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「それで、手術の日っていうのが明日なわけよ。あの子が手術の日、病室から出る前にこの絵を完成させるって、エゴだけど。私は決めたの。決めたからには完成させたい。でも、このままじゃどうしても間に合わないのよ」
彼女の話を聞いて、二人は会ったばかりでずっと笑っていた彼女がどういう人間かを全然理解してなかった。
想像以上に真面目で、優しい心の持ち主だと分かった。
「協力しない理由なんてないわね」
「私も全力で演奏するから、どんな曲好きか教えて!」
二人の手を取って感謝の言葉を述べた夜春はさっそく作業に取り掛かった。
「ダンシングナイト、スピードアップ!」
「クイーン・ミュージック、女王の音楽を奏でるわよ!」
作業用に貸し出されているクレーンを手元のリモコンで操作しながら、描く位置を変えていく。
クレーンの動きも連動して早くなる為、周りから見れば異様な光景にしか見えないだろう。
その間、天音のクイーン・ミュージックは音楽を奏でている。
これは一般人にも聞こえる為、人気のイラストレーターと謎の音楽少女によって次第に人が集まってくる。
気がつけば日が暮れ始めていた。
そこで、舞夜は初めて携帯端末に着信が何回も入っていることに気づいた。
凛子との待ち合わせ時刻を一時間も過ぎている。
『舞夜、今どこにいるの?』
「ちょっと手が離せなくて。今、新しい霊使いスカウトの為というか、病気の女の子の為に忙しいんです」
詳しく事情を話すからと場所を教えておいた。
それにしても三時間以上ぶっ通しで歌い続けている天音の喉も心配であったが、彼女は日頃の練習によってか、まだまだ余裕の色を見せている。
しばらくして、車に乗った凛子が到着する。
「ちょっと何かしら、この騒ぎは」
ギャラリーをかき分けて舞夜の元へ歩いていく。
「ちょっとあなた達、いくら霊が見えないとはいえ、こんな大っぴらに能力を使って」
「まあまあ、凛子さん。今日だけは大目にみてください。もう少しで完成しますから」
しかし、そこで一つの問題が起こった。クレーンの動きが止まってしまったのだ。
「ちょっと、こんな時に故障!?」
クレーンの先で悔しい声を上げている夜春の姿を見て舞夜は凛子にある提案をした。
「夜春ー! 今から体が浮くと思うけど、気にしないでねー!」
下から大声で舞夜が呼びかけた後、凛子のグラヴィティオペレーターの能力で彼女の体を浮き上がらせる。
「え? ちょっと何これ!? めちゃくちゃ楽しいんだけどー!」
その状況下で楽しめる人物は彼女ぐらいのものだろう。
彼女は最後まで嬉々としながら壁画を完成へと近づけていく。
「ま、ワイヤーで上から吊るしたと思うでしょう。一般人なら」
さっきまで能力を人前で使っていたことを咎めていた彼女も、今ではすっかり壁画の完成を見届けようと待っていた。それから更に一時間後、空中に浮いたまま夜春は両腕を大きく上へと掲げた。
「完成ー! 終わったよー!」
下に向かって叫ぶ彼女に向けて多数の拍手が送られる。
いつの間にやら、記者なんかも集まり始めていた。
こうして、夕凪夜春の二ヶ月間に及ぶ作品は完成したのだ。
「あなたがあの人気イラストレーター“ヨルハ”だったとはね」
「凛子さん知ってたんですか?」
「情報はどんなことでも武器になるのよ。あなたも気にかけときなさい」
夜春は一息つくために自販機で買ったジュースを飲み干していた。
ずっと歌い続けていた天音も同じく喉を潤すためにジュースを飲んでいる。
「でもまあ、運がいいわね。やはり霊使い同士は惹かれ合っているのかもしれない」
「それで、夜春。条件はクリアしたわよ。私たちに協力してくれる?」
陽気な声で彼女は了承した。
何とも変わった人物ではあるが、根は真面目で優しい彼女が仲間となってひと段落つく三人であった。
ひなこの手術が行われる日。
昼前のカーテンが締め切られた病室で少女は浮かない顔をしていた。
「さあ、ひなこ。いきましょう」
母親が小さな彼女の背中にそっと触れる。
この小さな体にどれほどの不安があるのか、誰にも分からない。
大人だって怖くて仕方ないだろう。
そこへ、一人の少女が入ってくる。
「ひーなーこーちゃん! 来たよ!」
「ヨルハお姉ちゃん!」
彼女の顔を見ただけで笑みを取り戻す、ひなこ。
しかし、これだけではない。
今日はとっておきの贈り物があるのだ。
「今からの手術、きっと怖いと思う。でも、あれを見て頑張って欲しいな」
珍しく静かに言った彼女をらしくないと思うひなこであったが、夜春が閉じられていたカーテンを捲ってみせる。
そこには、昨日完成させた巨大な壁画が見えていた。
『手術、ガンバって!!』
というメッセージの周囲にはいつも夜春が彼女に向けて描いていたキャラクター達の絵が描かれている。
「あれ、ヨルハお姉ちゃんが描いたの!?」
「ふふーん、ひなこちゃんへの応援メッセージです。さ、いってらっしゃい!」
小さなその子の手を握ると、頷いてみせた。
病室に残った夜春は、窓から見えるあの壁画を見て、一人微笑むのであった。
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