第5話 学園祭のコソ泥はメイド喫茶の男の娘

(1)


 新曲のプロモーションがだいたい終わったころに大学の学園祭に飛び入りで参加することになったとマネージャーから伝えられた。

それもあの有名な東京大学の学園祭だ。

事前に公表すると、ファンが大勢集まってしまうので学園祭に出るのは秘密にしておくとの話だった。

当日はマイクロバスで東京大学に行くと、控室に案内された。

控室と言っても普通の教室の窓を暗幕で塞いだだけの部屋だ。

衣装に着替えたあとは、準備体操をして出番を待った。

出演の予定時間近くになって、私たちはステージの横に移動した。

ステージでは応援部のチアリーディングのチームが演技を披露してる最中で真っ赤な衣装を着た女の子達がダンスをしていた。

しばらくして応援部の出し物が終わったらしくて「いよいよお待ちかねラブエンジェルズとのアナウンスの声が聞こえてきた。

私達が一斉にステージに駆け上がると、一斉に拍手が鳴り響いたが観衆がざわついているのが分かった。

私達の事をラブエンジェルズの物真似グループかなにかだと思っているらしい。

学園祭ではアイドルの物真似グループはよく登場するけど、本物が出るなんてことはまず滅多にない。

彩香ちゃんが手に持ったマイクで「こんにちは、ラブエンジェルズです」と大声をだすと、私達が本物のラブエンジェルズだと判ったらしい。

場内に男の子が「彩香ちゃんーーー」叫ぶと悲鳴のような声が聞こえてきた。

それを合図にでもしたように場内にはさっきとは違って割れんばかりの拍手が溢れた。

さっそく新曲の虹色ラブソングの前奏が流れ出すと、私達は一斉に歌って踊り始めた。

仮設のステージは板を並べただけでかなり狭くて踊りにくかったけどなんとか普段通りに頑張って踊った。

観客の声はさらに大きさを増して、男の子達が絶叫してる。

東京大学の男の子達でもアイドルのファンがいるのかと思うとなんだかおかしな気がした。


(2)


 五曲ほど歌って、ステージを降りると着替えをするために控室に戻った。

私が控室に入ると奥にメイド服を着た女の子がいて携帯を手にしている。

秋葉原のメイド喫茶で見かけるような黒いミニ丈のゴスロリのワンピースに白いエプロンだ。

コスプレらしいけど、なんで学園祭でメイド服のコスプレをしてるのか理由はわからない。

私が近づくと女の子は慌てた様子で、急いで控室の奥のドアから逃げるように出て行った。

なんだか変だと思って私は着替えの下に置いておいた携帯を確かめてみた。

確かに着替えのスカートの下に置いたはずなのに携帯が見当たらない。

さっき部屋から出て行った女の子が私の携帯を盗んでいったに違いない。

普段使っているテレビ局の控室は外部の人は入れないけど、ここは学園祭だ。

警備が手薄なのはしかたがないけど、携帯を盗まれるのは一大事だ。

私の携帯には友達の電話番号の他に、あちこちで撮った写真もいっぱい入ってる。

うっかり写真がインターネットで公開されでもしたら大変な騒ぎになる。

「マネージャー呼んできて、携帯盗まれたの。私が追いかけるから」と私は他の女の子に一言頼んでコソ泥を追いかけようと控室を出た。

廊下の角を曲がると、女の子の姿は見えない。

女の子を見失ったと思ったとき私の携帯が鳴る音が聞こえてきた。

マネージャーが私の携帯に掛けて来たらしい。

携帯の音がどこから聞こえてくるのか確かめようと思って廊下を見回すと、すぐ目の前にメイド喫茶の看板が見える。

メイド喫茶といえば秋葉原にある、女の子がメイド服を着た喫茶店だ。

どうやら学園祭の模擬店でメイド喫茶をやってるらしい。

私は携帯を持ち逃げした女の子がメイド喫茶に逃げ込んだんだと見当をつけてメイド喫茶の中に入った。

それほど広くない教室の中には椅子とテーブルが並んでいて、メニューが壁に貼ってあるのが見える。

メイドのコスプレをした女の子が数人いるだけで、客らしい姿はない。

携帯の発信音がすぐ近くから聞こえてくるので犯人がこの店に逃げ込んだのは間違いない。

メイドの女の子達が着ているメイド服はお揃いでさっき携帯を持ち逃げした女の子と同じ格好だ。

これじゃあ、誰が誰だかわからない。

私は携帯の発信音を頼りに、メイド服を着た女の子の側に歩み寄って誰が携帯を持ち逃げした犯人か確かめようとした。

ちょうど奥のテーブルの横にいた髪の長いメイド服を着た女の子に近寄ろうとしたとき、女の子は私の顔を見て奥の部屋に逃げ込もうとした。

犯人はこの女の子に間違いないと確信して、私は女の子を追いかけて奥の部屋に入った。

部屋には電気ポットやティーカップがたくさん並んでいて、メイド服を着た女の子達がお茶の支度をしている。

私は女の子の手を掴んで「携帯返してください」と大きな声で怒鳴った。

「うるせえんだよ」と男の声が聞こえて私ははっとした。

女の顔を見て、私は不味い事になったと気が付いた。

髪の毛は長くてお化粧もきちんとして唇には真っ赤な口紅をつけているが顔つきは男だ。

さっきからずっと女の子だと思っていたけど、男が女装していたらしい。

メイド服を着た他の女の子達もみな、男の子が女装してたらしい。

学園祭の模擬店とはいえ男の子が女装してるメイド喫茶があるなんて、いくらなんでも頭が狂ってる。

「有紀ちゃんなにしてるのよ」と私の後ろから彩香ちゃんの声がした。

私を心配してあとからついてきたらしい。

「彩香ちゃん。逃げるのよ」と私が大声を出すと彩香ちゃんは私の手を取って大慌てでメイド喫茶から逃げ出した。

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