第4話 マジック・ボマー

二人と別れた凛子は一人で荒波市の事件に関係がありそうな場所を探っていた。

 それは、一般人なら到底足を踏み入れることの出来ない、悪の蔓延る裏路地街。

 彼女はここへ来たことがある。なぜならば、悪人が“木”ならば、ここは“森”。未解決の事件は霊の力によるものが多く、その犯人はここになら逃げ込んだとしても誰にも注目されないからだ。

 以前も調査の為にここを訪れたことがあるが、現代の日本においてこれほどまでに無法地帯があるのかと霊の存在に匹敵するほどおぞましい場所であった。

「できるだけ、長居はしたくないわね。舞夜の言う通り、ここはそういう空気が充満してる」

 半裸に近い状態で客引きをする女、怪しげな薬を売る不気味な男、そして、その男が売ろうとしている相手はまだ少年であった。

こんな所に来るなんて子どもと言えど、ロクでもないに違いない。

 だが、未来ある少年のことを思えば、ムカッ腹が立って仕方ない彼女は目的を一瞬忘れ、売買する男の元へ向かっていった。

 が、少年が受け取ろうとしていた包み紙を凛子よりも先に横から取り上げる者がいた。

 学生服に身を包み、街灯に照らされて光るショートボブの銀髪の少女。

 高らかに人差し指と中指で挟み込んだ包み紙から煙が出て、まばたきする内に消失した。

「おい、おっさん。テメー、こんなガキ相手に薬売るなんていい度胸してんな。いや、調子にノッてるよなあ」

「な、何だおまッ――」

 男が言い切るよりも前に少女はその顔面に拳を叩き込む。欠けた歯が上へと弾け跳ぶ。

 涙を目に浮かべながら、ヨタヨタとおぼつかない足取りで男は消え去った。

 残された少年は、先程まで無表情であったと思えないほどの恐怖心が伝わる顔をしていた。

「お前はこんな所にいるべきじゃねえ。さっさと帰りな。嫌なことがあっても、あんなもんに手は出すなよ」

 銀髪の少女は少年の頭に手を置いて、今度は柔らかい声で告げる。

 何も言わずに頷いた少年からは、もう怯えた表情はなく、一目散に路地の出口がある道を走っていった。

「ねえ、そこのあなた。ちょっといいかしら?」

 凛子はゆっくりと銀髪の彼女へと近づく。

「誰? あんた」

 実に凶暴性を持った目をしている。

 怒らせようものなら、全てを破壊し尽くさんと物語るかのようなその目だけで、普通の相手は押し黙るだろう。

「あなた、『霊』を持ってるわね。さっきの薬が入った包みを焼き捨てた? のかしら。警戒しなくてもいい、私もあなたと同じよ」

 自身の霊を出現させた凛子に対し、彼女は驚いた表情を見せる。

「あんたも? あたしもなんだけど、正直これがなんなのか全くもって分からなくて」

 彼女の霊は背後から抱きしめるようにして、顔をこちらへと向けている。

“ダンシングナイト”や“グラヴィティ・オペレーター”と同じ人の形をしている。

彼女自身、先程男の顔面を叩き、歯が弾き跳ばされる程の破壊力はある為、霊も同じくパワー型だろうと予測する。

「あんた、何か知ってそうだな。教えてくれないか? あたしのこの背中にいるのが何なのかを」

「なら、私が教えてあげましょうか?」

 それは銀髪の彼女のいる路地の奥、暗闇の中から聞こえてきた。

 姿は見て取れないが、声からして女であることは間違いない。

「私が『霊』というものについてお教えしましょう。夜ノ森朱音よのもりあかねさん」

「誰だ? 何であたしの名前を知ってる?」

 凛子は霊の気配を感じ取っていた。

 すると、夜ノ森と呼ばれた銀髪少女の影に目がいった。

 よく見れば、少し波打っているようにも見える。

 何かが出てくる! プールの中からプールサイドへと上がる水泳選手のように、影の中から姿を現したのは、舞夜やマリアと同じ年の程に見える少女、そして夜ノ森の頭を狙って振り下ろそうとする拳の準備をしている。

「危ない!」

 凛子はグラヴィティ・オペレーターの重力操作を行い、影の中から現れた少女の重力を何倍にも増幅させる。

 しかし、敵は地面に這いつくばるどころか、全くもって動じていないのだ。

「な……重力操作に影響されない!?」

 取り乱しそうになった心を抑え、彼女は瞬時に対象を切り替えて、夜ノ森の重力を増幅させた。

 彼女の体が地面と着いたその上を影の少女の拳が通過する。

「へえ、臨機応変ですね。鎖上凛子さん、あなたの能力は面白い」

「あなた、何で私の名前を!」

「何だ、コイツは!?」

 夜ノ森は自分の影から出ている存在に気がつくと、驚愕した。

「今、身を以て体験してもらおうと思ったのです。霊の力というものを。私の『ダイバーズブラック』の力で」

 この嫌な雰囲気、以前戦った船橋愁然と同じものだ。

 この影に潜る少女、敵に違いないと凛子は思った。

 そして、相手は凛子のことも夜ノ森のことも知っている。今度こそ何者かが絡んでいるのか調べる必要がある。

「そこのあなた! 夜ノ森と言ったかしら? 重力操作を解除するから、こっちへ!」

「助けてくれた礼は言う。しかし、あたしはあんたを味方とみなしたわけじゃねえ。けど、このままそっちにいってあんたを巻き添えにするのも、プライドが許さねえ」

「何を言っているの! この相手は危険よ! 私達が協力すれば、勝機は一気に跳ね上がる!」

「そんな大声で言うことじゃないでしょうに」

 影の少女は二人の会話にお構いなしといった様子で、彼女の手と重なるようにして何者かの拳があった。

 その時、夜ノ森の背後で抱きつく霊がその手を離した。

 影の少女へと本体である夜ノ森が指をさす。

「お前、さっきあたしに『霊』とかいうのか? それが何なのか教えるって言ったよなあ?」

 霊は掌を相手に向けている。

「闘い方が分からねえわけじゃねえんだぜ! お前はあたしの霊、『マジック・ボマー』が倒す!」

 夜ノ森の霊が相手に向けていた掌を近づける。拳を突き出すかのように素早い動作であった為か、相手は避ける暇もないといった様子で動かずにいた。

 だが、動けなかったのではない。

 動く必要がなかったのだ。

 彼女に触れるはずであった掌は彼女をすり抜けて壁に触れた。

 触れられた壁が爆発することで、壁の破片がそこら中に飛び散った。

 掌が影の少女を透き通ったことも驚きであったが、壁を爆発する現象にも凛子は同じ感想を持った。

 彼女が言っていた、マジック・ボマーという名前と壁に触れてからの爆発、恐らくは触れたものを爆破する能力だと凛子は予想した。

「闘い方は知ってる、ですか。一つヒントをあげましょう。私は影です。あなたの影に潜っている」

「何のつもりだ。私はお前の敵だろう」

「ですから、敵とは対等な相手こそ敵であって、それ以下はそれ以下の存在でしかないのです」

 そのセリフは、彼女をコケにし、怒りを買うのには十分すぎる程の言葉で合った。

「影か……なら、これでどうだ!」

 凛子と夜ノ森を照らしていた街灯に向けて、先程壊した壁の破片を投げる。

 割れた街灯は当然明るさを失い、辺り一帯は暗闇に包まれた。

「これなら、お前は姿を現せないだろう」

「なるほど、考えましたね。ですが」

 少女の声と同時にグシャッと何かが潰れるかのような音が聞こえた。

 凛子は端末のライトを使って、夜ノ森の安否を確かめようとした。

 ライトを当てた先にあったのは、

「忘れましたか? 私は最初暗闇の中から語りかけたんですよ? だから、あなたはそれ以下の存在というわけなのですよ」

「う、ウワアアア!!」

 夜ノ森の腹部から少女の手が出ている。

 端末のライトによって、赤黒く光る手は血に染まっていた。

「グラヴィティ・オペレーター!」

 凛子は周囲の重力を操作し、空へと浮かび上がった。

 夜ノ森の腹部を貫いている少女も同時に上空へと連れて行かれる。

「なるほど、相手に触れる為にはあなたも私の能力に影響を受けるということね」

「あら、バレてしまいましたか。でも問題ではないですね」

 凛子の狙いは彼女を上空で叩く為などではなかった。

 彼女は今までいくつもの霊を見てきたことから、ある一定のパターンに分けられるのを知っている。

 こういった強力な敵は遠隔操作を行っている可能性が高く、本人は近くにいればいるほど力は増す。

 つまり、今目の前に少女も結局は影で生成された偽物というわけだ。

 側の建物の屋上に夜ノ森と着地する。

「急がないと彼女は死にますよ」

 夜ノ森を解放した彼女は地面にその体を無造作に捨てる。

「そんなことはとうに分かっているわ。あなたの本体はとっくに見つかっている。これから直接叩きに行く!」

 グラヴィティ・オペレーターには隠された能力がある。

 それは、広範囲にある物体の重さを認識できる。更にそれは生物を“人間”だけに限定することもできれば、逆に“それ以外”のものでも検知することができる。

「お前の本体はあそこのビルの屋上、給水塔の裏にいる。そして、私のグラヴィティ・オペレーターは今私から離れて向かっているところだ」

影の少女は初めて表情を曇らせた。

「なるほど、それはマズイですね。では、ここは戦略的撤退としましょう」

 影の少女は一瞬で夜ノ森の影から消え、そして給水塔にあった反応までも消えてしまった。

「逃げ足が随分と素早いな。しかし、ダイバーズブラックと言ったか、あんな恐ろしいのがいるとはな」

 夜ノ森の元へ駆け寄り、傷の具合を診たが、病院まで待っている余裕はなさそうであった。

 端末を取り出して、急いで舞夜の連絡先を選択する。

「舞夜か?! 喜里川さんに治してもらいたい人間がいるの! すぐに向かうから場所を教えて!」

『ど、どうしたの、凛子さん』

 場所を聞いた凛子は通話を終え、夜ノ森の体を起こして肩を貸す。

「重力操作で飛んでいけば何とかなるか。とにかく、しっかりなさい。すぐにあんたを治療できる人と合流するから」

「……大丈夫だよ。……別に肩なんか貸してくれなくたって」

 そう言うと、彼女は自分の霊の手をポッカリと空いてしまった腹部に当てた。

すると、皮膚の焼ける匂いがしてくる。「あ、あんたまさか!? 熱で消毒して傷を塞ぐつもり!?」

「爆発だけじゃねえ。燃やすことだって出来る!」

 体にあいた穴を力技で塞いだ夜ノ森はその痛みに悲鳴を上げて気を失う。

「ちょっと! これはマズイわね!」

 重力操作により空へと上がった凛子は、夜ノ森を背に乗せ、舞夜達の待つ倉庫へと向かった。

 

 数分で目的地へと到着した凛子は、すぐ様マリアに治療を願い出る。

 そこには初めて出会う派手な髪の女子学生も一緒にいたが、自己紹介をする間もなく夜ノ森を地面へと寝かせた。

「あれ、夜ノ森じゃん? どうしたの?」

「あなた、知り合い? そういえば、その制服この子と一緒ね」

「荒波高校三年の鬼怒山恋歌です! よろしくです!」

 二人が会話をしている間に傷が完治し、意識を取り戻した夜ノ森がどこにいるのかを聞いてきた。

「あなた、体に穴開けられて重傷だったのよ」

「ああ、そうか。助けられちまったな。ありがとう」

 改めて彼女の名を聞く。

 夜ノ森朱音、鬼怒山恋歌と同じく荒波高校に通う三年だ。

「霊使いを一日に二人も見つけるとは、ツイてるわね」

「でも、凛子さんやそこの夜ノ森さんのことを知ってるってことは、相手は私たちのことも知ってたりする可能性が高いよね」

 舞夜は二人を襲った少女の話を聞いて、考察する。

「それについてはまた明日調べるとしましょう。今日は家まで送って行くわ。あなた達もどう?」

「やった、助かります!」

「ま、歩いて帰るのも面倒だし、ちょうどいいか」

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