第14話 可能性の男
凛子達は海莉から連絡のあったビルに来ていた。
表には”関係者以外立ち入り禁止”の看板が当然のように置かれている。
「いい、皆? 必ず離れないで、お互いをカバーし合う。相手がどんな能力かは分からないけど、向こうは恐らくこちらの力を知っている」
凛子がビルの前で忠告をした時は夕焼け空であった。
日没まではあと三〇分もないほどだろう。
全員がこれから何が起こるのか分からない不安に満たされている。
「舞夜がいないのは、正直痛手ね。でも、あなた達は他の霊使いよりも強い部分がある。お互いを助け合えば、乗り越えられる」
何よりも一番の不安を抱えているのは凛子自身かもしれない。
協力してほしいと言い出したのは自分であるが、所属している異能力者研究所とは無関係な彼女達にもしものことがあった場合を考えてしまう。
だから、これは自分に向けた言葉でもあるつもりだった。
それ以上は何も言わずに七人は建設中のビルの中へと入っていく。
上へ上がるための階段は既に出来ており、凛子を先頭に上を目指す。
しかし、二階、三階には誰の姿もなかった。
四階へと上がった時、凛子の足が止まる。
何も置かれていない、吹き抜け状態のワンフロアの奥に上へと続く階段があるのだが、その手前に一人の少年が立っていた。
海莉と同じ東王高校の制服に身を包んでいる。
今ここにいるという時点で、敵であることは察しがついていた。
「あなた、東王高校の生徒ね? 私たちの邪魔をする為に呼ばれた敵というわけかしら?」
少年は呆れたように溜息を吐く。
「人使いの荒い先輩の元にいると大変なんです。特に今日という日は余計に」
無駄なおしゃべりをするつもりはないと言うように恋歌が一歩前に出て、ベル・スターの弾丸を撃った。
その弾は普通の拳銃以上の速度で少年に迫っている。
しかし、彼は軽く足を動かしただけで後は何もしない。
すると、当たるはずであったベル・スターの弾丸は彼の横を逸れていった。
撃った本人である恋歌は勿論、彼女の力を知っている全員が驚愕した。
すぐさま逸れてしまった弾丸を操作し、少年の後頭部に狙いを変えた弾丸が戻ってくる。
すると、彼は顔の横に片手を上げた。開いた指の間に弾丸がすっぽりと収まり、力を失くした弾丸はその場に落ちた。
「何がどうなっているの?」
「分からない。舞夜のように時間を操っているのか、それとも身体能力を格段に上げる霊の力とか」
凛子は今見ただけのことで推測した結果を話す。
続けて天音が一歩前に出て、クイーン・ミュージックの力による超音波の刃を飛ばした。
すると少年はまた足を少し横に動かすだけで、その刃は当たらない。
今度は彼の方から一歩前に足を踏み出した。
確かに一歩だけのはずだったのだ。
しかし、彼は凛子の目の前に現れ、ゆっくりと右拳を左の鎖骨周辺に当てる。
次の瞬間、凛子の体が後方へと吹き飛ばされた。
全員に動揺が走るよりも前に朱音が攻撃を繰り出してみせる。
しかし、少年は朱音よりも動きが遅いはずなのにまた足を動かしただけで攻撃を回避され、朱音の前に現れた少年が軽く腹に拳を当てると、朱音の体が後方へと飛んでいき、腹部への攻撃で嘔吐してしまう。
「凛子さん、朱音さん!」
マリアは先に近い方にいた朱音の元に走り寄る。
急いで彼女の受けたダメージを回復させた。
「助かった、マリア。しかし、何者なんだアイツは……」
夜春はスケッチブックに粘着爆弾を描く。それを実体化させ、彼に貼り付けようとした。
だが、軽く足を動かしただけの彼に当たらない。
夜春が爆弾を投げ捨てると、その場で爆発した。
「あーもう! なんなのこの男は!」
「夜春、無闇に攻撃してはダメよ!」
恋歌と天音、そして起き上がった凛子が彼に向けて攻撃を開始する。
複数人で一斉に攻撃を行えば避けることも出来ないだろう、そう思った。
しかし、その全てはやはり彼に当たることなく避けられてしまう。
特に武器を使うでもなく、少年が目の前に現れて、軽く拳を当てるだけで恋歌、天音、凛子の三人はその場から吹き飛んで壁に打ち付けられる。
「教えても状況は変わらないと思うので、僕の霊を教えてあげます」
少年は再び始めにいた場所に戻って話し始めた。
「”プロミス”。それがこの霊の名前。『可能性を真実へと導く力』を持つ」
言っても分からないでしょう、と彼は肩を竦めてみせる。
確かに彼女達には理解が追いつかない。
『可能性を真実へ』というその意味をより詳細に説明し始める。
「この世には可能性がいくつもある。例えば、皆さんが攻撃をしてきたとして、僕は少しだけ足を動かす。これで、その攻撃は当たらないという可能性が生まれる。そして、それを真実へと置き換えるんです。本当は攻撃が当たるはずであった真実を、当たらないという真実へ変える。僕の動き一つでね」
彼が足を少し動かしたのは、その攻撃を避けられるかもしれないという可能性を真実へと変える為のキッカケであったのだ。
拳を軽く当てたのも、その攻撃で相手にダメージを与えられるかもしれないという可能性を真実へと変えたのだ。
「ここまで説明した所で、皆さんに勝ち目はない。僕には攻撃することができない」
「さて、それはどうかしらね」
凛子達が上がってきた階段の方から声が聞こえる。
声の主は以前、恋歌と朱音を襲った同じ学校の二年・甘利であった。
その背後には穂積もいる。
「あなた達、どうしてここに!?」
「ファミレスを出てすぐ、私が連絡を入れておいた。少しでも戦力はいた方がいいと思ってな」
朱音が二人を呼んでいたことを告げる。
「あなたが私達や鬼怒山先輩達に力を与えた霊使いでしょう? あの日、枕元にいた時、微かに見えた顔を覚えてるわ」
彼の力は可能性を真実へ導くもの。
それはつまり、誰にでも眠っている霊の力が目覚めるという真実へ導いたということ。
彼女達の中に眠っていた霊の力を強制的に目覚めさせたのがこの少年なのだ。
「だから、あなたの力を使わせてもらうことにした」
甘利が少年に向けて力を発動する。
彼は足を動かそうにも自由に身動きが取れない状態となった。
「プロパガンダであなたは私の言う通りにしか動けなくなった。動けないなら、攻撃を避けるという可能性を作ることもできないでしょう」
そのチャンスを逃すまいと恋歌、朱音、穂積、天音の四人が一斉に攻撃をしかける。
だが、動かないとされたはずの少年はなんともないように攻撃を回避した。
足を少しだけ動かしたのだ。
「勘違いしているようだが、君たちの力は僕が与えたんだ。だから、僕には通用しない」
恋歌、朱音、甘利、穂積の能力は彼には通用しないと自ら言ってみせる彼の言葉は、プロパガンダの力を使ったにも関わらず足を動かすことができた彼自身が証明している。
「だから、言ったでしょう。あなた達では勝てないと」
先ほどと同じように攻撃を行った四人は逆に攻撃を受けてしまう。
本命の黒川海莉という人物に会う前にここで終わってしまうのかと、誰もがそう思った矢先、少年の両腕の筋肉が断裂された。
勢いよく血が噴き出して、それまでは表情を一つも変えなかった彼が徐々に悲鳴を上げる。
「私の力は治した傷をエネルギーに変え、誰かにダメージを与えることができる」
彼の側に立っていたのはマリアであった。彼女のペインキラーがやったこと。
「クソ……! こんなことをしても……僕はまだ動ける!」
「させません! アイス・ザ・ワールド!」
彼の足はまだ生きていたが、心が地面と足を繋げるようにして凍らせてしまう。
完全に動きを封じられたことで一気に形勢が逆転する。
凛子が耳打ちして夜春が素早く何かをスケッチブックに描いた。
彼女がそれを実体化させると、そこには人が一人入れるほどの大きなカプセルの形をした機械が現れた。
「前に漫画で読んだんだけど、特定の人物しか開けることのできないこういう装置を見たんだよね。ここに入れておけば安心でしょ」
凛子は少年の後頭部に手刀を当てて気絶させた後、凍った足を地面から引き剥がす。起きることがないよう慎重に少年をその装置の中へ寝かせる。
そして蓋を閉じようとした際、マリアがそれを止めた。
彼の頬に触れて、腕のケガを治した。
「ちょっと、何をしているの!」
「このままだと出血が酷くて死んでしまいます。もう誰も死んでほしくないから」
マリアの悲しみを帯びた目を見て、凛子はため息を吐く。
「仕方ないわね。また、あなたに助けられたわ、本当にありがとう。勿論、心もね」
改めてマリアに感謝の気持ちを告げる。
心は恋歌の背後に隠れて恥ずかしそうに凛子の方を見ていた。
皆もいつもケガを治してくれる彼女の感謝を述べていたが、緊張の糸が切れてしまったのか、彼女はその場で膝をつく。
深呼吸をして今にも泣き出しそうな目をしていた。
「全く、こんな奴ばかり出てくるんじゃないでしょうね。命がいくらあっても足りないわ」
「行くしかないでしょう。私達がやらないと、何も知らない人達が巻き込まれる可能性もある」
「その可能性も真実になるのかな」
恋歌の言葉に冗談めかして言う天音を見て、彼女は笑ってみせる。
「皆、ごめんなさい。私がいても、あなた達を守れなかった」
凛子は全員の前に立って自身の力が及ばなかったことを謝罪する。
「奴がタネ明かしをした瞬間、私が重力操作で抑えていれば、喜里川さん……いえ、マリアが辛い思いをすることもなかった」
珍しく自信を失いそうになっている彼女の様子に誰も声をかけない。
しかし、その空気を破ったのは夜春であった。
「いや、あーしも何もできなかったし。お互い様ってことでしょ! 皆、凛子さんを責めたりなんかしてないよ」
「まあ、マリアと心がいなくちゃ皆助からなかったわけだ」
「わ、私なんか恋歌さんの後に続くばかりですよ……」
謙遜する心の頭を朱音が撫でると湯気が出そうなほどに顔が赤くなっていた。誰の責任でもなく、全員が協力していて招かれた結果なのだ。
「ごめんなさい、自意識過剰だったわね。皆で協力しようと言ったのは私なのに面目ない」
彼女の元にマリアが歩み寄る。
「やっと名前で呼んでくれましたね」
「あなたはデリケートな気がしたから、馴れ馴れしいかと思ってたんだけど、必要なかったようね」
笑ってみせる凛子とマリアに全員は安堵した。更に上へと続く階段を見上げ、甘利と穂積を加えた九人は先を目指すことにした。
階段を上がる際、日没を迎え、建物の中は周囲の明かりで薄っすらと確認できるほどでしかない。
凛子は舞夜のことを考えていた。メッセージを送っても返事がない。
一体、どこにいるのかという思いばかりが募ってしまう。
その頃、舞夜は走っていた。
諒花との戦いで負った傷の痛みを堪え、息が切れても構わずに走っていた。
目的地まではあと三十分ほどだろう。
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