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 放送が鳴り響く。

 恋歌と朱音の名前が呼ばれ、職員室まで来るようにと。

「恋歌、何かやったの?」

「何もしてないわよ。まあ、呼ばれたから行くしかないか」

 朱音は目を覚まして、自分の睡眠を途中で妨害されたことに苛立ちを覚えながらも職員室へと歩いていく。

「あら、来たのね」

 恋歌は職員室前で朱音が来るのを待っていた。

「お前こそ、何やったんだよ。ちょっと妙だけどな、二人揃って呼ばれるってのが」

「そう思って待ってたのよ。だって、私達の共通点って上げるとすれば一つぐらいしかない」

 敵の攻撃の可能性が高いと考えていた。二人は何があっても対処できるように霊を出現できるよう身構える。

 恋歌が扉を開けると。そこは何事もなくただ仕事をしている教師達の姿が合った。

 考え過ぎかと思った矢先、彼女たちへ一斉に教師の視線が向けられる。

「鬼怒山恋歌、夜ノ森朱音……しょ……けい……」

 一人の男性教師がうわ言のように呟きながら二人の方へ歩いてくる。

「鬼怒山、下がれ」

「処刑ー!!」

 叫んだ男性教師は地面を蹴って飛びかかってくる。

 朱音が咄嗟に恋歌の襟首を掴んで後ろへと下がらせ、扉を閉めた。

 直後、飛びかかって来た男性教師が扉に激突したであろう音が響く。

「な、何だって言うのよ!?」

「分からん。だが、ヤバいのは確かだ」

 扉を叩いて開けるように訴える声が聞こえてくる。

 それも一人だけでなく大人数で。

 まさか、今の男性教師だけでなく、他の教師も全てが同じだというのか。

「教師が全員おかしくなっちまった感じだな」

「間違いない。霊を持ったやつの仕業ね。とりあえず、ここから離れましょう!」

 二人は職員室から教室を目指して走る。まずは敵が誰かを見つける必要がある。

「なあ、少し思ったんだが」

 教室まで近くなったところ、朱音が走りながら口にした疑問。

「教師だけじゃなくて、生徒まであんな風になってたらどうする?」

 階段を上り終えて、三年の教室が並ぶ廊下に差し掛かった。

 しかし、今は昼休憩の最中で、廊下には多数の生徒がいる。

 二人が走るのに合わせて道が開いていくが、恋歌が足をつまずかせて転倒してしまう。

 彼女には確かに足をひっかけられた感覚があった。

 足をつまずかせた場所には生徒の足があるのを見て、確信する。

「嫌な予想が当たっちまったな」

 朱音が静かに呟くと同時、先程まで楽しそうに話していた生徒たちが一斉に二人の方を向いて襲い掛かってきた。

「ベル・スター!!」

 咄嗟に銃型の霊、ベル・スターを出現させた恋歌は、近くにあった消火器を撃つ。消火剤が煙となって噴き出し、目眩しとなる。

 その隙に立ち上がった恋歌と彼女を待っていた朱音は、人気のない場所を探して走り回る。

 しかし、この荒波高校は教師に隠れて行動する生徒が多い。逆に人気のない場所を探すほうが難しい。

 その時、目の前の教室の扉が開いた。

「あれ、恋歌? もう用事は終わったのー?」

 紬が身を乗り出して手を振ってきた。

「紬! 少しの間隠れてて!!」

 二人はその教室には入らず、更に先の曲がり角を曲がって、階段を降りていった。

 恋歌の友人である紬は廊下の生徒が消火剤まみれになっていることと、隣のクラスの朱音が一緒に逃げていることを不審に思う。


「ここなら今のとこは安全かもな」

 息を切らしながら、朱音と恋歌が逃げ込んだのは、今は使われていない体育倉庫であった。

 朱音のアイデアで逃げた場所で、何故知っているのかと言えば、たまに忍び込んで時間を潰す場所を探していたところ、壁に開いてた穴を見つけたとか。

「それにしても、一体どういうことだ。敵の気配なんてものは一切しなかった」

「敵は私達よりも離れた場所にいるのよ。遠隔でこれだけ多くの人間を操作できる、強力なタイプの霊ね」

 そこで、恋歌の端末に着信が入る。相手は紬であった。

「紬、さっきはごめん。ちょっと用事があって――」

『随分と大変そうね、鬼怒山さん』

 しかし、声は別人のものだ。聞いたこともない女の声。恋歌の声色も途端に変わる。

「あんた、誰? そのスマホの持ち主は?」

『落ち着いてください。彼女なら無事ですから、今の所は。なので、拘束させていただきました』

 恋歌の中に緊張が走る。こいつは間違いなく敵だ。

 自分が原因で彼女にもしものことがあった時のことを考えると今すぐにでも相手をブチのめしてやりたいと思う。

『あなた達は今、この学校内の“敵”として生徒たちから排除すべき存在と思われています。それは私の霊・“プロパガンダ”によるものです』

「わざわざ自分からネタばらししてくるなんて、どういうつもりかしら? 言っとくけど、私は敵の言葉をそのまま鵜呑みにするほど馬鹿じゃない」

 信じないのなら結構、とだけ言い残して女は電話を切ってしまった。

 再度かけなおしても繋がらない。

「プロパガンダ……特定の主義、思想(主に政治)の宣伝を表す」

 電話の内容を隣で聞いていた朱音が考え事をするかのように壁にもたれかかる。

 対して恋歌は落ち着かないと言った様子で三歩進んではまた振り返り三歩進むというのを繰り返す。

 一刻も早く敵を見つけ出してブチのめす方法を探さなくては、と頭の中はそれで満たされてしまっている。

「敵の言っていることは本当かもしれないな。霊の名前は勝手につけたものだろうが、その名前の通りなら全校生徒の思う敵という存在を、私達に置き換えているのかも」

「いずれにせよ卑怯なものには変わりないでしょ。自分じゃなく、他人に手をくださせるんだから。それも霊の見えない一般人にね」

 恋歌は立ち止まってまた別の怒りが込み上げてくるのを抑える。

 早くしなくては紬の身に何が起きるか分からない。

 しかし、敵が彼女の端末を取り上げたのは何故か? 何故自分の電話につながるとわかったのか? それに彼女は言っていた。

“唯一、霊の力が作用しない存在”だと。

「プロパガンダ。あの霊にも抜け道はあるようね」

「あたしも大体予想はついたが、その次の問題だ。どうやって本体だけを叩くか」

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