第5話 2nd Wave

《ルビを入力…》「ねえ、舞夜。学校終わりにいつも来るあの女の人、誰なの?」

 彼女の親友、佳苗が心配そうな顔で聞いてきた。

 ほぼ毎日のように凛子のような男子に注目を浴びる女性が迎えに来ているのだから、彼女が不審に思うのもおかしくはない。

「親戚のお姉さんなんだけど、ここに引っ越して来て、毎日暇だから遊びに付き合わされてる」

「えー、何よそれえ。結構楽しそう」

 もし凛子のことを彼女に話した所で信じはしないだろう。

 この能力は五年も前から舞夜の中にあるものだが、彼女は誰にも話してこなかった。

話しても二通りしかないからである。

一、そんな力があるわけないとされる。二、バカ正直に信じたバカによって調べられる。

 となれば、誰にも言わないのが正解であるのだ。

「じゃあまた誘っていいか聞いてみるよ。あの人、ああ見えて人見知りだから」

「絶対だよ! 絶対に教えてよ!」

 佳苗は一度気になったことは、何が何でも知りたがるタイプ。

 そんな彼女に興味を持たれてしまったら、きっと舞夜や他の霊使いに関わってくる。

 それは同時に彼女を危険にさらすことになるわけだ。

 昼過ぎの授業は実に退屈で、舞夜は矢嶋市や近くに霊使いがいそうな場所を考えていた。


「皆には、警戒してほしい。霊使いの全てが善人というわけじゃない。中にはその力を悪用する人間もいるから」

 舞夜、マリア、恋歌、朱音の四人を集めてファミレスに来た凛子が言った。

「霊使いって、同じ霊使いと会うことが多かったりするのかな?」

「明確なデータはないけど、その可能性は高いわね。なぜなら、お互いに感覚で霊を持っている気配がするでしょう?」

 マリアの疑問に答えた凛子は続けて、恋歌と朱音に目を向けた。

「二人には聞きたいことがある。その霊はいつから現れたか覚えてるか?」

 そういえば、舞夜の学校に凛子が来たことを思い出したが、あの時なぜ凛子は学校に来たのだろうか。

 それに今更ではあるが、舞夜はどことなく凛子を見たことがあるような気がする。

 今度聞いてみるか、とその場では黙って、恋歌と朱音の話に耳を傾ける。

 すると、二人そろって同じ回答をした。『夢を見た』というものであった。

「なんか、寝てるのから目が覚めて、自分の部屋に立ってる男子から話しかけられた夢。その次の日に起きたら、私の手元にベル・スターが現れたのよ」

「あたしも同じだ。制服を着てた男子だったな。目が覚めて、気配を感じたから鏡を見たらマジック・ボマーがいた」

 二人揃って同じ夢を見た。

 今までに様々な霊使いを調査してきたが、そういった事例を聞いたことのなかった凛子は考えるようなポーズをとっている。

 そもそも霊にはまだまだ不可解な部分が多いので、何が起こったとしても不思議ではない。

「もしかすると、霊に関して何か変化が起き始めているか」

「この前戦ったあの男、“あの人”って言ってたのも何か関係ありそうですね」

 船橋愁然が言っていたあの人というのはもしかすると、奴にあの能力を与えた人間ではないのだろうか。

 誰かに霊の能力を与えることのできる人間など、果たしているものか。


 敵となる霊使いが襲って来る可能性は十分にあることを胸においておこうということで、その日は解散になった。

 そもそも、敵はどうして自分達の存在に気がついているのだろうか。

 謎は深まるばかりであった。

 と、その時、何かを感じ取った。

 普段ならば同じく霊を使う存在には中々気づくことができない舞夜でも、確かに感じるほどの気配。

 間違いなく今、学校内に霊使いがいる。

正確には“来た”、と言う方が正しいかもしれない。

「先生! ちょっとお腹痛いんで、保健室行ってもいいですか!?」

 教師の返答も半ばのまま、教室を飛び出して気配のする場所へと走っていった。気配は上! 屋上にあるのは間違いない。

 扉を施錠している鍵はダンシングナイトのパワーで破壊した。

 扉を開けるとそこには、奇妙な髪型をした女が立っていた。

「あら、意外に早く気付いたわね? まあ、直接手を下すつもりだったからいいけど」

「やっぱり間違いない。あんた、霊使いでしょう?」

 相手の女は舞夜に向けて人差し指を向けて高らかに宣言する。

「相川舞夜、あんたを殺すようにに言われてきた。そして、私は遂行すると答えた。有言実行!」

「言っとくけど、こんな大勢を巻き込みそうな場所でけしかけてくるなんて、死ぬ“覚悟”はできてるのよね? だから、ここまで来た。“覚悟”を持ってるなら、私に殺されても文句は言えないよな」

「ああ、そうだ自己紹介しとこう。私は芹崎芳恵せりざきよしえ。霊の名前は――」

 彼女の背後に石像のような霊が現れた。動きはとても鈍そうだと思う。そもそも動くのか?

「“アブソープション”を見て、動きが鈍いと思っただろうが、コイツにスピードなんて必要ない。もう既に攻撃は始まっているのだからな」

 その一言に不審感を覚えた舞夜。

 しかし、次の瞬間、足に力が入らなくなるのが分かった。

 急に力が抜けたのは、偶然なんかではない。間違いなく、今言った通り彼女の霊が攻撃している。

 しかし、スピードは必要ないと本人が言ったおり、見えないほどの速さで攻撃を仕掛けてきた訳ではないと思える。

 痛みなどはない。ただ、力が入らないのが。

 考えている間にもどんどんと足から始まり、全身に力が入らなくなってくる。

「どうした? “覚悟”がどうとか言ってなかったか? 今の無様な姿をほんの少し前のお前に見せてやりたいな」

「一体どうなってる……。ダンシングナイト、スローモーション」

 相手の時間を遅くした。はずであったが、何も変わらない。自分の体が重く感じる上に意識も遠退いてくる。

 昨日、敵襲に警戒しなくてはという話をしたばかりでピンチに陥っている。

 舞夜は心のなかでありとあらゆる罵詈雑言を考えていた。この状況を打破した瞬間相手に浴びせるためにだ。

 敵に向かわせていたダンシングナイトを自分の元に戻してきて、自分の身に起こっている謎の現象の時間を遅くすることで、もう少しだけ自分の心身を維持できるようにする。

「悪あがきを好きなだけしていいよ。でも、じわじわとあんたは死に近づいてる。いや、あんただけじゃなく、この学校の人間は皆死ぬからだ」

「な、何ですって……!?」

「私の能力は相手の“生命力を吸収する”こと。範囲もこの学校程度なら、全員分の命をいただける」

 勝利を確信した芹崎が自慢げに霊の能力を語り終えたと同時に舞夜の端末に着信が入った。

 この状況で誰だと思った彼女だが、相手が佳苗であった為、応じることにした。

『舞夜!? 今どこにいるの? な、何か急に……教室の皆が倒れだして……』

「佳苗ちゃん、大丈夫!? そのままじっとしてて……! 私も戻るから……」

 通話を終えた舞夜の中には『コイツだけは死んでも許さない』という覚悟が芽生えた。

「だから言っただろう。この学校にいる奴は全員死ぬって」

「本気に怒らせたな、私を……。お前だけはもう何があっても許しはしない。その石像みたいな霊ごとブッ壊してやる」

 残っている力の全てを振り絞って体を起こした舞夜を明るい光が包み込んでいるような幻覚を芹崎芳恵は見た。

 しかし、今はただ弱りきって、何とか立っている相川舞夜の姿しかそこにはない。

「トドメをさしてやろう。何、すぐに皆も同じところへ行くんだから、寂しいことなんてないだろう」

 近寄ってきた彼女は懐からナイフを取り出した。

 直接、それを舞夜の心臓へと突き立てるつもりで迫っている。

 これで終わりだ。と彼女がナイフを舞夜の心臓目掛けて突き上げようとした体勢のまま、止まってしまった。

 彼女だけではない、電線から飛ぼうとする鳥、風で動いていた落ち葉、全てが止まっている。

 その中で動けるのは、

「来たようね。私があんたをブッ壊す時間が……!!!!」

 相川舞夜、ただ一人だけであった!!

「あんたは佳苗ちゃんまで巻き込んだ。つまり、全身全霊で拳を叩き込まれても仕方ないというわけだアアァァァ!!」

 ダンシングナイトと共に彼女も構える。「ウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラァ!!!!」

 ダンシングナイトの強烈な拳を数百発以上も叩き込まれたことにより、顔面も体も変形していた。

「自分に死が迫ったことで、私のダンシングナイトは新しい成長を遂げた。その名も“ダンシングナイト2nd Wave!!”」

 完全に停止した時間の中で、唯一動けることのできる、舞夜だけの時間。

 芹崎は突然のことに悲鳴を上げながら、屋上の端へと吹き飛ばされた。

 同時に霊の気配も消えてしまった。

「あ、悪口考えてたのに言えなかった。時間あったのに!」


「舞夜、大丈夫だった!? 保健室の方も何かおかしくなかった!?」

 芹崎の襲撃を返り討ちにした後、凛子に連絡を取って、事後処理を任せてきた。彼女が病院に連れて行くべく、重力操作で東京の上空を移動して行ったのを見送って戻ってきた。

「いや、私の方は平気だったけど。でも、電話くれてありがとう。助かったよ」

 舞夜の中に新しい力が芽生えたのに間違いはなく、ある意味彼女はあの状況を作った芹崎に感謝もしている。

 自分を強くしてくれた彼女への感謝。そして、“あの人”と呼ばれる謎の人物を知った人間を捕まえることができた。

 いずれ行き着くであろう、謎の敵と出会った時、ダンシングナイトの全力をぶつけることを胸に誓った。

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