第6話 ドラマの主演女優の条件はスポンサーと大人の関係
(1)
新曲の録音が終わった後しばらくして、コマーシャルの撮影をすることになった。
梅印乳業の新製品のピュアヨーグルトのコマーシャルで、新鮮な感じがラブエンジェルズのイメージにぴったりだと会長が直々に指名してきたらしい。
新曲とのタイアップの企画でマネージャーの話では「コマーシャルが話題になれば新曲の大ヒットは間違いない」との事だった。
私もラブエンジェルズの女の子たちも本当にそんなに上手くいくんだろうかと半信半疑で話を聞いていた。
コマーシャルの撮影に朝早くからスタジオに行くと、スタッフが大勢スタジオで撮影の準備をしていた。
随分と広いスタジオで照明器具が天井や、壁際に沢山並んでいた。
撮影のスタッフ以外にも背広をきちんときた男女が大勢いて、ただ立っているだけで何もしない。
広告代理店の人やスポンサーの会社の人たちらしくて、マネージャーがさっそく名刺を交換していた。
しばらくして撮影の準備がすんだらしくて、撮影の監督を紹介されると打ち合わせが始まった。
「今日の撮影は、明るく楽しく、ラブエンジェルズらしい可愛らしさがポイントだから、君たちはいつも道理にして普段の感じをだしてくれればいいよ」と監督に説明を受けてからリハーサルが始まった。
時間にしてたった15秒だけど、何回もリハーサルを繰り返した。
リハーサルの後にやっと本番の撮影だ。
本番の撮影も何回もやると、さすがに疲れてきて表情が硬くなってしまった。
「はい、休憩」と監督が声を掛けてくれたので、しばらく缶コーヒーを飲んで休憩した後また撮影を繰り返した。
やっと撮影が終わったあと控室に戻ると、マネージャーが「有紀ちゃんちょっと来て」と私を控室の外に連れ出した。
「実は梅印乳業の会長の山口さんがわざわざコマーシャルの撮影の様子を見に来てくれてね。ぜひ有紀ちゃんと一緒に食事をしたいと言ってるんだ。大事な話があるらしくてね」とマネージャーが言い出した。
「大事な話ってなんですか」と私が聞いてみると「たぶん、テレビドラマの話だと思うんだけど、梅印乳業がスポンサーになっている金曜日の9時から始まるドラマのことらしくてね。山口さんが本人に直接話したいと言ってるんだ」と教えてくれた。
なんで私にマネージャーにも理由を言わずに私に直接話をしたいのか事情がよく判らなかったが相手はスポンサーなので断る訳にもいかない。
「これからですか」と聞いてみると「うん、これから車でレストランまで一緒に行ってほしいだ。悪いね。他のメンバーには僕が言っておくから」とマネージャーに言われた。
マネージャーと一緒に会議室に行くと会長の山口さんがすぐに出てきて「いや、初めまして僕が会長の山口です」と私に名刺を渡そうとした。
名刺をもらっても困ると思ったが、名刺を渡されたら受け取るのが礼儀だと思って仕方なく受け取ると「すみません、私は名刺もってないんです」と山口さんに謝った。
「いやあ、僕はそんなこと全然気にしませんよ」と山口さんが言ってくれたがやはり名刺を持っていないのは相手に失礼だった気がした。
「有紀ちゃんはフランス料理と、イタリア料理と中華料理とどれが好きかな」といきなり聞かれた。
私は食事のことより大事な話というのが何なのか気になって「私は何でもいいです」と適当に答えた。
「じゃあ、中華料理にしよう。広東料理の美味しい店を予約してあるんだ」と山口さんが言ったので、私はあれっと思った。
もしかしたらフランス料理店とイタリア料理店と、中華料理店を同時に予約しておいて、私の気に入った店以外はキャンセルする予定だったらしいと思った。
大会社の会長さんなら、それが普通らしいと彩香ちゃんにちらっと聞いたことがある。
私は困った相手と食事をすることに成りそうだと思ったが断る訳にもいかない。
スタジオをでて駐車場に案内されると、山口さんが高級そうな車のドアを開けてくれた。
運転席には白い手袋をした運転手が座っていて、コマーシャル撮影の間中ずっと待っていたらしい。
(2)
車は少し走っただけで、大きなホテルの駐車場に入っていった。
エレベータでホテルの最上階に上がると、見晴らしのいい席に案内された。
最初にお酒で乾杯した後しばらくして料理が運ばれてきた。
「ところで有紀ちゃんいつも何処で遊んでるのかな」と山口さんが聞いてきた。
私は山口さんが何でそんなことを効くのか怪訝に思った。
ライブコンサートが毎週あってその上、踊りと歌のレッスンで忙しくて遊ぶ暇なんてない。
楽屋で気分転換にアルプス一万尺を踊ったり、あっちむいてほいをやるくらいが精々だ。
「いつも楽屋で鬼ごっこしたりあっちむいてほいしてます」と私が答えると山口さんが「僕は六本木に遊びに行くのが好きでね」と言い出した。
六本木だったらテレビ局も近くだし、他のタレントさんと食事をすることもよくある。
山口さんが聞きたかったのは、いつもお酒を飲んだり食事をする場所の事らしいと私は気が付いた。
「六本木だったら私もよく遊びに行ってます。お洒落な店が一杯ありますよね」と私は慌てて山口さんに調子を合わせた。
「六本木はお洒落な女の子が一杯いるから、遊ぶにはもってこいだね」と山口さんが言い出したので、私は返事に困ってしまった。
山口さんにとっては六本木は女の子と遊ぶ場所らしい。
女の子がいる店なら一杯あるけど、男のいる店と言ったらホストクラブくらいしかない。
いくらなんでもアイドルがホストクラブで遊んだりする訳には行かない。
私は適当に返事をすればいいと思って「そうですね」と答えた。
「いつも六本木でどんな遊びをしてるのかな」と山口さんが聞くので私はまた返事に困ってしまった。
そんな事をきく理由が分からない
ホストクラブで遊んでるかどうかを確かめたいのに違いないと思って「カラオケはよくします、デュエットが得意なんです」と答えて山口さんの反応を伺った。
「誰とデュエットするのかな。いつも彼氏とデュエットしてるの。それとも他に付き合ってる男とかいるのかな」と山口さんが聞いてきたので私はようやく山口さんが私から何を聞き出したいのか気が付いた。
要は彼氏が居るかどうかを確かめたかったらしい。
「私まだ彼氏は居ないんです。お友達なら沢山いますけど」と私が答えると「それは寂しいね。彼氏はやっぱり欲しいでしょう。一人じゃ寂しいよね」と山口さんが話を向けてきた。
「そうなんです。私毎晩寂しくて泣いてるんです。一人で寝るのは辛くて死んじゃいそう」と私はわざと大げさに言ってみた。
山口さんは私が誘ってると思ったのかいやらしい顔をして微笑んだ。
私はとりあえず山口さんの機嫌を取るのに成功してやれやれと思った。
「ところで僕の会社はテレビドラマのスポンサーをやっていてね。月曜日9時からのドラマで、もう30年もスポンサーをしてるんだ」と山口さんが話題を変えた。
「今度の4月から新ドラマが始まるけど、まだ主演女優が決まってなくてね」と山口さんが言い出したので私はきっと私に主演女優をやってほしいとの話だと思って体が宙に舞い上がりそうになった。
「オーディションで選ぶ予定だけど、審査委員長は僕だからね。僕が推薦すればオーディションは間違いなく通るんだ。僕としては是非、有紀ちゃんに主演女優をやって欲しいんだ」と山口さんに言われて私は嬉しくて思わず叫び声を上げそうになった。
「その前に条件があってね。有紀ちゃんがその条件を承諾してくれたらの話なんだが」と山口さんに言われて私は山口さんがどんな条件を持ち出すのか大体の見当がついた。
「ここでは話せないから、ちょっと一緒に来てもらえないかな。ここのホテルに部屋をとってあるからそこで話の続きをしよう」と山口さんに言われて私は迷ってる暇なんかないと自分に言い聞かせた。
山口さんと一緒にエレベーターに乗って下の階に降りると、部屋に案内された。
大きな部屋には特大のダブルベッドがあり、その横には大きなソファーが置いてあった。
私がソファーに先に座ると山口さんは私のすぐ隣に座って肩を寄せてきた。
「条件と言うのは、単刀直入に言って僕と大人の付き合いをして欲しいってことなんだ。大人の付き合いって判るよね」と山口さんが言うと私の膝の上に手を載せてきた。
山口さんと付き合うだけでテレビドラマの主演女優になれるならこんなと上手い話はない。
山口さんはもういい年で私からみたらお爺ちゃんみたいな年齢。
大人の付き合いといってもそんな大した事はしたくてもできないはず。
それに梅印乳業の会長なら、困ったときにも頼りになる。
私はすぐに「はい」と返事をしようと思ったが「山口さんに全部お任せします」とわざと曖昧に答えた。
山口さんは嬉しそうな笑顔を浮かべると、私の手を引き寄せてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます