第17話 おあいこ
和花名が忙しさの合間に、ようやく暇を作って服飾研究部に顔を出したのは、復帰から十日ほど後のことだった。中間テスト前の時期ということで、稲田先生も多忙であるらしく、補習がお休みになったお陰だ。明日からは試験1週間前ということで、部活は休止になってしまうから、ほんとうにギリギリのタイミングだったと言える。
活動場所になっている第二家庭科室――通称:被服室のドアを軽くノックしてから開くと、室内にいた十人ほどの生徒の顔が一斉にこちらに向いた。
「あ、どうも、ご無沙汰して……ま……」
言いかけた挨拶は、
「あ、和花名ちゃん」
「和花名~」
「久しぶり過ぎだよ和花名ーー」
「和花名ちゃん具合は?もういいの」等々の和花名コールにかき消された。
「え?」「あ」「はい」
と、短い答えを返すだけで、ちょっとした時間を要す。
「お帰りなさい、和花名」
最後にそう言って、相変わらずな艶やかな微笑みを見せてくれたのは、部長の
「長らくお休みしてしまって、申し訳ありませんでした、先輩」
「大変だったのでしょう?大丈夫よ。こちらの事は気にしなくて、可愛い和花名」
そう言って、当たり前のように再会のハグをされる。刹那、ふわりと立ったいい香りに、心が癒される。
「……先輩、香水、変えました?いい匂いする」
ハグされたままでそう言うと、和花名の顎の下で撫子がクスリと笑った。
「相変わらず、よく気付くこと……これだから和花名って、好き……ん。ああ……そういうあなたも、ちょっぴり変わったかしら」
「……え?んと」
「
撫子は和花名から身を離すと、副部長の
「はーい、採寸のお時間ですよー、和花名さん」
「え。私、そ、そんなに変わってないと思いますよ?体重が少し落ちたぐらいでっ」
「はいはい」
「あのっ、
「はいはーい」
「美しい着こなしは、正確なサイズの把握からよ?」
撫子がニコニコしながら和花名を諭す。
「う、はい」
理屈は分かるのだが、体形を事細かに記録されるというのは、どうにも恥ずかしい。
「バスト+2センチ、といった所かしら」
撫子が振ると、
「2.5センチですね」
と、萩緒がそれに応えた。
「撫子ったら、相変わらず、センサーでも仕込んでるみたいな採寸フェチね」
萩緒が笑いながら揶揄する。
「あら、抱き心地が微妙に変わったかしらって思っただけよ?」
撫子先輩のハグセンサーは相変わらず健在のようだ。
「
「あ、はい……色々スミマセン」
「謝らない。それよりも、体調を戻してもらう方が優先だもの」
「はい」
「何しろ、
「はい……え?十二単って、私が着るんですか?先輩じゃなくて」
「そうよ?和花名ならきっと似合うと思うの」
「えぇぇーーーーマジですかぁーーー」
後で、桐響に聞いたところでは、反物の状態で試しに布を重ねたものを幾重にも肩に掛けてみた所、布の重さは半端なく、足を一歩でも踏み出せた人はいなかったらしい。そりゃ、自分はこの部の中では身長も一番高いし、運動神経もそれなりだから、体力もある方だとは思う。思うけど、先輩を差し置いて、という辺りが少し気を遣う。
「……責任重大だよなぁ」
「なに?どうしたの?」
心の声のつもりだったのに、考え事をしていたせいで、つい声に出してしまったようだ。隣を歩いていた悠希が横目でこちらを見ながら聞いて来た。
今日も、というか最初の日以来、悠希は和花名と一緒に登下校している。当たり前のように。そして気付けば、悠希はいつの間にか隣を並んで歩くようになっていた。
「ん?」
「ああ、ゴメン、独り言だったんだけど。部活の話。ずっと休んでいたのに、いきなり主役みたいな役を振られちゃったから。先輩の鶴の一声だったらしいんだけど、やっぱりずっと休んでた私が、いきなりそういうスポットライトの真ん中みたいな場所に立っちゃうっていうのはさ、面白く思わない人も中にはいて当然だよねって話」
「えーでも、和花名はそういうの似合っちゃうから、仕方がないと思うな」
「……えーとぉ」
――こういうコト臆面もなく言うよなーこやつは。
「なに?何か意地悪とかされたの?」
「え?いや別に……そういう訳では……」
――ああ、何かこれ、次のセリフが予想出来てしまうんだけど。
「何かあったら、俺に言いなよ。俺が守ってあげるから」
「はいはい」
――あーダメだわ、これ。確実に、人間ダメにするやつ。
甘やかされ過ぎだろう、私。こんなのがすでに日常茶飯事で、始めこそ気恥ずかしかったものの、今では慣れてきている自分が怖い。ふと、悠希の左腕に巻かれた例の首輪に目が留まる。
犬じゃなく、人として――友達として付き合えばいい。
王子部の先輩たちはそう言っていたけど、まずはお友達からっていうのは、まずの時期が過ぎたら、何らかの答えを出さなければいけないんじゃないだろうかと思う。少なくとも、自分の中で、悠希はすでに友達の範疇を越えている。
――だって、こんなの、ただの友達な訳ないじゃん。
友達じゃないなら、悠希の存在は何なのだろう。今まで、あえて考えないようにしていたけど、何となく考えてみる。
どこに行くにも付いて来て、危ないことから守ってくれて、メンタルのフォローもしてくれて、これって、まるで……
――犬?……あ、いや、だから犬じゃなくてっ。だからって、もちろん王子様でもなくて……
まずはお友達から、で、友達の次っていうのは、だいたい――
――カレシ、とか。
辿りついた答えに、思わず顔が熱くなる。客観的に見てみれば、自分と悠希はすでに、付き合っているとかそういう関係になるのではないだろうか。
――ムムム、いつの間に、そんなことにっ。
「大丈夫?顔赤いけど?」
「ふぇっ?いや」
「熱あるのかな?」
――だから、当たり前のように、額に手を当てて来るとかっ!
ああ、これ、ホントに人間ダメにするやつ……
「何かけっこう熱いよ?」
「女の子のおでこというものはね、触られると熱を発するものなのよ」
「え?じゃぁ触らない方がいいのかな?」
「そ、そうね。出来ればそうして下さる?」
「あ、うん、ゴメン」
悠希はどこか申し訳なさそうに手を引いていく。
そんな素直で天然な所も、嫌ではないのだ。むしろ、好ましいというかで。一緒にいて何となく感じたことは、悠希には下心的なものがないということだ。こちらに何かをして欲しいとか、そういう要求は皆無で、ただ一緒にいるだけで嬉しいみたいだし、大事にされているというか、愛されてる感をひしひしと感じる。それって、一体、何なのだろうと思う。
「……何でなのかな」
「え?」
「悠希は、私のどこが良くて一緒にいるの?」
「そんなの全部に決まってるじゃん」
「あ、そう」
思い余って視線を外す。こういう所は、未だに慣れない。いっそ、本当に犬だったら良かったのに。こんな時は、抱き付いてはぐはぐもふもふすれば、私たちの関係はイーブンだ。こんなに一方的に押し切られることなんてないのにと思う。
そんなことを悔しく思っていたからなのか、その時、ほとんど無意識に和花名の手は伸びていた。ぽん、と悠希の頭に手を乗せて、そのままわしゃわしゃとその髪をかき回す。
「ありがとう」
言いながら、指の先に感じる毛の感触が思いのほか心地よくて、和花名はしばらくそれを堪能していた。
「わっ、和花名?」
戸惑うような悠希の声に我に返ると、そこには赤面した彼の顔があって――
――おお……なんだろうか、この充足感。
苦笑して手を離すと、悠希がフルフルと頭を振って、髪の毛の乱れを直した。
「イーブン」
「えっ?」
――これで、私と彼は、おあいこだ。
その発見が何だか嬉しかった。
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