2

 日が落ちて、暗闇になる。ここからは彼女の時間だ。

 彼女の霊”ダイバーズブラック”は暗闇と影さえあれば無敵の霊。

 しかし、攻撃に特化した操作をしている間の彼女本体は身動きができない、抜け殻の人形のようになるのだ。

 ここで全員を相手にして、夜宵には誰も近づけない。

 三階下の階にはもう一人の仲間である少年がいる。

 彼の霊も強いが、相手の方が人数も多いし、正直期待はしていない。

 その証拠に大勢の足音が聞こえてきた。この階までは周囲の建物の明かりもこない。完璧なまでの暗闇。

 それでも彼女には見える。今ここの階に登ってきた全員の姿が。

「おい、何も見えないぞ」

「ここだともう周りの明かりも入ってこないわね」

 二人が話している。以前、彼女が顔を合わせた夜ノ森朱音と鎖上凛子だ。

「黒川海莉はどこにいるんだ。この上の階か?」

「私ならここにいますよ」

 上へと向かう階段のある場所で話す彼女の方を全員が一斉に見る。

 しかし、暗闇で何も見えない。

 ただ、何か物音だけがいくつか聞こえた。

「夜春! このフロアを照らすことのできる照明の絵を描いて!」

 ただならぬ気配を覚え、恋歌は夜春の名を叫ぶ。

 暗闇にも関わらずスケッチブックへと照明の絵を描いた彼女が、それを実体化させると、フロアが光いっぱいに照らされ、夜春の足元には大量の血が流れていた。

 お調子者の彼女もさすがに飛び上がってその場から退いた。

 流れている血は甘利と穂積、そしてマリアのものであった。

「ど、どうなってるんだ!」

「マリア! マリア、しっかりして!」

「甘利、穂積! ダメ、息をしてない……」

 凛子がマリアの元に駆け寄り、恋歌は二人の生死を確認する。

 胸から斜めに切られた後が見られる。奥にある階段の方を見ると、そこには一人の少女がいた。

「あなたはあの時の……なるほど、あなたが黒川海莉だったのね」

「あの時の今の三人の分はきっちりと礼をしてやる」

 彼女がこの三人を暗闇の中で襲ったのだ。

 朱音は今にも爆発しそうな怒りを抑えるので必死だ。

 心は気休めでしかないが、マリアの傷口を凍らせて出血を止めようとし、甘利と穂積の蘇生活動を行う。

「ここは暗闇ばかりじゃなくなったわ。あれは影と暗闇の中を自由に移動できるけど、その代わりに本体を別の場所へと置いている」

 凛子は彼女の能力を初めて目の当たりにする恋歌達へ向けて助言し、周囲の重力がかかっているものから、海莉の本体がどこにいるかを探す。

「そんな暇与えませんよ」

 目の前から姿を消した海莉は凛子の影から姿を現し、黒い鎌のようなもので切りかかってくる。

 彼女は背中を切られたが、そこへ恋歌がベル・スターの弾丸を撃った為、海莉はすぐに姿を消す。。

「心ちゃん! 早く凛子さんの傷を!」

 呼ばれた心は急いで凛子の元へ来ようとした。

 だが、次は彼女の影から現れる海莉の姿が見えた。

「危ない!」

 夜春が照明の光をより一層強めた。

 閃光にも似たそれのおかげで、心の影が一瞬だけ消える。

 それに伴って海莉の姿も消えてしまう。

「奴のダイバーズブラックへの明確な対処法は……ない! 影に気をつけなさい!」

 凛子は大粒の汗を流しながら、恋歌達に説明する。

「本体が別にいるから、場所を探ればいいのよね?」

 天音は影の消えた今を利用して、クイーン・ミュージックでギターを弾いてみせる。

 それは音波を飛ばしており、何か障害物があればそこだけ音の波が変わるのを利用して見つけようというのだ。

 彼女は目を閉じて音の波の変化を感じた。

 朱音、恋歌、凛子……といったようにそれぞれの場所は分かっているので、それ以外の場所を探す。

 一つだけ、上の階に反応があった。

「上よ! 一つ上の階に彼女の本体がいる!」

「気付かれてしまいましたか」

 天音の背中から腹部へと鎌の刃先が露出した。

 大量の血を吐いて、天音の体が震えている。

「クソが!」

 朱音はその様子に怒りが収まらず、海莉の影を殴りにかかる。

 しかし、攻撃が当たることはなく、引っ込んでしまった。

「天音! 天音、しっかりしろ!」

 呼吸が荒く、当然返事などできる様子ではない。

「心! 早く天音を!」

 走り寄ってきた彼女は急いで天音の傷口を凍らせる。

「しゅ、出血はこれで止まりますけど、治療しないと……」

「そんなこと言っても、マリアは気絶してるし、どうすることもできないだろう!」

 つい口調が強くなってしまう彼女を恋歌が止める。

「みんな、すぐに床に伏せて。体を密着させるの!」

 突然何を言い出すのかと思った恋歌に疑問を持ちつつも、全員はその場に伏せた。

 朱音は天音の体をゆっくりと寝かせてから側に伏せる。

「何だ、鬼怒山。何で伏せる必要がある」

「伏せていれば、影と私たちの体の間に隙間ができない。このままゆっくりと上を目指す。階段を上がる時は一気に行く」

「ゆっくりとしている時間はない! 早く奴を倒して帰らないと!」

「それなら、私に任せてください」

 心が言うや否や、床が徐々に凍っていき、やがてワンフロア全てが凍ってしまった。

「これで、階段まで滑っていけば、時間は短縮できます」

 それを聞いていた夜春があるものをスケッチブックに描いて実体化した。

「朱音、これを蹴って滑っていきなさい!」

 朱音の足元に何でもない、鉄の箱が現れる。

 彼女に礼を行って、足元の箱を蹴った朱音の体は上へ向かう為の階段まで滑っていく。

 階段の前で止まれるよう、近くにあった工事の為に組まれた足場を掴む。

 深呼吸をして、朱音は体に力を込める。

 勢いをつけて立ち上がり、階段を素早く登っていくと、上の階は真っ暗闇であった。

 そこは海莉にとってもっとも都合のいい場所。だが、突破口は先ほど恋歌が示してくれていた。

「一人で来るなんて自殺行為ですね」

「いや、もう負けないさ」

 朱音はその場にすぐさま伏せて、マジック・ボマーで地面を爆破した衝撃で飛び上がる。

 彼女自身もダメージは受けるが、形振り構っていられない。

「させるか!」

 朱音の周囲から出てきたはその手に持つ鎌で天音と同じく体を貫ぬこうとした。

しかし、彼女の速度に追いつけず、鎌を素振りする。

 その様に初めて海莉を出し抜いた気分で朱音からは笑みがこぼれる。

 彼女は遂に動けない海莉の本体の前へと着地した。

「これで終わりにしようじゃないか」

 朱音は力一杯に拳を握る。

 マジック・ボマーは彼女の想いに呼応するかのようにして、殴るごとに爆発を起こす拳を繰り出した。

「これはマリアの、これは甘利の、これは穂積の、これは凛子さんの、これは……天音の分だ!!」

 全てを彼女に返すように殴り続ける。

 身体中が小さな爆発によって穴があき、肉が飛び、火傷を負う。

 影になっている海莉の姿も消えていく。

 力いっぱいに殴り抜けて、彼女の攻撃は終わった。

 本体に戻った海莉はもう虫の息であった。

「これで終わったよ、皆……」

 緊張の糸が解けたのと、息切れを起こして朱音はよろめいたが、ゆっくりと皆の元へ戻っていく。

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