5

 気を取り直し、四人はお互いをカバーしながら先を急ぐ。

 途中、盗られた老婆の荷物を奪い返し、川で溺れる子どもを助け、偶然にも肩がぶつかった強面の男性集団、は恋歌に対しては怯え、マリアに対しては頭を下げて感謝の意を述べるといった謎めいた場面もあった。

「ハァ、もう少しで着くわね」

 さすがに四人も疲れが見えてきている。

「あそこが、例の店みたい。今は十九時四十五分……」

「もう無理かな……。店に着いても人気な商品ならない可能性も」

 恋歌が弱気な言葉を吐くが、朱音がその肩を叩く。

「ここまで来て諦めんな。とにかく行くぞ」

 向かいの歩道に渡ろうと信号を確認したところで、歩き出した。

 特に何もない。安堵の息を吐いて入店したのも束の間だった。

「おい、手ェ上げろ!! ここにある現金、全部出せ!!」

 黒ずくめの服装をした男が店内で銃を持って暴れている。

「おいおい、最後の最後でこれかよ」

 朱音が疲れた声で嘆く。

「おい、お前達! お前達もこっちに来て座りやがれ!」

 すると、一人歩いて行く恋歌である。まさか、言いなりになるつもりかと思ったが、男の前に立った彼女の体が震えている。

「ん? 何だ! 早くそこに——」

「いいから、どきやがれー!!!」

 怒号と同時に男の顔面に力いっぱいの拳をお見舞いした。

 男は壁まで吹き飛ばされ、そのまま伸びてしまう。

 残された三人も店員も呆気に取られていた。

「あの、すみません。ここの人気プリン十個ください!!」

 恋歌の要望を聞いた女性店員が、ハッと我に返ったが気まずそうに答える。

「あ、助けていただきありがとうございました。大変、申し上げにくいのですが、本日分は全て売り切れました……」

 ショーケースの中にはそこに置かれていたであろうプリンがひとつとして残っていなかった。

 膝から崩れ落ちる恋歌。

 三人も疲れのあまり座り込んでしまった。

「あの、作ることはできますよ! ただ、さっきの強盗のせいでウチの主人がケガをしまして……」

「ケガですか? 見せてもらってもいいでしょうか」

 マリアはショーケースの後ろで倒れる男性の元に歩み寄り、腕が撃たれているのを見る。

「大丈夫です。もう治ってますよ」

 言われて、男性は自分の腕を確かめてみる。先ほどまで痛がっていた傷がなくなっているではないが。

「すみません、私たちどうしても今日、このお店のプリンが十個必要なんです。お願いできますでしょうか?」

「そんなにウチのプリンを……よし、わかりました! 助けていただいたお礼にすぐ作ります!」

 何とかなりそうだと思った矢先、舞夜の端末に着信が入る。 

『プリンは手に入りましたか?』

「え、あなたもしかして、久世さん?!何で私の番号知ってるの!?」

『まあ、そこは置いといてください。それよりもプリンは?』

「ああ、何とか手に入りそうだけど」

『そうですか。では、それを二十一時までに持って来ってもらえますか? お腹空いてるのと二十三時には寝るので』

 それだけ告げると彼女は電話を切った。

「あの、プリン十個ってどのぐらいかかりますか?」

「ウチの店のはちょっと特殊で、一時間ほどでできるとは思いますけど」

「舞夜、今の電話あいつだったんだろ?なんて言ってたんだ?」

 事情を説明し、強盗を縄で縛っておいてから、奥の厨房に連れていってもらう。「まだ時間との戦いよ。私がダンシングナイトで作業工程を早める。できたらすぐに持っていく。いいわね?」

 厨房でプリンを作り始めた男性店主の動きをダンシングナイトで加速させていく。

 勿論、冷蔵庫に入れたプリンも急速に固まっていく。

「よし! 十個できた! 今が二十時半!」

「さっさと行かないと、間に合わないわ」

 四人は無理を言って作ってもらったことに感謝し、店を後にした。

 占いの館を目指して全速力で走る。


「も、持って来たわよ……!」

 息をするのも限界といった恋歌が倒れ込むようにして占いの館に戻ってくる。

時刻は二十時五十八分、とギリギリであった。

「うーん、この味です。やっぱりこのまろやかさの中にある歯ごたえ。一級品ですね」

 表情こそ変えていないが、嬉しそうに語る彼女から、本当に美味であることが伝わってくる。

「さて、では占いですね。何を占いましょうか?」

「その前に一つ教えて。久世さん、あなた霊使いでしょ?」

 舞夜が単刀直入に切り出した。

「うーん、よく分かりましたね。そうですよ。私には能力があります。先ほど相川さんの電話番号も占いました」

 いとも簡単に認める真冬に対して、拍子抜けといった様子の舞夜である。後、勝手に人の番号を占いで当てないでほしい。

 真冬の背後にミステリアスな雰囲気を醸し出す人型の霊が現れた。

「私の“フォーチュンタロット”は、課題をクリアした人の願うことを占うものです。皆さんのように攻撃ができるとかそういったことはありません」

「全部お見通しってわけね。じゃあ試練っていうのもあなたの仕業なわけね」

「ええ、それも能力の一つですから。まあ、普段はあんなに厳しくしないですよ。一般の方に死の危険を味あわせることはしません」

 私たちならいいのかと朱音は心の中で言ってやりたい気持ちでいっぱいだった。

「さて、占いですが。まあ、何を頼むかはおおよそ見当はついてます。ここ最近襲われてるんですよね、霊使い達に」

「そこまで知ってるなら話が早い——」

「残念ながら、私には誰がそれを行なっているかまでは分かりません。ヒント程度になるでしょう」

 期待値に添える答えは望めそうにないが、四人は揃って彼女の前に立ち、お願いすることにした。

 真冬は机の下からタロットカードを

取り出した。

「水晶玉使わないの?」

「あれでも占えますけど、こっちの方が本来フォーチュンタロットの力が宿っているものなので」

 恋歌の質問に答えながらカードを並べていく。そして、一枚のカードを手にとり、四人へ向けた。

 カードは『女教皇』。

「どうやら、あなた達を襲ってくる敵は知能の高い女性のようですね。それもとても狡猾で獰猛な性格で、あなた方と同じ年のようです」

「それだけ? そんなのじゃわかんないよー」

「すみません、私の力でもここまでしかでないのです。相手も同じ能力者であることは間違いありません」

 しかし、女性であり自分たちと同じ年という点でかなり絞ることはできた。

「でも、学生ってことだよね? 学校を中心に調べていけば敵がみつかるのかもしれないよ?」

「まあそう考えると結構有力な情報かもな。当たってるかは別として」

「うーん、何だかプリンのお礼としては足りないようなので、面白い情報をいくつか教えてあげましょうか」

 まずは夜ノ森さん、と真冬は朱音の顔を見る。

「夜ノ森さんの近所にある謎の空き地、あそこは昔ビル開発の予定が頓挫して残ってしまった場所なんですよ。もう何十年も前の話ですが」

「ああ、あれか。でも何であんたがそんなことを」

 次にマリアの顔を見る。

「喜里川さんのクラスメイトで付き合ってる女性がいます。勿論、クラスのもう一人の女子と。あの学校には昔からそういう伝統みたいなのがありますから」

「え、ええ?! 何ですか、それ……」

「ちなみに喜里川さんの好きな人も分かりますよ。相か——」

 真冬が言いそうになったのを全力で止めるマリアの様子に舞夜は誰なのか気にしている様子である。

「鬼怒山さんのご自宅、今は建て替えられてますが、昔はあそこに駄菓子屋があったんですよね。時代の流れからか潰れましたけど」

「聞いたことないけどなあ」

 最後に舞夜の顔を見る。

「そして、相川さん。あなたは五年前事故にあってましたよね。たまたま通りかかったのですが、無事で良かったです」

「それも占って分かったってわけ?」

 先ほどからそれぞれの身近にあった出来事や昔はどうであったかなどを言っているそれも、ただの占いだろうと思っていた。

「いえ、今のは私がこの目で見て来た事実です。ここが七つの市に分けられるよりも随分前から住んでいますから」

「つまり、それってどういうこと? まさか、不老不死キャラとか出してきたわけ?」

「不老不死じゃありませんが、それに近いかもしれませんね」

 彼女は立ち上がって後ろにある棚からアルバムのようなものを取り出した。

 それは高校の卒業アルバムである。

「私はこの東王市の東王高等学校に通っていました。三-三組に載っています」

 アルバムを開いて四人に渡した。

 彼女の開いたページには集合写真と個人の写真が載っているが、確かにどちらにも彼女の姿と名前が書いてある。

 アルバム作成年月日が昭和三十年三月になっている。

「昭和三十年……? どういうこと?」

「そのままの意味です。私は今年で本来ならば八十一歳になります」

「でも、あなたその見た目じゃない」

「うーん、私の一族はある一定の外見から年を取らないのですよ。ウチの母と父は別の場所で今も生活しております」

 突然のことで彼女が何を言っているのか理解できない四人に対し、真冬は口を開く。

「まあ、この世には霊以上に不思議な存在もいるというわけです。ここら辺で昔のことが知りたければ私の目に映った範囲内でお話できますよ」

「いやいや、何なの急に? 不老不死じゃないけど、年を取らない? どういうこと?」

「いや、皆さんになら言ってもいいかなと思ったので。今日の特に難しい課題をクリアしてくださったので、もっとお話してみたいなと」

 無表情ながら顔を赤くしている真冬。とことん掴み所のない少女だと四人は思った。

「はー、まあ要するに寂しかったわけね。でも、占いなんてしてたら毎日人が来てるじゃない?」

「同じような人がいませんから。友達は年を取り、もう何人かはこの世にいません。でも、私だけはこうしてずっとこの見た目のまま生きなくてはならない。寂しかったんです」

「つまりは自分と同じことを分かちあえる仲間がほしいわけね。それで私たちは霊を持ってるから、打ち明けたと」

 小さく頷いて、真冬は立ち上がって前に出てくる。

「私、久世真冬です。これからも皆さんとお話ししたいです。ダメですか?」

 自分たちと変わらぬ見た目の少女。

 しかし、その実は何十年も生きている長命の一族の一人で、おまけに霊使いでもある。

 どことなくその愛くるしい顔を見ていたマリアが真冬の手を取った。

「私で良ければ、また来てもいい?」

「喜んで、歓迎します」

「まあ、私も宝くじの当たり番号教えて欲しいし来ようかな」

「それしかないのかお前は。まあ、あんたの占いがこれから当たるかもしれんし、たまには私も占ってもらおうかな」

「何よ、皆随分ノリ気じゃない。じゃあ私も友達連れてまた来ようかな」

 四人の言葉を聞いて、真冬の顔は徐々に笑顔へと変わる。


「いやー、しかし今日は疲れたわ」

 恋歌が大きく体を伸ばしながら歩く。

 四人は駅に向かって歩いている。

「真冬さんの言ってた占い、凛子さんにも話してみないとね」

「てか、凛子さんも連れて行けばいいんじゃない?」

 マリアの言葉に恋歌が思いついたように返す。

「確かにそれいいかも。凛子さん、私たちが言っても簡単に信じないだろうし」

 舞夜も便乗する。

 それから四人は一日で霊を使いすぎて疲弊した体を家で休めるのだった。

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