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 土曜日。舞夜と天音は凛子の車に乗って色海市に来ていた。

「さすがに土曜日ともなると通行人も多いし、更に路上で活動するアーティストも目立つわね」

 天音はライブに行く時のような格好で来ていたので、舞夜がなぜその服装なのかを問うと、路上ライブでもあるんじゃないかという期待を抱いているらしい。

「前の荒波市と同じで手分けして探そう。二人は一緒に行動するように」

「はい。集合はどこにします?」

「駅前で。午後五時に集合にしよう」

 

 舞夜と天音は色海市を探索する。

 ただ、バンド活動をしている天音にとってここは”アーティスティック精神”をくすぐる仕掛けが山ほどあった。

 行く道には奇妙なオブジェや壁に描かれた絵、独特のファッションで歩いている男女。

 稀に芸能人やファッションデザイナー等も遊びに来ることがあると言われている。

「はあー、凄い! かっこいいよ、これ見て! 音楽店なのにオブジェも飾ってあるよ」

「天音、ちょっとは真面目に探してよ」

 一人だけ盛り上がっている天音を引っ張りながら舞夜はどんどん先へと進んで行く。

 すると、歩道内に人だかりができていた。

「あれ何かな? ちょっと行ってみよ!」

 走り出した天音は人だかりの間を割って入っていく。

 その後に舞夜も続いた。

 先に最前列へと出ていた天音の隣に立って輪の中心を見た。

 そこには長い脚立の上に座ってカラースプレーを振る、カラカラという音を鳴らしながら壁に吹きかけている少女の姿があった。

「見てあれ! もう完成間近なのかな?」

 天音はすぐさま携帯端末を取り出し、その様子を数枚写真に撮ってから、動画に収めている。

 よく見ると他の見物人も大体が撮影していた。

 やがて少女は満足したように、「よし!」と大声で言った後、脚立から飛び降りた。

 何も言わず、作品が完成したというのをお辞儀をすることで周りの人に示した。

拍手と歓声が飛び交う彼女の作品は、何とも奇妙な絵であったが、ここではそれがいいのだろうか。

 少女は満足したように満面の笑みであった。よく見ると、休日にも関わらず学校指定のブレザーと思しきものを着ており、それは色海高校のものであった。

 髪の色も随分と変わっているし、顔のメイクも赤いアイラインに柔らかそうに見える唇も絵で描いたかのような少女。対照的に歯はギザギザと鮫を思わせるようなものであった。

「何だかここまで色んな要素を持った人、初めて見た気がする」

「いいなあ。私もメッシュだけじゃなくてあそこまで髪染めたりしてみたい!」

 段々と人が去って行ったところで、その少女はこちらに目をやった。

 何やら興味深い顔で見つめてくる。

 すると、突然その場から舞夜達の元に駆け寄って来た。

「あなた! 何か凄いオーラを感じるわ! あーしの中の電気がバチバチいってる!」

 彼女が手を取ったのは舞夜であった。あまりにも突然のことで二人は立ち尽くしていた。

 歩いてすぐの場所にある広場で話すこととなった三人は石造りの椅子に座った。

 この広場にもたくさんのアーティストがいる。近くにある噴水の形も奇妙だ。「まずは自己紹介ね。あーしは、夕凪夜春ゆうなぎよはる! ペンネームは“ヨルハ”でやってるからよろしくねえ!」

「ヨルハ……ヨルハ……ああ!」

 自己紹介した彼女に向けて天音が驚愕の声をあげた。

「あのSNSで人気の路上イラストレーター“ヨルハ”ってあなた!?」

「そーいや、なんか言われてんね。あーし、一個も知らないんだけど」

 無邪気に特徴的な歯を見せて笑ってみせる彼女。

 舞夜がヨルハとは何かを聞くと、天音は自身の端末を渡した。

 そこにはネットニュースの記事が出ており、ヨルハについての特集がされていた。

 芸術家の多く集う色海市内で新進気鋭のイラストレーターとして人気急上昇中、路上でのゲリラ的な活動がその人気の秘密と書いてある。

「へえ、凄く有名人じゃない」

「あっははー! あーし、人気者なんか」

 ”変わり者”という言葉が良い意味で似合う彼女。

 赤いパーカーの上に紺色のブレザーとスカート。それに多数のスプレー缶を入れたリュックを持ち歩いている。

「ここは皆のアトリエみたいなもんだからね。場所争いさえしなければ警察とかも何も言って来ないし。まさしくキャンバスとなった市って感じなんよ」

 説明してくれた夜春に礼を述べて、舞夜は彼女が自分のことを面白いと言った理由について問う。

「ああ、それな! いやー、正確には二人とも面白い感じするんだよね。見えるかな、これ」

 彼女は人差し指で自身の頭上を示してみせる。

 そこには両手で持てる大きさのペンを持ち、ベレー帽のようなものを被っている人型の霊があった。

 咄嗟のことで二人とも身構えた。

「あ、あなたスピリットを持ってるの!?」

「ん? これ“霊”って呼ぶんだ。初めて知ったー!」

 ケタケタと笑ってみせる彼女からは、敵意のようなものを感じられない。

「これが見えるってことは、やっぱり二人も持ってるんでしょ? どんなのか見せて見せて!」

 言われた二人はダンシングナイトとクイーン・ミュージック(天音の霊)を出現させた。

「おお、イカしてるう! 名前とかあんの? あーしは勝手に『ライブドローイング』って名前つけちゃった」

 それぞれの名前を名乗ると彼女は更に盛り上がった。

 写真に収めようにも映らないので、その場でスケッチブックを取り出して描き始める。

「ねえ、夕凪さん--」

「その呼び方嫌なんだよね。夜春かヨルハでお願い!」

「じゃあ、夜春。私たちの話を聞いてほしいの」

 黙々とスケッチをする彼女に向けてここに来た理由を一通り説明した。

 話し終えたところで彼女は、自信満々にスケッチブックを二人に見せた。

 そこにはダンシングナイトとクイーン・ミュージックが精巧に描かれている。

「凄い……って、話は聞いてくれてた?」

「ちゃんと聞いてたよ。私達みたいなのを霊使いって呼んでて、舞夜達をここに連れて来た凛子さんって女の人がこの七つの市でそれぞれ一人ずつ護衛として置いておきたいってことでしょ」

 完璧な回答だった。彼女の集中力は並大抵のものじゃない。

「ねえねえ、気になったんだけど、ヨルハの能力って何なの?」

 天音が疑問を呈すると、彼女はまだ見せていなかったと笑ってみせる。

「うーん、何がいいかな。そだ! 二人とも昼だけど何か食べたいものない?」

「何、突然に?」

 いいから、何か食べたいもの、と言う彼女に気圧されて、二人は近くにある店からクレープを要求した。

 彼女は景気良く返事をして、再びスケッチブックに描き始めた。

 すると、数分で描き上げた精巧なクレープの絵を見せる。

「こっからが本番ね」

 夜春はスケッチブックに手を当てる。すると、彼女の手がスケッチブックの中に沈んでいったかと思えば、引き抜いた手には本物のクレープが握られている。

「な、何これ!? 一体どうやって……」

「なあに簡単なこと。私の能力ってやつよ。描いたものを実体として使ったり食べたり、消費することができる」

 手渡されたクレープは生クリームとイチゴがふんだんに使われているものであった。

「味も確かにあるし、美味しい。凄い、この能力」

「じゃあ、ヨルハのそれって何でも描けば実体かできるの?」

「ルールはいくつかあるよ。実在するものじゃないと実体化できないのと、描くものがないと使えない」

 弱点はあるにせよ、彼女の能力は極めて強力なものである。

 是非とも仲間になってもらいたいと思うわけだが、この自由な人物が一緒についてきてくれるのかが問題だ。

「ねえ、夜春。さっきの話しなんだけれど、私たちの仲間になってくれない?」

「うーん、いいよ!」

 返事があまりにも早かったので驚く間もなかった。

 彼女はただし、と言葉を付け加える。

「あーしに付き合ってくれたら、舞夜達の仲間になってもいいよ」

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