第12話 動き出す影

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 恋歌と朱音が襲撃を受けた次の日。

 舞夜と夜春は色海いろうみ市のとある建物に来ていた。

 以前、恋歌がネットニュースで見た記事から行ってみたいと言った謎の占い師がいる館がある。

 占いの霊・フォーチュンタロットを持つ少女・久世真冬は霊使いというだけでなく、 長命の血を持つ一族と謎多き人物だ。

 彼女は居場所を転々としているのだが、今日は偶然にも色海市にいるということだったので、夜春を紹介するついでに占ってもらいにきたのだ。

「頼んでいたものはありましたか?」

 舞夜が取り出したのは白い箱であった。

 中にはこの色海市限定、色とりどりのシュークリームが数個入っている。

「これです。美味しそう」

 目を輝かせて一つを頬張る彼女はただの無邪気な女の子だ。

  真冬の霊は占う代わりに彼女の願いを叶えるという条件がある。

 今回の条件がこのシュークリームというわけだ。

「紹介するわ。この子は夕凪夜春。この色海市の路上でアーティスト活動をしてる、色海高校の生徒よ」

「知ってます。ペンネームは”ヨルハ”。男女問わず人気のイラストレーターでその奇抜な髪型を真似する人も多いとか」

「おお、本当になんでも知ってんだ! 伊達に長生きしてないんだね!」

 二人の紹介が済んだところで、舞夜は早速占ってほしい本題に入る。

「前に頼んだ占いがあったわよね? 謎の人物について。今日もそれに関することなんだけど、ちょっと質問を変えるわ」

 真冬はシュークリームの入った箱を側に置いて、代わりにタロットカードを取り出した。

 それが彼女の占いに必要なものだからだ。

「私の友達、あなたのでもあるけど、恋歌と朱音に霊の力を与えたのが誰なのかを知りたいの」

「わかりました。フォーチュンタロット、占いを始めます」

 彼女は霊を出現させ、タロットカードを並べていく。

 出て来たカードは”ワンドの8”。

『状況は急加速して変化していく。これから相手の攻撃が始まることを予見するカード』ということだ。

「それってつまり、謎の敵がもう攻めてくるってこと?」

「ごめんなさい、相手がどういう敵かまでは正確には掴めなくて。ただ、お二人に力を与えた人物かその関係者に何か動きがあるのかもしれません。舞夜、あなたには”正義”の暗示が出ている」

 『感情のコントロール。冷静に判断しないと、単に心を消耗してしまうだけになる』といった暗示だ。

「忠告ってことね。でもまあ、合ってるわ。最近すぐに感情的になるところがあるし」

「ねえねえ、あーしも占ってよ! あーしの芸術活動がこの先どうなるか!」

「あなたはそんなの気にしないと思いましたけど、いいですよ」

 それから夜春の占いをしてもらった後、しばらくの間話をして帰った。


 今日はもう客も来ないので店を閉めようと真冬が支度をしている時であった。

「謎の占い師、久世真冬」

 入口の方から彼女の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 振り返ると、扉にもたれかかる一人の少女がいた。

「申し訳ありませんが、今日はもう終わってしまいました。明日もここにいるので、また来ていただければ——」

「いや、その必要はない」

 次の瞬間、真冬の体にまるで刃物で切られたかのような傷ができた。

 少し遅れて血が噴き出してくる。

 呻き声をあげて倒れる彼女の側に寄って来た少女の手に刃物やそういった類のものは握られていない。

 真冬は瞬時に霊の力によるものだと理解する。

「その……制服は……東王の……」

「まだ意識があるか」

 彼女はそこで床に落ちていたタロットカードを手に取った。

 それには真冬の血が付いている。

 カードが放り投げられ、真冬の目の前に落ちる。

「それでは、死んでもらいます」

 その時、猫の鳴き声が聞こえた。

 真冬を襲った少女の動きが止まり、鳴き声のする方に気を取られていた。

 一瞬の隙をついて、真冬は覚束ない足取りで裏口から逃げ出した。

 しかし、それに対し少女は行動を起こさず、動かないでいる。

「これでいい。それにしても、あの猫の鳴き声……」

 大量の血を流しながら色海市の道を走る真冬を見て、芸術の市とされるこの場所でもさすがに動揺の声が上がっていた。

「ちょっと、あれ血じゃない?」

「すごい出血してるぞ!」

 周りの人間の言葉も聞こえず、真冬は無事であった携帯端末を取り出して舞夜に電話をした。

 その場で転び、もう足には力が入らなくなる。

 無残に呼び出し音が聞こえるだけだ。


「姫、言われた通りに久世真冬に致命傷を負わせて来ました」

『そう、ご苦労様。ちゃんと証拠も残してきた?』

「私の指紋が残っています。素性がバレるのにそう時間はかからないと思います」

『了解。あなたも戻って来て』

 少女は占いの館を後にして、自身に命令を下した相手に連絡をしていた。

 視線の先には、救急車に担ぎ込まれる彼女の姿があった。

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