気付けばわたしは、轟々と音が鳴る、冷たい金属質の床の上に転がされていた。手をついて身を起こすと、掌にひやりとした感触が広がる。薄暗い空間に目を凝らすと、前方には鉄柵らしきもの。どうやら閉じ込められているようだった。

(えっと……何がどうなったんだっけ)

 この異常な現状にも慌てふためくこともなく、頭は妙に冷静に状況分析を始める。最初は、確か紅さんの船が魔物に襲われて、応戦を始めた。魔物の様子がおかしいから、わたしは他に怪しい影がないかを探していたはずだ。そこで見つけたおばあさん二人に術をかけられて……。

(ってことは、ここは金糸雀? わたしってば連れ戻されちゃったの?)

 響く轟音の割りに振動がないのは、この船が大きい、それも国レベルで巨大なことの証だと思う。紅さんたちは辺りには見当たらない。わたし一人だけが、ここへ連れてこられたようだった。さてどうしたものかと、わたしが困っていると、柵の前を見覚えのある姿が通りかかった。

「あ、君は……!」

「あれ~? おねーさん、どうしてこんなとこいるの?」

 それは、先刻凍れる泉で出会った、自身を手紙屋と名乗る少年だった。わたしにとっては彼がこのような場所にいることのほうが不思議だったけど、少年にとっては逆のようだった。

「君こそ、どうしてこんなとこに?」

「ここは竜蹄に忍び込む時のぼくの通り道なんだよ。囚人用区画なのに造りが甘くて、侵入するのに最適なんだ。おねーさんは何、こんなとこにいるってことは、捕まったの?」

「ちょっと待って、ここって竜蹄なの?」

 少年の質問を遮って、わたしは聞き返す。てっきり金糸雀に連れ戻されたと思っていたのに、全く違ったみたい。考え方によっては、よりマズい。竜蹄といえば、金糸雀と対立しているという王国だ。金糸雀の姉姫と弟皇子の客人であるわたしが、歓迎されるはずがない。

「ま、いーや。ぼく鍵のある場所知ってるから、今出してあげるね」

 そういって少年はひらりと身を翻すと、わたしには見えない方角へと消えてゆく。やがてドスッと何か鈍い音がした後、行く時同様軽やかに少年は戻ってきた。手には牢の鍵らしきものがしっかりと握られている。

「ねぇ、そういうのって普通見張りの兵士とかいるもんじゃないの?」

「うん、いたねぇ。今はちょっと眠ってもらってるけど。んしょ、ほら開いたよ」

 ガチャガチャと扉を開けつつ、少年は事も無げに言う。もしかして先ほどの音は少年が見張りを殴ったものだったのだろうか。見た目はまだ幼いのに、意外と腕力があるのかもしれない。そんなことを考えつつ、わたしは開けてもらった扉を潜り抜ける。

「ありがとう、えっと」

「弦(ゆづる)。おねーさんは?」

「咲枝。咲って呼ばれてる」

 お互い名乗りあったところで、はたと気付く。ここは船上、つまり空中だ。牢を出たところで、わたしに翔ぶ手段はない。紅さんたちとどう連絡をとればいいかもわからないし。困り果てたわたしは、ダメ元で弦くんに頼み込んでみた。

「弦くん、失礼を承知で頼みたいんだけど、君の船で紅さんの船まで連れてってもらえないかな?」

「うーん、そうしてあげたいのは山々なんだけど、ぼくの船、一人乗り用なんだよね」

 右手の人差し指を顎に、左手を腰にあて、考え込む仕草を見せる弦くん。やっぱりそううまくはいかないか、と、わたしは項垂れる。とりあえず弦くんが侵入した通用口を教えてもらうために案内してもらうことにして、歩き出した。薄暗く細長い空間には、いくつもの独房があり、どこも変わらずゴウゴウという音が響いている。また一つ、区切られた牢屋を通りすぎようとした時、わたしはあることに気がついて立ち止まった。その一角には、小さい女の子が入れられていたのだ。弦くんよりも更に年少に見える。先を進んでいた弦くんも、わたしにつられて引き返してきた。

「どしたの? 咲さん」

「あの子、どうしてこんなところに」

「そりゃ、独房にいるんだから、何か悪いことしたんでしょ」

「嘘。あんな小さな子が、こんなとこ放り込まれるほど悪いことしないでしょ」

 そう言って、わたしは女の子のいる牢に近付き、両の手で柵を握りながら声をかけた。

「お嬢ちゃん、ちょっと待ってて。今、このお兄さんが開けてくれるから」

「えっ、ぼく?」

「鍵を持ってるのは貴方じゃない」

 それもそうか、と呟いて、弦くんは先ほど奪取した鍵束を取ろうと鞄をごそごそ漁りだす。そうしているうちに、女の子は何事かを呟いた。うまく聞き取れなくて、わたしは思わず聞き返す。

「えっ? なぁに?」

「……左後方、十五秒後。……爆破、起こります」

「へ? 爆破?」

「大穴が開くでしょう。そこから、逃げて下さい」

 まるで天気予報でも告げるかのような女の子の落ち着いた調子に、わたしは呆気にとられていた。だけどすぐに、女の子の言葉は現実となった。

 バーン!

「ほ、ホントに爆発したぁ!」

 感心と感動の入り混じった歓声を上げていると、なんと開いた穴の向こう側に、飛翔する紅さんの飛空艇が見えた。甲板では、驚きに目を見張ったレンの姿があった。それに手を振るわたしの後ろでは、弦くんが閉じ込められていた少女を解放したところだった。

「今の衝撃で他の兵士たちもこっちに来るかもしれない。咲さん、ぼくの船この穴まで回してくるから、あの船まで戻ろう」

「えっ、でも弦くんの船って一人乗り用じゃ?」

「あそこまでくらいだったらもつでしょ」

 弦くんの返事はいまいち確信をもてていないようでわたしは若干不安だったけど、紅さんの船はこれ以上こちらに近付けそうもない上、迷っている暇もなかった。仕方なくわたしは覚悟を決めて、重量オーバーで悲鳴を上げそうなオートバイ型の船に女の子を含めて無理やり乗り込み、墜ちないことを祈るばかりだった。

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