第7話 ゆる押しは断るのが難しい
「ごめんね、やっぱ無理。実は私さ、先生に放課後補習にいらっしゃいとか言われてて、当分忙しくなると思うし……」
そうは言っても、この程度の断り文句では、多分、藤には通用しないだろうな……と思っていると、案の定、
「そ~か、なら、暇になったら遊ぼうよぉ」
とまた、懲りずにやんわりと押してくる。
多分、『あんたが嫌い』という最上級の拒絶を示さない限り、藤のこのユル押しは止まらない様な気がしている。ただ、嫌いという訳ではないし、友達としては間違いなくイイ奴だから、そこまでの拒絶をぶつけるのも……
――やっぱ気が引けるんだよなぁ……
和花名が微妙な表情をしていると、桐響が横から手を伸ばして藤の顎をぐいと掴み、その顔を強制的に自分の方に向ける。
「そんなに遊んで欲しいんなら、幼馴染のかわいい彼女がお相手して差し上げてよ」
「幼馴染はな~今イチ新鮮味に欠けるっつ~か」
藤が桐響の手を振り払いながら主張する。
「あのねぇ、あんたと遊ぶよか和花名には部活を優先してもらわなくちゃ困るのよ。ウチの部のエースなんだから」
桐響がそう言うと、藤がぷっと吹き出す。
「エースって、コスプレ部の男装要員のことかぁ?」
「コスプレ部じゃないわよ、服飾研究部っ!うちは衣装制作の方がメインなんだって何回言ったら……」
「そ~だった、そ~だった。和花名ちゃんは女王様のお気に入りなんだったねぇ……去年の文化祭ん時の、桐響のねーちゃんが、妙にハマってた奴……なんてったっけ、アレ?」
藤は桐響ではなく、わざわざ和花名に向かって訊いた。桐響の姉である
「……マリー・アントワネット?」
「そうそう、アントワネット様。あのフリフリドレスは凄かったわ。で、和花名ちゃんがオスカル様とかって、結構クオリティ高かった気がする寸劇部」
「だから服飾研究部っ!」
「……うん、服飾研究部ね、ははは」
すかさず訂正する桐響に、藤が今度は肩を揺らして笑う。まあ、この辺は確信犯なのだろう。
「あんた完璧にバカにしくさってるわね?それにうちのお姉のこと女王様なんて、間違っても本人の前では言わないように気をつけなさいよ。身の安全は保障できないから」
才色兼備で何かと目立つ存在である撫子は、生徒会長も兼ねていて、常に取り巻きを連れ歩いているイメージから、もともと学園の女帝だの女王様だの揶揄されいていたのだが、去年のパフォーマンスのイメージがドンピシャ過ぎたせいで、女王様のイメージがかっちりと固定してしまったのだ。
撫子的には、それは不本意なことであったらしく、女王様と呼ばれるのを心底嫌がっているのだ。彼女に近しい人間は、その単語を禁句にするぐらい気を遣っているのだが、藤のような大多数の部外者は、気安く彼女を女王様と呼んでいる。
「やだこわい。校舎裏に呼び出されたりしちゃう?僕……」
「だ~か~らぁ、お姉はそんなことしないし」
「撫子先輩はそうでも、生徒会周辺はおっかなそうなイメージ」
「……うーまあ、その辺は否定しない、かなー」
「ほらぁ」
「馬鹿ね、冗談に決まっているでしょ」
藤は半信半疑という目で桐響を見て、情けない声を出す。
「……女王様のムチとか飛んで来ない?」
「ぷっ」
さすがにここまで来て、和花名が吹き出した。
実は、撫子に逆らうと「女王様のムチ」という、撫子に心酔している過激な取り巻きに放課後校舎裏で〆られるという都市伝説ならぬ学園伝説があるのだ。
「あ、やっとちゃんと笑った」
藤が和花名を見て、ニンマリと笑った。
「ん?」
「いや、和花名ちゃんさぁ、何かずっと表情硬かったからさ」
「え?そう?」
「うん」
――ああ、気を遣ってくれたのかー。うん。いい奴なんだけどなーーでもやっぱ、彼氏……って感じじゃないんだよねぇ。
「ごめん、ありがとう」
「い~や、僕は、和花名ちゃんにガッツリ惚れてる訳だから。好きな子には笑顔でいて欲しいしさ」
「あはは……」
だから、惚れてるとか、面と向かって言うノリがね。苦手な訳であって、だね。
「去年のオスカル様もさ、凛々しくて可愛くてさ、もう僕のハート鷲掴みって感じ?」
「も、もうその辺で……」
勘弁してください。そう思った所で、桐響が上手く会話を引き取ってくれた。
「あら、藤く~ん。ちなみにあたしも、あのパフォーマンス参加してたんだけど?」
「うん、大丈夫。桐響もイケてた」
「その大丈夫ってのは、何か微妙な空気が漂ってるっぽい……」
桐響が藤に剣呑な視線を向ける。
「いや~だって、幼馴染に面と向かってかわいいとか、言える訳ないっしょ。恥ずかしすぎる」
「……それって、遠回しにかわいいって言ってる?」
満面の笑みで肯定の答えを要求する桐響に、藤はあさっての方を向いて毒づく。
「おめ~調子に乗るなよ?この幼馴染は甘やかすと図に乗るから、簡単に飴はやらん」
「ちぇ~藤の奴めぇ……こら、和花名、横で笑いすぎ」
「いや、ごめん。二人見てると微笑ましいっていうか、お似合い」
「げ~やめろよ~和花名ちゃん、ひど」
「黙れ藤、そりゃ~こっちのセリフじゃわ。それにしても放課後補習とはな~それって、部活も出れないってことじゃない」
「あ~そういうことになるのかぁ……う~先輩に謝っておかないとだなぁ……」
「お姉きっとがっかりするなぁ……和花名がいなくて宙に浮いてた企画、今度こそ手を付けられるって張り切ったから。ちなみに今年は平安クラッシック」
「げ、まさか、十二単?」
「はい、ご明察。小野小町と深草の何たらって……雅な平安貴族パフォーマンス」
「そりゃ~また、今年も派手だねぇ。私、後で顔だけ出しに行くけど、よろしく言っといてくれる?」
「うん、わかった……」
桐響がそう答えたところで、教室の前扉が開いて、稲田先生が姿を見せた。
「起立、礼っ!」
日直が号令を掛けると、生徒たちがガタガタと音を立てながら席を立ち、休み時間の空気がそこで一旦リセットされる。
「済みません、部室にカバン取りに行ってて遅れました」
そこへ悠斗がそう言って駆けこんで来て、和花名はドキリとする。
――そっか、悠斗も同じクラスなんだっけ。
今年は鈴七とクラスが別で寂しいという話は七紘から聞いていたが、その時に悠斗のコトは話題に上らなかった。
和花名が聞かなかったこともあるし、そもそも和花名は悠斗と連絡を取っているものだと、双子は思っていた様だから、わざわざ言うほどの事もないと思われていたのだろう。
悠斗が同じクラスだという情報は、藤が何となく送ってよこした、「今日、授業中に悠斗の奴が~」という感じのメールで、ああ同じなんだと教えられた。
「……何やってんだかねぇ、悠斗の奴は。部室で着替えてる最中に、血相変えて飛び出して行ったかと思えば……」
そんな藤の独り言を聞きながら、和花名の視線は何となくその姿を追って、悠斗が教室の廊下側の列にひとつ空いていた席に着くのを確認する。和花名のところからだと、その背中しか見えない位置だ。
あんなことがあった後だから、そのことに少しホッとする。そしてさらに教室を見回して、ここに悠希の姿がないことを確認する。
――悠希は違うクラスなんだな。
そのコトにまた別の意味で安心して腰を下ろす。
「なぁ、悠斗って、もしかして和花名ちゃんのトコ行ってた、とか?」
不意に藤が探るような口調で言った。
「え……いやまさか……そんなこと、ある訳ないでしょう」
とっさに否定してしまってから、別に隠す必要もないことに嘘を付いてしまったことを後ろめたく思う。
「だよね~」
何だかわざとらしい笑みでそう受けられて、何となく見透かされているような気にさせられる。
「部活上がりで、ちょうど女王様の犬がど~したこ~したって話してたからさ~もしかして、なのかな~とか」
――ああ、これもう、バレてるっぽいのかな?
「……えっとぉ……」
別に秘密ではないけれど、すんなりぶちまける類のモノでもなく……。
その扱いを迷っていると、先生に名前を呼ばれた。
「犬塚さん」
「あ、はいっ」
反射的に立ち上がる。
「皆さん、今日から犬塚さんが復帰しました。まだ体調が万全という訳でもない様ですので、色々気を付けてあげて下さいね。はい、では拍手~」
そう言って拍手をする先生に釣られて、教室に拍手の音が広がる。
「あ、どうも、ありがとうございます。もうほとんど大丈夫なので、そんなに心配いりませんです。……うん。という感じで、又どうぞよろしくです」
少し照れながらそう言って下げた頭の上を、冷やかすような男子の声が飛び交う。
「センセ~犬塚には女王様のワンちゃんがついているので、心配ありませ~ん」
「抱っこで送り迎えしてくれるんだよな~」
「ちくしょ~王子部、羨ましいぞぉ」
――いや、だから、王子部って……つか……
「私は、犬なんて飼いませんからっ!」
少し引きつりぎみの笑顔でそう応じると、思いがけず今度は女子の方から声が上がる。
「えぇ~っ、何で和花名、勿体ない」
「そ~だよ、王子部だよ王子部」
「ありえない~女王様扱いされてみたくない女子なんていないよね~っ」
「……女王様、ですか……」
思わず失笑する。誰だよ全く。そんなアホなコトを考えだした奴は。
この学校には、いつからこんな変なお遊びが根付いたんだろうかと思う。
たかが半年、されど半年……。
で――
「……王子部……女王様……意味分かんない……」
ホント、訳が分からない。
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