3
恋歌に助けてもらった翌日のこと。
心は岬川高校で授業を受けていた。
「次の文を朽木、読んでくれ」
国語の時間、教科書の指定された部分を彼女が読み始めた。
しかし、弱々しい声に担当教師は少し大きくするようにと指示をし、昨日彼女に酷い仕打ちを行おうとした女子達はクスクスと笑う。
午前の授業が終わった昼休み。
心はトイレに呼び出されていた。
「昨日は邪魔があったけど、あいつ荒波の生徒みたいだし、今日は助けも来ないでしょ」
リーダー格の女子が心の腹部を殴る。
胃の中から思わず朝食を吐き出しそうになるところであった。
壁に寄りかかってうずくまる彼女の前髪を掴んで顔を向き合わせる。
「学校にはあんたを助ける奴なんていない。せいぜい、卒業まで頑張ってよ」
顔や腕、足などを殴打し、満足したのか彼女達は教室へ戻っていった。
涙も流せない。もう慣れてしまった。
その時、携帯端末にメッセージが入る。『今日の放課後空いてる? 無理ならいいけど、会えないかな?』
恋歌からであった。
いつも放課後は彼女達に嫌がらせを受けていたが、今日だけは何とかして捕まらないように帰ろうと思えた。
放課後になり、教室を出ようとした心を彼女達が待ち構える。
足が竦んでしまい、このままではいつもと同じだと思った彼女は、恋歌のことを思い出し、グッと力を込めてその場から走り去った。
「おい、待て!」
背後から怒声も聞かずにひたすらに走った。
昇降口で靴を履き替えて出て行った彼女の後に続いて来たが、近くの職員室から歩いて来た教師を見て、立ち止まった。
無事に逃げることができた彼女は息を切らしながら後ろを振り返る。
誰も追って来ていないことを確認し、大きく深呼吸をする。
待ち合わせの駅までゆっくりと歩いて行くことにした。
「おお、お疲れ! って、どうしたのそれ!?」
駅に着いた恋歌は先に待っていた心の姿を見て驚く。
精一杯隠したつもりであったが、制服から少しだけ殴られた跡が見えていた。
「こ、これは転んだ時にできたもので……」
嘘をつこうとして俯いた彼女の肩を掴む。
「心ちゃん、ちょっとその辺にお茶しに行こう」
彼女の手を引いて恋歌は近くの喫茶店に入った。
恋歌はアイスコーヒー、心はオレンジジュースを注文する。
「あの、お礼と言ってはなんですけど、飲み物代だけでも出します……」
「そんな気を遣わなくていいのに。でも、ありがとね」
恋歌はちょこんと座る彼女を見て本当に可愛らしい女の子だと思う。
それで、と言葉を切り出した。
「ねえ、心ちゃん。あいつら、何であなたをいじめてるの?」
思わぬ言葉にえっ、と驚いてしまう。恋歌は何も言わずに彼女の様子を見る。
「えっと……私が一年の時の話です。昔から人と話すのが苦手で……声も小さくて。それで、イライラするからってあの人たちに目をつけられてから、どうやったら大声で嫌がるかみたいなことをされてたんです」
それから彼女は普段から学校でどんな仕打ちを受けて来たかを話した。
恋歌はただ聞いていただけであったが、次第に胸が痛くなってくる。
「それで、それで私にあの人たち——」
思わず声が大きくなった心の手を取った恋歌は彼女の側に立って抱きしめた。「ごめんね。もういい、話すのが辛いのにごめんね」
いつもの明るさなど感じさせることもなく。恋歌はただ優しく泣いている彼女を抱きしめていた。
彼女の体はとても冷たかった。
「私……鬼怒山さんみたいに強くなりたいです」
「名前でいいよ。それに私は強くないよ」
アイスコーヒーを一飲みする彼女に疑問の声を出す心。グラスを置いて、彼女は自分のことを話し始めた。考えれば、誰かに自分のことを話すのは初めてだ。
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