり大きい。集会場のようなところなのかもしれない。それか族長が住む家とか。


 集落の中には、数人のドライアード達を見かけたが、あの4つ子のドライアードと見分けが付かない。


 ――もしかして、『ドライアード』というのはクローン人間なのだろうか?


 僕の前を歩く甲冑を着たドライアードだけが異彩いさいを放っていた。


 僕たちは、一番奥の大きな扉のある木の前に案内された。


「ここで少々お待ちを」

「分かりました」


 甲冑を着たドライアードは、扉を開けて中へ入っていった。

 おそらく、フェリアの家のように中は異空間になっているのだろう。

 僕は、4つ子のドライアードに話しかけてみた。


「ねぇ、お姉さんたち、全く同じ容姿に見えるけど、ひょっとして4つ子なの?」

「いいえ、わたくしたち『ドライアード』は、同一の存在なのです」

群体ぐんたいみたいな?」

「それが何を指すのか分かりませんが、わたくしたちは全員で一つの存在です」


『うーん、分からん……』


「じゃあ、お姉さんたちの一人を森の中に連れ去って、話をしたら、その内容が他の人にも伝わるとか?」

「はい、それに近い感覚はあります。すぐに伝わるわけではありませんが、ある程度経つと経験が共有されます」

「記憶が同期されるってことかな?」

「その理解で正しいでしょう」


 どうやら彼女達は、全く同じクローン人間のような存在で、しかも、記憶が同期されるらしい。記憶の同期については、時間が来たら起きるのか、時間がたった記憶が随時統合されていくのか……。


「その記憶の同期は、ある時間が来たら起きるの? それとも、順番に今この瞬間も新しい記憶が増え続けているわけ?」

「前者に近いと思います。時間が決まっているわけではなく、ある一定の情報が収集されると起きるのです」

「不定期に起きるわけか」

「ちなみに前に起きたのはいつ?」

「ここでは時間の感覚がありませんので、正確な時間は分かりません」


 返事を返そうとしたときに扉が開く。

 中から、4つ子と同じ格好をしたドライアードが出てくる。


「待たせたな」


 あの甲冑の騎士だったようだ。


『4つ子から5つ子になったみたいだ……』


「では、こちらへ」


 僕たちは扉の中へ通される。

 中はエントランスになっていて、いくつかの扉が見える。


 甲冑のドライアードがその扉の一つを開いて、僕たちを促す。

 中に入ると、床に絨毯じゅうたんのようなものがいてある広い部屋で、奥に一人の女性が居た。


 華奢な身体に輝くような長い金髪。長く尖った耳。


『エルフ?』


「フェリア!」

「お母さん!」


 エルフらしき女性とフェリアが同時に声を上げた――。


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