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 僕はフェリアのPL――パワーレベリング――を断って、一人でコボルトと戦うことにした。


『装備1換装』


 まず、装備を戦闘用に換装する。


【戦闘モード】【レビテート】【グレート・シールド】【グレート・ダメージシールド】【グレート・マジックシールド】【ウインドバリア】【グレート・ストレングス】【グレート・アジリティ】


 続いて【戦闘モード】と複数の自己強化型魔術を起動する。

 そして、『コボルトの巣穴』に向かって走り出す。

【マジックアロー】の射程まで近づいてから【ウインドブーツ】をオフにする。


『ううっ……緊張するな……』


 モンスターとはいえ、直立する犬のような生き物に攻撃するのは躊躇ためらわれる。


『しかし、斬っても血が出たりしないというのはいいな』


 そして左側のコボルトに照準をするイメージをする。


【マジックアロー】


 【マジックアロー】の攻撃スペルを起動した。

 すると僕の胸の辺りの前方1メートルくらいのところから、照準したコボルトに向かって白い弾道線が真っ直ぐに伸びている。

 ルート上に障害物が無いことを確認して、『発射』と念じたら、白い光の矢がコボルトに向かって飛んでいった。魔法が飛んでいく速度は、【戦闘モード】を起動した状態でもかなり高速に見えた。


 いきなり攻撃を受けたコボルトは、「ギャンッ!」と叫び声を上げた。反対側のコボルトも「ギャーギャー! ギャンギャン!」と騒ぎ出す。想像していた、「ワンワン」「バウバウ」といった犬の鳴き声とは少し違う印象だ。

 仲間の警告が聞こえたのか洞窟の中から、次々とコボルトが出てくる。コボルトはどんどん出てきて、何百匹ものコボルトで洞窟の前が埋め尽くされる。


『凄い数だな……』


 最弱モンスターとはいえ、この数は脅威だ。

 しかし、僕が【インビジブル】を使っているので何処に居るか見当がつかないようだ。

 犬に似ているので鼻は利くのかもしれないが、風向きのせいか気付かれない。

 しばらくすると、大型種の『エルダー・コボルト』も姿を見せ始めた。


 僕は、【フライ】を起動した後、敵をおびきよせるために【インビジブル】を切る。

 僕の姿を視認したコボルトたちが一斉に僕のほうに向かって走ってくる。【戦闘モード】を起動した僕の目にはスローモーションに見えるが、実際にはかなりのスピードなのだろう。

 僕は、コボルトたちから距離を取りながら、魔力系の広範囲攻撃魔法を起動する。


【ハイ・エクスプロージョン】


【ハイ・エクスプロージョン】を起動すると攻撃範囲が球状に出現する。フェリアによれば、【ハイ・エクスプロージョン】は、通常の【エクスプロージョン】の約二倍の効果範囲を持っているらしい。

 自分が効果範囲に入っていると発動できないので、できるだけ多くのコボルトたちが範囲に入るように調整をしつつ、【フライ】で急速に距離を取る。


『発動!』


 心の中でそう念じたら、視界が真っ白に染まった。

 魔法を放った方向から強い風が吹いてくる。

 数秒で光の渦が消えて静寂があたりを包む。

 呪文の名前から連想されるような爆発音はしなかったが、前方の眼下には巨大なクレーターができていた。


【レーダー】


【レーダー】を起動して周囲の敵を確認する。コボルトは、大半が消滅しており、十数体が生き残っているだけのようだ。エルダーは見あたらない。【ハイ・エクスプロージョン】の効果範囲にできるだけエルダーを巻き込んだつもりだったので、一掃されてしまったようだ。

 こんな光景を見たら、残りのコボルトは逃げ出すだろうと思ったら、数体のコボルトが僕に向かって弓矢で攻撃してきた。矢は【ウインドバリア】に弾かれ軌道を変えて僕の斜め後ろへ飛んでいく。


『最後の一匹まであきらめずに戦うつもりか……勇敢だな』


 感心しながら僕は、それに応えるために【ハイ・エクスプロージョン】で出来たすり鉢状のクレーターの中心付近へ降りた。

 それと同時に【フライ】と【レビテート】をオフにして、僕に向かって走り込んできたコボルトに対して居合い斬りの要領で『ミスリルの打刀』を振る。剣先に軽い感触があった。その瞬間、斬られたコボルトは、白く光って消え去る。ゾンビに比べると斬ったときの感触が非常に軽い。もしかすると、僕のレベルが上がって強くなっているからかもしれない。

 コボルトたちは、次々に僕に襲いかかってきたが、僕にはそれが非常にゆっくりな速度に感じられたので、攻撃をかわしながら、カウンターの攻撃を当てていくことができた。

 それに攻撃が当たった時の感触が変だ。胸当ての金属部分に僕の刀が当たってもまるで軽いものを斬ったように感じる。

 また、それだけでコボルトは消滅してしまう。あっという間に弓持ち以外のコボルトが全滅する。【レーダー】で確認すると、残りは弓装備のコボルトが6匹だった。

 弓装備のコボルトたちは、クレーターの縁から僕に矢を放ってくるが、【ウインドバリア】のおかげで矢は一発も当たらない。


【マジックミサイル】


 遠隔攻撃で倒そうと、適当に目に付いたコボルトを照準して【マジックミサイル】を起動する。

 レベル1の【マジックアロー】では、一発で倒すことができなかったので、レベル5の【マジックミサイル】を使ってみようと思ったのだ。

【マジックミサイル】を起動すると、【マジックアロー】と同じような白い弾道線が見えるが、こちらは曲射弾道となっている。僕の前方1メートルくらいから、放物線を描いてターゲットしたコボルトまでの線が視界に表示される。


『発射』


 そう念じると【マジックアロー】に似た白く細長い棒状のものが弧を描きながら飛んでいき対象のコボルトに当たる。

 当たった瞬間、声も上げずにコボルトは白く光って消滅する。


【マジックミサイル】


 次のターゲットを指定して【マジックミサイル】を発動しようとしたら、『使用不能です』という文字が視界に表示される。どうやら、クールタイム中のようだ。こういった魔法は、連続して使えないということを忘れていた。


【フライ】


 仕方がないので、【フライ】で接近して倒すことにした。全速力で一体のコボルトに接近する。

 しかし、【戦闘モード】により意識が加速されている僕には、【フライ】による飛行は遅すぎるように感じる。のろのろと接近している感覚なのだ。


『飛べるのはいいけど、ちょっと遅すぎるな』


 何とか接近した僕は、飛んだ状態で刀を振る。軽い感触を残して斬られたコボルトが消滅する。


『あと、4匹』


【フライ】をオフにして、残りのコボルトを斬り捨てていく。

 自分の足で移動する場合も蹴り足に力を入れすぎると跳び上がってしまったり、地面に足がめり込んでしまうので、凄い前傾姿勢になって力の加減をする必要がある。


『自分の足で移動した場合、【フライ】よりは速く移動できるけど、近接戦闘は難しいな……』


 最後の1匹を倒しながら近接戦闘を効率的に行う方法を考えてみた。


『新しい魔法を開発するのがいいかな?』


【レーダー】で周囲に赤い光点が無いことを確認する。


【フライ】


『コボルトの巣穴』の前に【フライ】で飛んでいく。

 入ってみようかと考えたあと、フェリアを呼んだほうがいいと思って、振り返りフェリアに手でこっちに来るように合図する。

 フェリアは、空中で【ウインドブーツ】を使いこっちに走ってくる。

 減速して僕の前に停止して


「凄かったわ。初めてコボルトの集団と戦ったとは思えないくらいだったわよ!」


 フェリアは、興奮した口調でめてくれた。


「ありがとう。それで、この巣穴の中を見学してみようかと思うんだけど、どうかな?」

「何も面白いものは無いと思うけど、あなたが入りたいのなら行きましょ」

「崩れたりはしないよね?」

「ここは、私の家のような魔法で造られた空間よ」

「え? コボルトが造ったの?」

「いいえ、おそらくコボルトを造った者がこの『コボルトの巣穴』も造ったのだと思うわ」

「なるほど、どうみてもモンスターって自然発生した生物じゃないよね」

「ええ」


 僕は、【フライ】を起動したまま、空中を移動して洞穴の中へ移動する。

 中に明かりはなく、入り口の明かりが届かないところは真っ暗だ。


【ナイトサイト】


 暗闇を見通す自己強化型スペルを発動する。途端に周囲が明るく見えるようになった。

 天気の良い晴れた日ほど明るくは見えないが、曇りの日くらいの明るさで周囲が見える。

 洞窟の中は、結構な広さがあり、暫く進むと螺旋状らせんじょうの階段らしきものがあるのが確認できた。

 階段を降りていくと開けた空間がある。天井の高さは3メートルくらいで空間の広さは100メートル四方というところか。湿った空気に混じって何かが腐敗したような臭いが微かにする。

 左手の壁を進み一周してみたが、他に入り口や出口は無いようだ。あまりにも単純な造りのダンジョンに思わず、『手抜きかよっ!』と心の中でツッコミを入れた。


「何もないみたいだね……」

「そのようね」


 フェリアとそんなやり取りをした後、僕たちは『コボルトの巣穴』から出て、フェリアの家に戻った――。


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