2
この二十秒間、スローモーションで夜宵と同じ時間だけ動けるようになった舞夜であったが、彼女を倒すつもりではない。
この二十秒間は自分の動きが遅く、やはり不利な状況に変わりはない。
だから、彼女の二十秒間は凌ぎきることだけを考えて動くことにしたのだ。
攻撃を避け、たまに牽制する。
「逃げ回っているだけで無様ね。そんなことでは私を倒すなんて到底無理よ」
挑発だ。これに乗って舞夜が手を出せば、その瞬間、凌ぐことが難しくなる。いつもなら意識すらしない二十秒という時間がこれほどにまで長く感じるとは。まるでテスト終了の一分前で集中力が極限にまで研ぎ澄まされ、終わらない時を過ごしている感覚だ。
やがて、停止していた時間が動きだす。
すぐさまスローモーションを解除し、次は舞夜が時間を止めた。
ただ、今度はスピードアップで夜宵の動きをわざと早める。
彼女が舞夜の停止した時間内で動ける時間を少なくする為だ。
「時間を止めても無駄よ。何をしても無駄無駄」
体が動かなくなった当の夜宵は、舞夜が時間を止めてからの自身のスピードにどうにも違和感があったことに今更気付かされる。
舞夜が何かを仕組んだのだと。
「ウラァ!」
残りの一秒でダンシングナイトが夜宵の胸に拳を一発打ち込んだ。
深く抉るようにして胸に当たった拳を
止まっていた時が動き出し、その体が吹き飛ぶ。
二転三転して転がった彼女は苦しそうに血を吐きながら精一杯の力で跪き、舞夜を睨む。
「私が動ける時間が少なくなるように何か細工をしたのか……。考えたわね」
「言ったはずよ、私の方があなたよりも一枚上をいくと」
フン、と鼻で笑った夜宵はフラフラと立ち上がり、何とか体勢を整える。
まだ先ほどの時間停止から一分が経っていない。次に
だが、今の胸への一発が想像以上に効いてしまい、そもそも霊の力を使うのが困難だと思われた彼女は、その場から大きく後方に跳んで、ビルの屋上から飛び降りる。
霊の力で落下時の衝撃を和らげる。周囲の通行人からすれば、ビルの屋上から飛び降りたにも関わらず、無傷の夜宵を見ているわけだ。
当然、何事かと心配する声が上がる訳だが、構わずに彼女は歩道を走っていく。
続いてビルから飛び降りてきた舞夜も夜宵の後を追い始めた。
今まで自分に傷を負わせるような相手と戦ったことがなかった夜宵にとって、先ほどの一撃は体へも精神にも与えるダメージは大きかった。
「相川舞夜、予想以上の強さ……。必ず殺してみせる。ただ、このままじゃダメ。次の段階へ……
後方から気配を感じた。
何とか目視はできる程の速さで迫って来る舞夜を見て、夜宵は追い詰められていることを自覚する。
「私以上はいない。いてはならないのよ!」
その時、追い詰められた彼女は奇妙な感覚を得た。
この追い詰められた状況にも関わらず心が軽くなるような、そんな感覚。試しに時間を停止してみせる。
すると、あと数メートルで彼女の頭蓋骨を叩き割ろうとする勢いで拳を構えた相川舞夜、ダンシングナイトの動きが完全に停止していたのだ。
先ほどまで、自分と同じく動けるはずであった彼女の体は完全に停止しており、意識もないように見えた。
だが、四秒ほど経過した所で終わりを告げるよう、再び舞夜の体が動き出す。
しかし、舞夜の前から夜宵は姿を眩ましていた。
先ほどまで前方にいたはずの人間が一瞬で姿を消したように見えて、足を止めた彼女は周囲を見渡したが、やはりどこにもその姿を捉えることができない。
「今の時間は……確かに私だけが動けるものだった……」
時間を停止できた夜宵は、解除される寸前で近くにあったコンビニの中へ逃げ込み、陳列棚の側に伏せて身を隠していた。
時間を止めて二秒経った時に移動し、更に二秒後に舞夜が動き出すのを確認した。
彼女がこちらに気付いていないのを見ると、やはり先ほどの時間停止は舞夜にも効いていたのだと理解する。
「あのー、お客様どうかなさいました?」
店内の床に伏せている彼女を不審に思った店員が声をかけてきたのだ。
反応を示さない彼女に対して、店員は気怠げにもう一度声をかける。
「黙りなさい」
見向きもせずに彼女が呟いた瞬間、店員の首が百八十度後ろを向く。
声も上げずに倒れた音に気付いた他の客が、その有様に悲鳴を上げて次々と店から出ていく。
舞夜はその異変にすぐさま気が付いた。近くのコンビニから悲鳴を上げながら次々と客が出てきているのだが、次の瞬間には全ての人間が血を流して倒れていた。
「な、何が起こったの!?」
驚いている舞夜の耳に口笛の音が聴こえてくる。
その音色から口笛を吹いている主は上機嫌であることが分かった。
コンビニの入り口から悠々とした様子で出てくる夜宵の姿を捉え、血まみれで倒れる客は全て彼女がやったものだと分かった。
ただ、自分にも全く見えなかったことが気にかかる。
まるで、本当に時が止められていたようだった。
「姫島夜宵、あなたは罪のない人間をどれだけ殺せば気が済むというの!」
「気が済む? そんなのないわ。この力はこの為に与えられたもの。私が終わる時まで殺し続ける」
彼女が言い終えたと同時に夜宵の姿が消えた。
代わりに舞夜の後方から大きな影が覆ってくることで、何かが飛来することに気が付いた。
振り返ったそこにあったのは、”タンクローリー”だ。たっぷりと燃料の入ったタンクローリーが彼女を押し潰そうと迫っているのが分かると同時、ダンシングナイトで時を止めた。
その場から飛び退いて、車が飛来した方向を見ると、先ほどまで自分の正面に立っていたはずの夜宵の姿があった。
やがて時が動き出して地面に落ちたタンクローリーから漏れた燃料に火花が引火し、爆発する。
やはり、彼女は”何か”をしている。ただ、その”何か”が分からない。
先ほど舞夜が与えたダメージは既に完治しているようにも見える。
自分と同じように時を加速させる能力でも手に入れたのか、それともまた別の何かで傷を治したのか。
「あなたは今、こう考えてる。“姫島夜宵は何かをした”と」
彼女は真っ直ぐに歩きながら話すと同時にその場から右へと移動した。
その移動を舞夜は目で追えなかった。瞬きもしていないのに、一瞬で移動したように見える。
「
今度は左に移動し、徐々に舞夜の方へと迫りつつある。
「あなたに追い詰められた私は思った。あなたに勝つ為に必要な力がほしいと」
右へ。
「その結果、私はまた一つ上をいくこととなってしまった」
舞夜の体がその場から吹き飛ぶ。
身体中に殴られた痛みを覚え、吐血した。
先ほどの攻撃で折られていた肋骨にプラスして右腕、左足も骨折し、打撲痕も数え切れないほどにある。
「まさか……私が追い詰めて……あなたを成長させたとでも……」
「感謝するわ。私が遂に私だけの時間を手にいれられたのはあなたのおかげよ、相川舞夜。今は止められる時間がわずかでも、これから伸びる。そして、誰も私を止めることはできない。これこそ、
瀕死で動けない舞夜の前に彼女は立った。
「さよならよ。あなたのことは忘れないでおくわ」
夜宵の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます