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 加速した時間の中で【フライ】を使っていろいろな動作を練習していると、フェリアが僕に声をかけてきた。


「そろそろ時間よ」


 時間を確認してみると、【06:55】と出かける5分前だった。

 一日以上【フライ】で飛び続けたような感覚だが、実際には3時間程度しか経っていない。

 練習の甲斐あって、僕は【フライ】をほぼ自在に使いこなせるようになっていた。

 それどころか、この呪文が非常に気に入ってしまったので、これ以降の僕は滅多に足で歩くことをせずに【フライ】で移動する横着者となった。起きてる間の8割は【フライ】を常用する【フライ】ジャンキーと言っても過言ではない。

 それはともかく、僕は床に着地して、【フライ】と【戦闘モード】をオフにする。


「じゃあ、久しぶりに外に出ようか」


 そう言って、玄関ホールへ通じるドアを開ける。


「ええ」


 そう返事をしてフェリアも後をついてきた。

 そのまま、玄関ホールを抜け、玄関のドアを開けて外へ出る。鍵は掛かっていなかったようだ。


 時刻は午前7時前、日は昇っているようだが、朝の雰囲気がある。

 周囲を木々に囲まれた森のような場所なので朝の森という印象だ。

 振り返ってフェリアを見ると、彼女は既に浴衣から馬に乗っていたときと同じ装備に着替えていて、玄関のドアをロックしているようだ。


「どんな鍵を使っているの?」


 興味が湧いたので尋ねてみた。


「これよ」


 そう言って、長方形のスティックのような物体を僕に見せてくれた。この家自体がマジックアイテムのようなものらしいので、この鍵もマジックアイテムなのだろう。


「その鍵はマジックアイテム?」

「ええ」

「普段は、何処にしまっているの?」

「こういった魔法のアイテムは、装備品のように自分の意志で戻すことができるわ」

「なるほど」


 装備品じゃなくてもマジックアイテムなら『アイテムストレージ』から出し入れ可能らしい。

 そろそろ出発の準備をしようと考えて、フェリアにそのむねを伝える。


「えーっと、じゃあまず【レビテート】で森の上空まで上がってみようと思うんだけど、いいかな?」

「いいわよ。出発するときは合図して、先導するから。ただ、念のため【インビジブル】と【トゥルーサイト】も併用しておいて」


【レビテート】【インビジブル】【トゥルーサイト】


 3つの自己強化型スペルを発動する。

【レビテート】を発動すると、30センチほど体が持ち上がる。足の裏に発動しているわけではなく、術者の体がそれ以上落ちないように触れた部分の下に透明なシールドのような床が展開するのだ。だから、上空で体育座りや寝ころんだりすることも可能だ。【フライ】と違って重力を感じるので、最初から誰にでも使いこなすことができるだろう。空中で透明な床の上を移動する感覚で使える。ただ、空中で何もない空間に足を踏み出すのは慣れないと恐ろしく感じる。

 とりあえず僕は、朝日が差している方向を見ながら木々の上へ上昇してみた。上昇や下降は、そう念じればいいだけだ。


『あっちから太陽――のような恒星――が昇っているから、向こうが東だろうな』


 と見当をつける。

【レビテート】で上昇できる限界まで上がると遠くに海が見える。左のほうに視線を向けると城壁らしきものが見える。おそらく、あれが『エドの街』の城壁だろう。意外と近い。確か立った状態で見た地平線までの距離が5キロメートルもないはずなので、30メートルくらいの高さからでも見えるということは、20キロメートルもない距離にあるということだ。

 城壁までの距離は、おそらく10キロメートルちょっとだろう。勿論、この惑星が地球と同じサイズという前提だった場合だ。重力は同じくらいに感じるので、それほどサイズは違わないのではないかと思う。


【テレスコープ】


 視力を拡大してみると城壁の様子が伺えた。

 見た感じ城壁の高さはかなりのものだ。城壁の上に居る見張りらしき人間の身長から推測すると20~40メートルくらいありそうだ。

【テレスコープ】をオフにして、今度は右の方向を見る。


『――――!? えっ……?』


 日本人なら誰でも知っている山が遠くに見える。


『あれって、富士山だよな?』


 側に来ていたフェリアのほうを見て、


「あの山って『富士山』じゃないの?」


 そう質問してみた。


「そうよ、あの山は『富士』と呼ばれているわ」


『ここって、地球なのか?』


 もう一度、位置関係を確認してみる。

『エドの街』を『東京』と仮定して、『富士山』が反対側にあるから、海岸線の位置ともだいたい合っているように見える。僕はそんなに地理に詳しいわけではないので、正確な位置は分からないが、ここが日本だとすれば、おそらく神奈川県の何処かだろう。

 しかし、そう仮定した場合、方角がおかしいように見える。太陽が昇る方向を東とするなら、『エドの街』は太陽が昇る方角にあるはずだし、西のほうにある富士山はその反対方向近くに見えるはずだ。位置関係が合っているのに方角がおかしいと感じるので、太陽の位置がおかしいと考えたほうが合理的かもしれない。まるで、南の方角から太陽が昇っているようだ。


「フェリア、太陽が南の方角から昇っているように見えるんだけど?」

「太陽は南東から上り、南西へ沈むわ」


『黄道の位置が現在の地球とは違う? 地軸がズレてる?』


 いろいろな疑問が湧いてくるが、答えなんて出るはずもないので、考えるのを止めてコボルト狩りに出かけることにした。


「じゃあ、フェリア。『コボルトの巣穴』に案内して」

「ええ、分かったわ」


 そう言って彼女は、太陽が昇っている方角へ向けて走り出す。


【ウインドブーツ】


【ウインドブーツ】を起動するのを忘れていた僕は、慌てて【ウインドブーツ】を起動して、後を追いかける。


【ウインドブーツ】の魔術は、ローラースケートやアイススケートに感覚が近い。ローラーブレードはやったことがないので分からないが、おそらくローラーブレードとも近いだろう。速度的にはむしろローラーブレードにこそ近いかもしれない。ちなみにローラーブレードというのは登録商標のため一般にはインラインスケートと呼ぶのが正解らしい。

【戦闘モード】を起動してこの魔術を使うと時速100キロメートルくらいで疾走できる。時速100キロメートルというのは、普通の馬のギャロップよりもずっと速いのでそれくらいだろうと僕が勝手に想像した速度だ。


 フェリアを見ると、速度をゆるめて僕が追いつくのを待っていたようだ。

 フェリアがスケートをするように足を滑らせると短いスカートが舞い上がって黒い下着が見える。下からだと丸見えなので、誰かに見られないかと心配してしまう。【トゥルーサイト】を切ってみると彼女の姿が消えたので、先日と違って【インビジブル】を使っていることが分かる。


 20分ほど走るとフェリアは速度を落として、そのまま停止した。

 ここまで来ると海が近い。

 風景を見る余裕が出たので、前方を見ると海の上の彼方に島が見える。


『伊豆大島かな?』


 地図上では、南のほうに向かって走ってきたことになる。

 しかし、ここが日本だとしても近代文明の痕跡こんせきは一切見あたらなかった。


「あそこが『コボルトの巣穴』よ」


 彼女が指を差すほうへ目を向けると森の向こうに草原地帯が広がっており、その向こうに凹んだ地形がある。その奥に岩山のようなものがあり、黒く空いた入り口が見える。遠くてよく見えないが、入り口の両側に生き物のようなものが見える。


【テレスコープ】


 拡大してみると、想像していた通りの直立した犬のような姿をしたコボルトが入り口を警備している。粗末な胸当てと腰布を巻いていて、小振りの直剣と小さな丸い盾を装備している。頭や足には何も装備していない。下半身は、人間のような形ではなく、犬や兎の足を伸ばしたような形状だ。しかし、実際の犬を立たせたときほど短い足ではなくそれなりに長い脚をしている。


「じゃあ、フェリアはここから見てて」

「一人じゃ危険よ!」

「一人で戦ってみたいんだ」

「…………」

「心配しなくても危なかったら逃げるよ。体力が半分になったら逃げるつもりだし、最悪の場合でも【エルフの刻印】は蘇生魔術が自動的に発動するようになってるんでしょ?」

「ふぅ、分かったわ……」

「フェリアにおんぶにだっこじゃ、強くなれないからね」


 僕は、コボルトと戦うための準備を始めた――。


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