「沐漣さま~ぁ!」

 結局言い分を押し通されて、棘縉はオレたちについて来ることになった。婚約者宣言をされてからというもの、彼女はこちらの船に移ってからもオレにべったりとひっついて離れない。オレの行くところには全てついて行く勢いで、流石にオレも相手をするのに疲れてきていた。下手に邪険にすると臍を曲げ始末に負えなくなるので、対応に頭を悩ませているところだ。そうしてぐったりしているところ、何かが視界の端を横切った。咲枝だ。湿った布が大量に入った籠を抱えている。

「咲枝?」

「? あ、レン」

 オレが声を掛けると、そこにいたことに今気付いたとでも言うように咲枝は振り返った。

「お前、何してるんだ?」

「見てわかんない? 洗濯。よく晴れてるからすぐ乾くと思って」

 確かにこの日は快晴で、程好い風も吹いていた。空気も乾燥していて、絶好の洗濯日和だろう。だがオレが言いたいのはそういうことではない。咲枝を侍女のように扱う気はないのだ。

「洗濯ならオレが……」

「何言ってんの。仮にも一国の皇子サマにお洗濯なんかさせられないでしょ」

「そーですわ沐漣さま。そんな雑用、そこの魔物女にやらせておけば良いのですわ」

 魔物女、という呼称に、咲枝はピクリとこめかみを反応させたようだが、彼女のほうが幾分大人。極力冷静な態度を取るように努めているのが見てとれた。笑顔が若干引きつったような気はするが、それは見逃せる程度だ。棘縉は咲枝に奪われたオレの話相手の座を取り返さんと躍起になり、オレの腕にがっしりと抱きついてきた。オレの肩はすっかり傾いでいる。

「そんなことより沐漣さま、あちらでわたくしとお茶に致しましょう。旭晨より持ち込んだ良い葉があるんですのよ」

 棘縉がそう言ってぐいぐいとオレを引っ張っている間に、咲枝は予め立てておいたのであろう、物干し竿のある甲板の方へさっさと歩いていってしまった。機嫌良さそうな鼻歌が聞こえてくる。咲枝はそうして、たまに鼻歌を歌う。オレはその異国の旋律に耳を澄ませながら、棘縉に居住区の部屋へと連れられていったのだった。

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