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「そういえば、この部屋って、何に使ってたの?」


 リビングとしても親子三人で使うにしては広すぎる。

 ロッジに置いてあるような木製の6人掛けのテーブルが4卓も置いてあるのだ。椅子は床に固定された背もたれのない長椅子だ。


「お客様の為に造られた部屋みたい。でも、あたしの知る限り、この家に来たお客様は、あなたが初めてだと思うわ」


『うわぁ……せつない話だな……。大勢の客を想定した部屋を造ったのに誰も来ないとか……』


 僕は、6人掛けのテーブルとセットになっている長椅子に座る。


「食事はどう?」


 そうフェリアが聞いてきた。

 あまりお腹は減っていないけど、せっかくなので何か食べさせてもらうことにした。


「じゃあ、簡単なものでいいから何か頂こうかな」

「前と同じ、シチューとパンでいいかしら?」

「じゃあ、それで」


 すると、テーブルの隅に中ぐらいの鍋がいきなり現れた。

 続いて、木製の皿やスプーンといった食器がその隣の空間に現れる。


『こういうのを見ると、現実感が無くなるんだよなぁ……』


 などと、考えているうちに、皿にシチューがよそわれ、別の皿の上には切ったパンが載っている。

 それらが、僕の前に差し出される。


「さぁ、召し上がれ」

「ありがとう、美味しそうだね」


 この間は、夢中で食べたけど、今日は味わって食べようと僕は思った。

 手渡された木製のスプーンでシチューを一口食べてみた。

 一般的な日本の家庭料理のクリームシチューに比べると粘度が低くシャバシャバしている。

 味付けは薄味だが、十分に美味しいと感じる料理だった。

 具は、玉ねぎ、ニンジン、ジャガイモ、それとおそらく鶏のものと思われる肉が入っている。


「この肉は、鶏かな?」

「ええ、そうよ」

「美味しいよ」

「ふふっ、あなたも可愛いわよ」

「……これっていきなり出来てたみたいだけど、【料理】のスキルで作ったの?」

「そうよ、【料理】スキルで作ったものよ」


『今度、日本の料理を再現してみようかな……』


 次にパンを食べてみる。

 日本で売っているパンのように柔らかくはないが、フランスパンに似た香ばしい塩味のパンだった。シチューによく合う。日本では、パンは主食ではないため、ふわふわの軽いパンが主流なのだろう。パンが主食の国では、小麦粉の多いどっしりしたパンじゃないと主食として腹持ちが悪いのではないだろうか。


 お腹は減っていなかったのにシチューのお代わりまでしてしまった。

 僕が食べている間、フェリアは僕の右斜め後ろに控えて、かいがいしく給仕をしてくれた。


『半月以上何も食べていなかったものな、食欲が無いだけで空腹だったのかも?』


「ふー、食った食った」

「お粗末さまでした」

「そういえば、半月ぶりの食事だったけど、そんなに食べなくてもこの体は大丈夫なんだね」

「刻印を刻んだ体は、食事を必要としないわ」

「え? でも、今食べちゃったけど?」

「食事をることはできるわよ。でも、必要だからではなく、嗜好品しこうひんたしなむような行為なの。これは、セックスなんかもそうよ」


 フェリアのような綺麗なお姉さんからセックスとか言われると恥ずかしくなってしまう。僕は、顔が熱くなるのを感じた。


「ふふっ……」


 それを見たフェリアが笑みを浮かべる。


「……たっ、楽しみとして食事を行うわけだね。ちなみに食べ過ぎても太ったりはしないんだよね?」

「ええ、刻印を刻んだ身体は、体形が変わることがないわ」


『いま何時?』


 現在時刻を確認してみる。視界の右下に小さく【03:03】という文字が見える。

 もうすぐ、夜が明ける。朝になったら、初めての実戦だ。今のうちに段取りを聞いておこう。


「もうすぐ、朝になる。朝七時頃にここを出ようと思うんだけど、コボルトは何処に居るの?」

「ここから、馬で2時間くらいの距離にコボルトの集団が棲息してるわ」

「結構近いけど、向こうから攻めてくることはないの?」

「ええ、コボルトは巣穴から出てこないわ」

「じゃあ、コボルトについて知ってることを教えてくれるかな?」

「分かったわ。コボルトは……」


 そう言って、彼女はコボルトについて解説を始めた――。


―――――――――――――――――――――――――――――


 フェリアの話を総合すると、コボルトは身長が140センチくらいの直立歩行するモンスターで、外見は犬が直立しているような姿らしい。

 この辺りは、よくあるゲームのイメージ通りだけど、元の伝承では、ゴブリンやノームに近い姿だったはず。

 この世界で採用されているコボルトの姿は、ゲームなどで広まったものに近いようだ。

 ノールも直立歩行する犬のような姿のモンスターだけど、こちらは有名なテーブルトークRPGが出典だったか……。この世界に存在するのかどうかは知らない。


 強さは、ゴブリン以下でこの辺りでは一番弱いモンスターらしい。

 ただ、エルダー・コボルトという身長が170センチくらいある大型種が居て、コボルトと戦っていると、エルダー・コボルトが出てきて、戦っている冒険者とコボルトの周囲を囲って逃げられないようにするらしい。

 エルダー・コボルトは、コボルトと共闘することはなく、コボルトが全滅しかけた頃にやっと攻撃してくるとか。しかも、コボルトとは強さが全然違うらしい。強さとしては、オーク並とのこと。


 それぞれの最弱種で比較すると、コボルト→ゴブリン→オークの順で強いようだ。


―――――――――――――――――――――――――――――


「移動は、【フライ】でしたらどうかな?」


 飛行魔法を試してみたいと思って、そう提案した。


「それなら、【レビテート】と【ウインドブーツ】を併用したほうが速いわよ?」

「【フライ】よりいいの?」

「【フライ】は、使い勝手があまりよくないし、速度も【ウインドブーツ】のほうが速いわ」

「じゃあ、そうしようか」


 僕は、今聞いたコボルトの情報を元にどうやって戦うか想像してみる。


『近接戦闘を行うのは危険だよな。どうやら僕は魔術師タイプみたいだし』


「コボルトと戦うときだけど、空中から魔法で攻撃するというのはどうかな?」

「その方針がベストだと思うわ。でも、弓を装備したコボルトも居るから【ウインドバリア】を忘れずにね」


 僕は椅子から起ち上がって通路へ移動し、


【フライ】


 と念じてみた。


 すると、宙に浮いたような感覚に包まれる。

 軽く床をってみると体が天井のほうへ移動していく。

 このまま進むとぶつかるので、止めようと足を前に出したら、体が後ろへ回転する。

 空中でズッコケたような形だ。


『かっこわる……』


 フェリアの手前、醜態しゅうたいさらしたくはなかったが、このスペルを使いこなさないといけない場面が来るかもしれない。思考による制御が可能というのは、教えられなくても分かっていたので、


『停止』


 と念じてみたら、その場でピタリと静止した。


 体を起こして、前後左右にゆっくりと移動してみる。

 この魔術が使いづらいのは、慣性が強すぎるのと無重力状態のように上下が不覚になる点だろう。

 部屋の中で宇宙遊泳が楽しめると思えば、お得なスペルのような気がしないでもない。


【戦闘モード】


 感覚を加速させるために【戦闘モード】を起動してみる。

 視界を流れる景色がスローモーションとなる。

【体力/魔力ゲージ】で、どれくらいのMPを消費するか見てみると、MPは全く減っていないようだった。発動中の魔法を確認してみると、【フライ】の他に【リジェネレーション】と【メディテーション】が自動的に起動している。【メディテーション】のおかげで、MPの消費が食い止められているようだ。


【トゥルーサイト】【レビテート】【インビジブル】【レーダー】【グレート・シールド】【グレート・ダメージシールド】【グレート・マジックシールド】【ウインドバリア】【グレート・ストレングス】【グレート・アジリティ】


 試しに自己強化系の魔術を発動しまくってみる。

 すると、『魔力ゲージ』に表示されたMPがゆっくりと減っていくのが見える。


【リアクティブヒール】【グレーターダメージスキン】


 回復魔法のバフも自分自身をターゲットにかけてみた。


 すると『魔力ゲージ』が一気に一割ほど減ってしまった。

 MPが勿体ないので、【フライ】、【リジェネレーション】、【メディテーション】以外の自己強化型魔術をオフにする。

『魔力ゲージ』を見ると、じわじわとMPが回復しているのが分かる。この感じだと、一時間もすれば満タンに回復しそうだ。


 僕は【フライ】の練習を再開することにした。

【戦闘モード】を起動した状態だと、時間がなかなか過ぎないように感じる。

 この状態の僕は、1秒を10秒ぐらいに感じているわけなので、1時間なら10時間の感覚になる。1秒を10秒にというのは僕が勝手にそれくらいと感じているだけで、正確な比率ではないと思う。

 念のため時間を確認してみると、【03:52】と食事の後からまだ1時間も経っていない。


しかし、出かけるまであと3時間ほどしかないので、やれるだけのことはやっておこうと、僕は【フライ】の練習を続けた――。


―――――――――――――――――――――――――――――

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