遠出と本

 学生であり、本とケーキとコーヒーを愛するわたしにとって夏休みの金欠は死活問題だった。


普通の女子高生は、部活やバイトをして夏休みを満喫するのだろうが残念ながらその両方をしていないわたしには、時間をつぶす方法は読書となり、お金の当てはない。


そんな、わたしの救いの手は月々のお小遣いだけである。


しかし、先月使いすぎたので少しだけ前借をしてしまった。


そのせいで今月の新刊分と諸経費を合わせるとお小遣いが消える。


お母さんに頼み込んでも「そういって、先月も前借したのに足りないといって前借したでしょう」と言われてしまった。


事実だけど、事実だけどひどいと思いませんか。よりにもよって、もっともお金がかかる夏休みにそんなこと言わなくてもいいじゃないですか。


ただ、これをお母さんに伝えると「じゃあ、図書館で借りればいいじゃない」って言われるんです。


そりゃそうだけど、少しでも汚したり破れたりしたら罪悪感に悩まされるじゃないですか!!


それに新刊の香りをかげるのは増版だろうが初版だろうが出て日が浅くないと感じられないんですよ。


どんな、アロマよりも落ち着くのにそれがかげないなんて、いったい私が何をしたというんですか。


だから、わたしはある作戦を実行することにしました。


名付けて「お手伝いして参考書買うからそしていい子にするから作戦」略して「OSI作戦」です。


よくある作戦なんて言わせません、なんせ合体技です。絆や友情が重要視される現代社会で合体技ほど強敵を討伐するのにうってつけのものはこれ以外にありません。


 方法はこうです。まず、家事など手伝いをしていい子だと刷り込みます。そのために、一週間ほど使います。


そして、いい子だと思わせたうえで参考書をねだる。参考書の値段は少し高く設定する。


さらに、近くの本屋ではおいていないことを告げて電車賃ももらう。こっちは、今までの交通費のあまりを一年間ため込んでいる。隣町への往復料金ぐらいはある。


これなら、小説を五冊買うぐらいどうってことはない。


これで、完璧。


いざ実行!!


「あの…お母さん。参考書買うお金がほしいんだけど…」


 覗き込むように母の顔を見る。


「はあ、いくら?」


 母は大きくため息をつく。


「えーっと…六千円であと交通費も…」


「しょうがないわねー。どうしてこんなにお金がかかるのかしら」


 やったー!計画通り。これでバラ色の夏休みが…


「隣町に行くなら、ついでに伯母さんの家よってきて」


「えーっ」


「嫌ならいいのよ。せっかくお小遣いもあげようと思ったのに」


「行きます!!いえ、行かしていただきます」


 やっぱり、お小遣いには勝てません。


  ○


参考書代とお小遣いで合わせて一万円ももらうことができました。さらに交通費もつきました。


ウハウハです。


 隣町までは家の最寄り駅から終点まで電車に乗って行けばつきます。だいたい、一時間半の旅です。


ちょうど、電車が着ました。


「うわ…」


 思わず、声が出てしまいました。


別に大したことではないのですが、電車の座席がロングシートではなく二人ずつ座るクロスシートだったのです。


知らない人に少し気を使わないといけないので嫌なんですけど一時間半立つほうが嫌なので座るしかありません。


ただ、ラッキーなことに誰も座っていない席を見つけることができました。

 私はすぐに小説をカバンから取り出して読み始めます。音楽を聞かずに読むのが私の流儀です。


「あの…隣いいかい」


 私はすぐに声のするほうを見ます。そこにはおばあさんが立っていました。

さすがに、席が空いているのに嫌ですとはいえません。


「ああ、はい。どうぞ」


「ありがとう」


 おばあさんらしいすべてを包み込むような優しい声で感謝してくれました。


席を譲ったわけでもないのにいいことをした気分になります。


私は読書を続けます。


「あなたが今読んでいる本って『君がいるから』かい?」


「ご存知なのですか!」


 思わずテンションがあがってしまいました。


「知ってるも何も、あなたが生まれる前に発売された本だもの。私、すべて初版本で家にあるわ」


「私の伯母も全巻初版で集めていました。私も伯母の家で読んでからはまちゃってもう三週目です」


「若いから読むの速いわねえ」


「いえいえそんなことないですよ」


 いつも、家族でもあまり話さない私が本というツールを使えば見知らぬ人とも話せるということが分かったことはこの旅の最大の成果かもしれません。


「娘もあなたのように本が好きになってくれればよかったのだけど…」


「そうなんですか」


「娘は二人いるんだけど。ただ、本が好きじゃないみたいで…」


「そうなんですか…」


 それは、とても残念です。この前、うわさで聞いた「家族が本好きだと子供も本好きに」という話は嘘かもしれません。


「でもね、孫には期待しているのよ。昔はうちに遊びに来るたびに『絵本を読んで』ってせがんできてたから」


 それが将来本を読むことにつながるかはわかりませんがそれは期待できそうです。


 私もおばあちゃんがよく絵本を読んでくれたことを思い出しました。


「お孫さんもいらっしゃるんですね」


「そうよ。最近は会っていないから、本が好きかはわからないけど年齢はあなたと同じぐらいかしら」


「すごい偶然ですね」


 事実は小説よりも奇なりといいますがこんなこともあるとは驚きです。


「そうなの。だから、孫と同じぐらいの子と本を通して話ができるなんて思ってなかったから…うれしくって」


「私も、いつも本の話をする機会がなかったのでうれしいです」


「そういってもらえると私もうれしいわ。神様が引き合わせてくれたのなら感謝しないとねえ」


「そうですね」

 


「ーさま…お客様!!」


「はっ、はい!」


「お客様、終点でございます」


「すいません。ありがとうございます」


 私は急いで荷物をまとめて外に出ます。


どうやら、知らない間に眠ってしまったようです。


「本よし携帯よし、財布も中身もよし。全部よし」


 持ち物のチェックは欠かせません。


 そういえば、どうしておばあさんは起こしてくれなかったのでしょう。


 まあ、おばあさん側に事情があったのかもしれませんし話し相手になってもらえただけども感謝しなければならないので文句を言えばばちが当たります。


「さて、本屋に行かないと」


 本屋は駅から十分ほど歩いたところにあります。


 本屋はビルの中にあってビルにしては珍しく三角形です。しかも七階までが本屋さんで八階以上はホテルが入っているそうです。建築についてはあまり詳しくはありませんがなんでも有名な人が建てたそうです。


 まあ、わたしは建物よりも本とお手洗いの位置ぐらいしか興味がないのですぐに中に入ります。


「うわぁ!すごい」


 そこにはたくさんの本棚がずらりと並んでいます。棚の数は数え切れずさらにそれが七階まで続いている。それはテーマパークよりも私にとっての夢の国であり魅力的でした。


 なぜそう思うかというとうちの近所はショッピングモールに入っている本屋が一番大きく次に二階建ての本屋であとはやっているかどうかすら怪しいところの三つしかないからです。


「えーっと、まず参考書コーナーに行ってそれから小説コーナー、めずらしく新書や自己啓発もいいなあ」


 すでに、わたしの本に対する妄想が止まりません。でも、これもバラ色の読書生活のためです。偶然選んだ一冊が私にとってはずれとなって読書生活をぶち壊すわけにはいきません。


「あれ、おまえ…もしかして!」


「うわあっ、いいいきなり声をかけないでくださいよ」


 声の主はクラスメイトの八伏くんです。わたしのクラスメイトで、数少ないしゃべってくれる人です。


「わりいわりい。そんなに驚くと思わなくて。今日は本買いに?」


「そうです。せっかくの夏休みですから読書に没頭しないと。そうゆう八伏君は?」


「おれもせっかくの夏休みだから。なんか読んでみようと思って」


 それはいいことです。せっかくなら、そのままはまってくれると嬉しいのですが、さすがにうまくいってくれないでしょう。


 ということで、わたしたちは本屋を探索することにしました。


 中はとても広く、参考書と一口に言ってもなん十種類もあって困ってしまいました。


 しかし、今日の私はついています。わたしが迷っていると八伏君がいろいろと教えてくれました。本屋は一人で来るものかと思っていましたが、こうやって一緒に回るのも楽しいのだと知りました。


「はあ、やっと着いた」


「はいやっと…小説コーナーに」


 もう、歩きすぎてへとへとです。ですが自身が愛する本のためにここはもうひと頑張りです。


「おまえは、何買うの?」


「何を買うかは決めていません。ぶらぶらしているうちに決めるので、八伏君が買いたい本があるなら先に行ってしまいましょう」


「えっ、その場で決めんの?外した時怖くないか」


 八伏君が少し引いている感じが声を通して伝わってきます。が、それぐらいは言われすぎて慣れています。


「外した時は怖いですがそれも思い出ですから。それに読まなくなっても、置いておけばいつかは読破するので一緒です」


「なるほどな。納得はするけどやろうとは思わないわ。ちなみに、最高でどれぐらい置いておいたの」


「えーっと…」


 わたしはすぐに読書の記憶だけを思い出します。


「最高記録は志賀直哉作の『暗夜行路』で八年ですかね」


「はっ、八年!?で、よみきったのかそれ」


「もちろんです。ただ、一週間ぐらい落ち込みましたけど」


 本当に、あの本はとんでもない破壊力を秘めていた。むしろ、当時七歳の私が何を思って買ったのかわからない分破壊力は倍増でした。


「そんなにか…」


「でも、その分ハッピーエンドの作品を読むと感動とかうれしさが倍増しますよ。それに難しい本でしたし」


「やっぱり、難しい本とそうでない本ってあるのか」


「あくまでも主観的な話で使い慣れない単語が多いと少し難しいと思ってしまうだけで別に本自体に難易度はないです」


 「そうなんだ」といって八伏君は少し黙ってしまいました。


 わたしとしたことが敬愛すべき本を差別するなんて、わたしはなんという不届きものなのでしょうか。


「あっ、おれが探してたのこれだ」


 そういって、八伏君が立ったのはさっきおばあさんとも話題になった『君がいるから』でした。


「これを買いに来たんですか?」


「そうそう、今度アニメ化するからその前に呼んでおこうと思って」

 なるほど、たしかにアニメ化すると聞くと買ってしまいたくなる気持ちは痛いほどわかります。


「でも、おもったよりも巻数があるなあ」


「よかったら、お貸ししましょうか」


「えっ!いいの」


「たぶん大丈夫だと思います」


 さっきまで、わたしたちを取り巻いていた不穏な空気が一気に華やぎました。ほんとうに読書の神様には感謝しないといけません。


「じゃあさ。せっかくだしおまえのおすすめおしえてくれよ。せっかく本屋に来たのにこのまま手ぶらで店出るのもあれだし」


「はい!私が選んだものでよければ」


 ほんとうに読書の神様には感謝しないといけません。


 それから、少しの間私たちは本を探して気がつけばおやつ時です。


 おばさんの家はここから少し離れたところなのでそのまま向かうことにしました。



 ○


「おじゃまします」


「あらチヨちゃんいらっしゃい」


 おばさんが出迎えてくれました。


「チヨちゃん、そちらの方は」


 おばさんは八伏君を見ながら私に質問をしました。


「こちらは、八伏君といってわたしのクラスメイトです」


「はじめまして、八伏と申します。こちらつまらないものですが」


 おばさんは「まあ、ご丁寧に」といって八伏君から手渡されたケーキを持ってリビングまで案内してくれました。


 ケーキは家に行く前に八伏君の提案で買ってきたものです。


こういうところで気のきく男性はとても魅力的だと思います。


 おばさんは「今、お茶を入れるから座っていて」といってキッチンへといってしまいした。


 私は「おばさん、本棚みるね」といって仏壇の横にある本棚を八伏君と見ます。おばさんから返事はありませんでしたがおそらく大丈夫です。


「ねえ、勝手に本棚みていいのか」と不安に思った八伏君から聞かれましたが「一応断ったので大丈夫です」と答えました。


 「おおっ、すげー全部揃ってる」と八伏君はのテンションもMAXです。


 ふと、本棚に飾ってある写真が気になりました。写真にはおばさんとお母さんが両端に、真ん中には知らない人が移っています。


 この人どこかで見たような…


「写真見ているの?」


「はい。この真ん中の人は誰ですか」


「ああ、お母さんね。つまり、あなたのおばあちゃんね」


 なるほど、祖母なら納得です。見たことある気がするのも当然です。家族なんですから。


 ただ、祖母は私が4歳のときに亡くなっているのでほとんど記憶がありません。だから、見覚えがあるだけでもすごいことだと思います。


「せっかくだから、線香をあげていって」

 さすがにこれを断れば、末代まで祟られてしまいます。


 私は心からご先祖様に敬意をこめてそして祖母に挨拶の意味を込めて線香をあげました。


「さあ、お茶を入れたから座って食べましょ」


 おばさんはそういうと私たちをリビングのテーブルに座るように言いました。


 そういえば、さっきおばさんの家で見た写真…今日会ったおばあさんに似ているような。


「まさか、自分の家の仏壇にお経を唱える前に人んちの仏壇に参ることになるとは思ってもみなかったよ」


「どういうことですか」


 自分の家よりも人んちの仏壇…参る?いったい何のことでしょうか。


「あれ、気づいてなかったのか。今日はお盆初日だろ」


 ああ、そうか。今日はお盆だったんですね。たしかに、おばさんの家の仏壇になすときゅうりを飾っていた気がします。


 なるほど…そういうことですか。


「おばあさん、心配しなくてもあなたのお孫さんは本好きに育ちました」


 私は、だれにむかって言うでもなく空を見上げながらつぶやきました。

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