4

 入学当初、真面目の雰囲気を纏った恋歌は周りから『弱い』というレッテルを貼られていた。

 現に彼女は勉強が出来ても喧嘩などしたことはなかったし、運動だってそんなに誇れるような成績ではなかった。

 物を盗られ、トイレに行けば水をかけられるし、授業中には彼女の勉強を妨害するといった陰湿な女子グループに目をつけられてしまった。

 ある日のこと、放課後に彼女を無理やり人気のない場所に連れ込んだそのグループは言った。

「鬼怒山、あんた反応薄くて面白くないのよね。だからさ、凄い面白いことを考えついたのよ。あんたみたいなのが好きなおっさん連中に裸の写真を送れば高値でヤッてくれるからさ、それで金稼いでくんない?」

 言うが早いか、早速彼女の服を脱がせようと抑えつけ、端末のカメラを構える。 しかし、抵抗するのに必死な恋歌が気付いた時には、カメラを構えていた女子の指が折れていた。

 その場にいる全員が驚愕する。

 端末を落としてしまった女子は両膝を地面について、自分の折れてしまった指を見つめ、悲鳴を上げる寸前であった。その後頭部を踏みつけ、硬い地面に顔面を押し付けた者がいたのだ。

「あんた達、いくら何でもやりすぎ」

 それは彼女がこの高校で唯一と言っても過言ではない友人となりうる女子・雨宮紬あまみやつむぎであった。

 当時の彼女は隣のクラスで面識もなかったが、窓から無理やり連れて行かれる恋歌を見て、気になったからついてきた言っていた。

 それはもう、恋歌にとって驚きでしかなかった。

 一人で数人をノックダウンさせたその姿はとても勇敢で、彼女の心の中にある『正義』というものが体現されたかのように感じた。

「あ、ありがとう、助けてくれて」

「あんた、鬼怒山恋歌だっけ? 変わった名前だから覚えてたわ」

 乱れた制服を戻し、通学鞄を手にした恋歌は何かお礼をさせてほしいと言った。

「じゃあ、カラオケ行こ。私行ったことないの」

「わ、私もありませんけど……」

「じゃあ、二人で初経験ってわけね」

 恋歌の手を引いて彼女は歩き始めた。

 その翌日から、恋歌が嫌がらせを受けることがなくなった。

 と言うのも隣のクラスから紬が恋歌の様子を見にくるからだ。

「なあ、恋歌。今日は中庭でご飯食べよ」

「い、いいですけど……」

「あのさあ、敬語じゃなくていいって。それにあんたその見た目、どうにかした方がいいんじゃない」

 その頃の恋歌は今のように髪を染めるでもなく、ただの黒髪を真っ直ぐに伸ばし、制服もしっかりと着込んでいた。

「お、大きなお世話です……」

「まあ、その見た目でもあんたは十分可愛いと思うけどね」

 笑っている彼女を見て、いつも一言多いと思いながら、恋歌は翌週から紬の真似をして髪を染めてみたりなど、彼女の影響を受けていった。


 これが私よ。と恋歌は心に語ってみせる。

「心ちゃんは強いよ。私は一年も経たない内にそういう奴らから目をつけられなくなったし、紬っていう心強い味方がいたから頑張れた。でも、心ちゃんは私よりも過酷な状況なんだから」

 恋歌は知らずの内に泣いてしまっていた。

 心の状況を思えば、自分などまだまだ甘い。彼女こそ本当に強いのだと思った。

「今日はありがとうございました。あの、これからも連絡していいですか?」

「勿論。心ちゃんみたいに可愛い子なら大歓迎だからね」

 冗談じみた口調で本音を言う彼女に頭を下げて、心はその場を後にした。

 恋歌はその背中を見送る中、彼女を抱きしめた時の冷たさを思い出していた。

 あの体温の冷たさは少しおかしいと気にかけた恋歌は、凛子へと連絡を入れる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る