第3話 父と富士と新幹線(3)
始発の新幹線に新大阪駅から乗車する。あいにくの雨だ。妻も一緒に行こうか、と言ったが、子供も小さいし、会ったこともない父の葬儀に無理をして連れて行く必要はないだろうと思った。子供にとっては祖父にあたると言えばそうなのだが、子供にとっての「じいじい」は田中さん1人でいい。
結局のところ、私一人で行くことになった。
電話口で聞き取ったメモを片手に、新幹線や総武線を乗り継ぎ、式の行われる葬儀社に着いたのは昼を過ぎていた。駅前でタクシーを拾い、会館の名前を言うと迷うことなくたどり着いた。平日のお昼すぎ、住宅街はひっそりとしていた。雨は次第に弱くなっており、 もうじき止むだろうと思った。雲ってはいたが、少しずつ明るさが増している。
すでに式の準備はできていた。式と言っても家族葬用の小さな部屋に簡素な祭壇があるだけのこじんまりした式だ。私は葬儀社の若い従業員を捕まえて、小西さんと言う方はどこにいらっしゃいますかと尋ねた。小西さんと言うのが、私に連絡をくれたアパートの住人の方だ。
「こちらです」と教えられたのは、八十歳にくらいの白髪混じりの小柄な老人であった。彼は静かに座って祭壇を眺めている。祭壇の中央には細面で優しそうな初老の男の写真が飾ってあった。記憶の中の父とは違う気がして、少し戸惑った。
「ご連絡を頂いてありがとうございました。長男の俊夫と申します。この度は大変お世話をおかけし、ありがとうございます。」
私はとにかくまずお礼を言った。小西さんは小さく顔の前で手を振り、
「私は何も特別なことはしていませんよ。」笑った。しかし、他人の通夜の手配は大変だったろうと思う。
「いやあ、何ね、慎さんとはね、お互い独居老人だから死んだ時はこうしよう、ああしようとよく話していたんですよ。しかし、私が先だと思っていたですけどね。まあ、そんなわけで、勝手に葬儀の手筈をしてしまいまいましたが、悪く思わんでくださいよ。」と言ってまた寂しそうに笑った。
一通りの挨拶の後、私は二十五年ぶりに父と対面した。遺影もそうだったが、棺の中の父はさらに私の記憶とかけ離れていた。確かに父には違いないのだろうけれど、口や鼻に綿を詰められて、生気のない表情の初老の男をただ呆然と眺めた。しばらくそうしていたが、私はなんだか息苦しく、そっと棺を離れた。
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