第15話 影の少女
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それを狙っていた主に指示された通り、海莉は鎖上凛子に連絡を入れた。
彼女達が攻めてくるまでの間、このビルのワンフロアに思い出に浸っていた。
彼女が霊の力を手に入れたのは、この東王高校に入って一年の頃であった。
中学時代の彼女はクラスで正しく影のような存在であり、誰も相手にしなかった。
自分から誰かと関わるのが面倒だという思いもあり、彼女自身も気にしていないし、その状況で良かった。
ただ、高校に進学してからそうはいかなくなった。
他校からも多数の生徒が進学してくるわけで、彼女はクラスで相変わらずの影でいようとしていたのだが、変わり者である彼女を面白がる数名の生徒と運悪く同じクラスになってしまった。
彼女達は毎回口答えもしない海莉を呼び出しては暴力、嫌がらせの繰り返しである。
それまでは何も言わずに過ごしていた彼女であったが、元から意味を感じなかった学校へ行くことも一気に億劫になった。
ただ、学校の校舎裏で猫を飼っていた。誰にもバレないように慎重な注意を払って。その猫に餌をやる為にも学校へは行く必要があったのだ。
しかし、ある日の放課後。
いつもいるはずの場所に猫がいなくなっていた。
ここからは彼女の勝手な推測には過ぎないが、自分に嫌がらせをしてくる者達か学校の関係者に気付かれて処分されたのではないかと。
どちらでも心配で仕方がない。
唯一の心の拠り所でもあったあの猫がいなくなったその日、彼女は知らぬ内に家へ着いていた。
そして、ベッドの上に横たわり、いつの間にか眠りに就く。
制服も着替えず、食事をしなくても彼女にそれを咎める人間はいない。
両親が交通事故で亡くなってからは、二人の残した遺産で生活をしていた。
だから、必要最低限の物しか買わなければ、十分に暮らしていける。
誰も話し相手のいないことがこれほどにまで苦しいと、ようやく気が付いた時にはもう遅かったのだ。
次の日の朝、起きて鏡の前に立った彼女は気分が悪かったので顔を洗う。
洗濯したばかりのタオルで拭いた顔を上げると、背後に何かがいることに気が付いて、慌てて振り返った。
しかし、そこには何もいない。
何故なら、それは彼女の背中から出ていたからである。
真っ黒な人の形を見たこともない生物。
「な、何これ……一体どうなってるの」
疑問の声を上げる海莉に応えるかのようにその生物は近くにできている影の部分へと手を伸ばした。
すると、影の中に手が取り込まれていくのが分かった。
「意味が分からない……一体、何がどうなればこんな……」
頭を抱えた彼女であったが、熱があるわけでもなくいつも通りであった。
昨日あんなことがあったばかりで心身の両方が参っている彼女は少し考える時間を設けた。
結局、午前の授業には参加せず、昼休みに登校した。
すると、いつも海莉に嫌がらせをするグループは休みかと思われた彼女が来たことに驚きながらも校舎裏へと連れていった。
「ねえ、黒川。あんた学校で薄汚い猫飼ってたでしょ。昨日その猫を捕まえて川に捨ててやろうかと思ったけれど、逃げちゃってさあ」
一人の女子が校舎裏に海莉を連れて行く途中に言った。
それが本当ならば、まだあの猫は生きている。今日は探しに行こうかなと思えた。悪いことばかりじゃないと。
校舎裏に着いた所で先頭を歩いていた一人の女子が何やら怪訝な顔をした。
何やら先客がいるようだ。
いつもは校舎裏ではなくトイレや使われていない特別教室などに行っていたから、ここに来たのは今日が初めてだった。
「ちょっと、私達これからやることがあるの。邪魔だからどいてくれない?」
先頭に立っていた女子の背後から海莉は先客の様子を伺った。
綺麗な金髪ロングヘアで、同じ学年のリボンをつけている少女。
耳にはイヤホンがついており、片手には音楽プレーヤーが握られていた。
そこから退くようにいった女子が無視する態度に苛立ち、イヤホンを乱暴に取った瞬間だった。
海莉を連れて来ていた女子が全員その場に倒れている。
瞬きをした覚えもないのに、海莉以外の女子は全員口から泡を吹いて倒れていおり、その瞬間が見えなかった。
「ど、どうなってるの……?」
「面倒ね。どこにも休まる場所がない」
背後から聞こえた声。それは、今目の前にいたはずの先客であった。
音楽プレーヤーに巻きつけるようにしてイヤホンを収納している。
「あ、あなたがやったの?」
恐る恐る質問をした海莉の方を振り返った顔は、金髪と同様に端正な顔立ちをした少女であった。
「あら、まだ残ってたの? というか、いたのね」
海莉だけ倒れていないのは、そもそも認識をされていなかったからというわけか。その時ばかりは目立たない影で良かったと思う。
「その、この倒れてるのってあなたが--」
「ねえ、そんなことより、ここにいた猫を知らない?」
その言葉に彼女は驚いた。
自分しか知らないと思っていた猫の存在をしる人物がもう一人いたことに。
「いつも私がここにいたら寄ってくる猫がいるんだけど、今日は来ない」
「その猫、多分もう来ないよ。この子が逃したって言ってたから」
先ほど海莉に猫を逃してしまったという話をした女子を示すと、金髪の少女はすぐ側にしゃがみ込む。
「なるほど。じゃあ、仕方ないか」
彼女が右腕を掲げた瞬間、海莉は反射的にその右腕を掴んでいた。
何か別のものが重なって現れたように思えたからだ。
その様子に疑問を持った眼差しを向ける金髪の少女へ海莉は、
「殺すつもりだったでしょう? そういう目をしてた……」
それだけ答える。
右手を振り払った彼女は、諦めたように立ち上がり、その場から歩いて行く。
「ね、ねえ、待って! あなたも背中に何かいるの?」
少女は足を止めて再び海莉の方を向いた。
近くの影になっている場所に手を当てると、そのまま手が沈んでいく様子を見せた。
今まで眉一つ動かさなかった少女の顔に微かに反応が見える。
「今、右手に何かが見えたから。私もなの、今朝鏡の前に立ってたら背中に何かがいたの」
「まさか、あなたも力を持ってるとはね。でも、私のは見せないわ。あなたは信用できないから」
「じゃあ、私があなたの信用を得たら、教えてくれる? この背中にいるのが何なのかを」
彼女は鼻で笑ってみせた後、海莉の耳元に顔を近づけると、
「それ以上のことを教えてあげる」
と静かに囁いて去って行った。
昼休みの終了を知らせるチャイムが鳴り、倒れている彼女達はそのままにして海莉も教室に戻る。
放課後になってから、彼女をいじめていたグループが授業中に発見されて保健室に運ばれていたのを他の生徒が目撃したようで、クラスメイトが話していた。
「あの、黒川さん。呼ばれてるけど」
話したこともない女子に声をかけられ、彼女が指で示す方を見ると廊下にはあの金髪の少女が立っていた。
声をかけてきた女子に礼を述べて、廊下にいる彼女の側へ走る。
「な、何か用?」
「ちょっと付き合いなさい」
彼女はただそれだけしか言わず、学校の外まで海莉を連れ出した。
「あなた、猫がどこにいったのか知ってるんでしょう? 逃した場所を聞いてると思ってね。教えて」
人を連れ出しておいて何を言うのかと思えば、海莉は変に緊張していた自分がバカらしくなった。
「知らない。あの人達は猫をどこかにやろうとしたら逃げられたとしか言ってなかったから」
呆れたように溜息を吐く少女を前に海莉は家に帰りたい気分になった。
この謎の少女を相手にしていたら、自分の命も危ない気がしてならない。
「じゃあ、もういいわ。あなたの家に連れて行って」
「な、何で!? どうして急に……」
半ば強引に彼女は海莉の家について来た。
海莉が扉を開けて玄関で靴を脱ぐ間、少女はジッと見つめている。
玄関を閉めた矢先、少女は海莉の肩を掴んで唇を合わせて来た。
何が起こったのか理解もできないまま、海莉の口の中に彼女の舌が入り、頭が朦朧としてくる。
気がつくと、夜になっており、二人は何も身に着けずリビングで寝転んでいた。
「目が覚めたようね」
「あなた、本当にどうかしてるわ……」
海莉は両手で顔を覆った。
それは恥ずかしさもあったが、何よりも久々に誰かと分かり合えたような気がして溢れ出る涙を隠す為であった。
「ねえ、あなたの名前を教えて。名前ならいいでしょう?」
服を着ている最中の彼女はその手を止めて、海莉には背を向けたまま答える。「姫島夜宵」
その日から、黒川海莉と姫島夜宵は唯一無二の恋人なった。
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