第3話 ベル・スター
ここ最近、矢嶋市の左隣にあたる
突然何かと言われれば困るのだが、そうニュースが報道しているのだから、そうなのだ。
ゴロツキなどが多いことで有名な荒波市で以前まで集団で活動していた不良グループに話を聞くと、皆が口を揃える。『何かが跳んできて仲間がケガをした。まるで銃で撃たれたみたいに。だが、銃声はおろか音も聞こえない』と。
「変な事件だよねー」
昼休みの教室で端末を片手にニュース記事を読んだ佳苗が言う。舞夜は“あいつ”というのが、先日戦った船橋の言っていた人物と同じかが気になっている。
「まあ、荒波市って行ったことないし、近寄らないから関係ないか」
「佳苗ちゃんも夜道には気を付けたほうがいいよ。どこから襲われるかわかんないし」
「美人は辛いからね」
冗談めかして言う彼女であったが、舞夜は心配であった。
霊使いは運命という糸で絡まっている。もし自分が原因で彼女が襲われるようなことがあれば、その時は文字通りの全身全霊でダンシングナイトの拳を叩き込むところである。
放課後、いつものように凛子は正門で男子達の視線を浴びていた。舞夜が急いで車に乗り込むことで、その場から颯爽と走り去る。
マリアは先に迎えに来てもらっていたようで、先に車に乗っていた。
「それで、今日はどこに行くんです?」
「荒波市よ」
まさかまさかの聞き覚えがある場所の名前に舞夜は頭を抱えそうになった。
こんな体験はないだろうか?
自分が何気なく聞いた、見た物がその後頻繁に目撃される現象。
テレビで偶然見た芸能人が急に売れっ子となり、よく騒がれる現象みたいなものだ。
「そこに反応があったんですか?」
「ニュースを見てないの? 今騒がれているでしょう。不良グループが口を揃えている“あいつ”と呼ばれている人物」
「この前、私達を襲ったあの男性が言っていたのと関係があるかもしれませんよね」
マリアの言葉に頷いた凛子は、荒波市に行くための道のりをナビに打ち込んでいた。
実際に見たその市の印象は、意外にも普通だという感じであった。
これも不良に恐れられている“あいつ”の効果なのか。
しかし、これから本格的に夜になって、人も増えるのだろう。
学生は今が帰りなのか、制服姿の男女が多い。
皆、まともに制服として着ているような人はいない。学校は違えど、普通に制服を着ている舞夜とマリアの方が目立っている印象がある。
「早く元凶を見つけて帰りましょうよ凛子さん。長居はしたくない雰囲気だし」
「それもそうね。私はいくつか心当たりのある場所に行くから、二人は離れないように近辺の調査を頼むわ」
「ええ!? 私達を置いてくんですか!?」
「あなたにはダンシングナイトがあるでしょ。そこら辺の不良なんて一瞬で病院送りにできるでしょうし、いざとなればブチかましてやりなさい」
無茶なことを言って、彼女は人混みへと消えていった。周りの制服を着た男女は同じ学生とは思い難いようなのばかりであった。
「マリア、怖くない?」
「へ、平気です! 舞夜さんと一緒なら心強いです」
期待されても困るわけだが、仕方なく聞き込みでもしてみることにした。
比較的に話の通じそうな人間を捕まえて聞き込みをしていたが、よくよく考えれば不良ばかりが狙われているのだから、そういった人たちに聞いても知らないで返されるのは仕方ないとしばらくして気がついた。
「ああ、もうどこにも霊の反応ないし。聞き込みしても進展はないし!」
「流石に疲れたね」
聞き込みを共にしている内にマリアは打ち解けたのか、話すのに敬語ではなくなっていた。
二人は近くのファミレスに入り、休憩していた。舞夜はジンジャーエールを飲み干して一息つく。
「やっぱりこれは神の飲み物って感じがするわね。弾ける炭酸で発想力も弾けるわ」
少しはイライラも解消されて気分の高まった舞夜であったが、近くの席から大きな男の笑い声が聞こえてきた。
三人組の男が周りに聞こえるのに十分すぎるほどの大声で話していたのだ。
「うるさいなあ。注意してこようかな」
「やめときなよ、舞夜。霊を使って反撃したりしたら、私達も悪用してるのと変わらないよ」
霊を使って悪事を働く者を取り締まる立場の人は、先ほど困ればダンシングナイトの拳を叩き込めと悪用するのを勧めていたのを思い出す。
しかし、席を立とうとしている舞夜の目に意外な光景が飛び込んできた。
「ねえ、あんた達」
男たちのテーブルの側に人が立っていた。赤く染まったツインテールの先はゆるくウェーブがかかっており、学生カバンを肩にかけ、両手を腰に当てて自信に満ち溢れた佇まい。
後ろ姿しか見れないが、その少女の背中からは確固たる強さのようなものを感じると同時にギャルだと舞夜は思った。
「はあ? なんだお前?」
「さっきからお楽しみみたいだけど、周りの迷惑だからさあ、よそでやってくんない?」
「何、この女?」
「さあ? でもよく見りゃ美人だぜ」
男達は彼女に向けて明らかにバカにした態度でいた。
しかし、彼女は一歩も引く気配がない。
「じゃあ、お前も一緒に来いよ。俺たちと楽しもうじゃねえか」
男の一人が彼女の左手を掴んだ。
そして、次の瞬間、彼女は掴まれていない右手で男の髪を掴み、テーブルに置かれている水の入ったグラスに顔面を叩きつけた。
割れたガラスは顔に刺さり、血が吹き出たのが分かる。
威勢の良かった男は痛みに負けて涙を流して喚いていた。
「お、おい! なんだこいつ!?」
「イカれてるのか!?」
残りの男たちは予想外の行動に冷や汗を流し始めていた。
フン、と鼻を鳴らした少女は、何事もなかったかのようにその場から去っていく。
その時、僅かながら霊の気配を感じ取ることが出来た。それは目の前にいるマリアのものではなく、初めての感覚である。
「行くわよ、マリア!」
「う、うん! あ、ちょっと待って!」
舞夜は二人分の代金を払いにレジへと走り、マリアは先程の男達の元へと向かった。
「傷を見せてください。大丈夫、これなら治ります。でも、もう少し周りのことも考えてくださいね」
軽く注意を促しつつも男性のケガと壊れたグラスを治してから舞夜の後を追った。
「い、今の姉ちゃん何だ!?」
「し、知らねえが、傷がいつのまにか治っちまった……いい女じゃねえか……」
「ねえ、そこのあなた、待って!」
自分が呼ばれたと思った先程の少女は、立ち止まって半身を舞夜の方へ向ける。
「何? 何か用?」
呼び止めたのが自分と同じほどの女子高生と確認できたからか、今度は完全に後ろを振り返ってみせる。
「突然呼び止めてごめんなさい。私は相川舞夜、こっちは喜里川マリア。さっきファミレスにいてあなたがその……」
「ああ、見てたの。いや、ごめんねー。あたしこそ、頭に血が昇ると周りが見えなくて迷惑かけてんのに。あんなの見たくなかったよね」
突然声をかけてしまったわけだが、店を変えて話しがしたいと提案した所、意外にも彼女は難なく了承してくれた。
「あたしは
「うん、そう。それで、あなたに声をかけたのは理由があるんだけど。少し聞きたいことがあって」
「うん? いーよ、答えられる範囲なら答えてあげる」
今は頭に血が昇っていないようで柔和な表情を浮かべる彼女だ。
しかし、何かがきっかけで再び怒れる鬼怒山へと変貌するかもしれないと思うと言葉選びに慎重になってしまう。
また、今は霊の気配も感じられない。
「男の人相手に自信満々で立ち向かうのは凄かったけど、何であんなに自信があったの? 私も注意に行こうと思ったけれど、あなたのようにはいかなかったと思うから」
「あたしの父さん、刑事やっててさ。その影響か私もああいうの見るとムカついちゃうんだよね。まあ、やり方を間違えて解決しようとするから、いつも私の方が怒られるんだけど」
それだけであんな男たちに注意に行けるだろうか。
勿論、舞夜は闇雲に質問しているわけではない。
彼女はそれとなく諭す作戦に出ており、鬼怒山に対し、自分たちはあなたの持つ特別な力を感じ取っているということを敢えて気づかせたい。
先に相手から銃を抜かせることには鳴るが、その方が対処しやすいと考えている。
「わざわざ店を変えてまで聞きたいって言ったのがそれなの?」
鬼怒山はおかしくなったのか微笑んでみせる。
それでも気を許しているわけではないのだろう。舞夜は否定して、本題をぶつけてみせる。
「もう一つ聞きたいことがあるの。最近この荒波市で、不良グループが襲われるって事件知ってる?」
舞夜がこの質問をした時、鬼怒山の眉が少しだけ動くのを見逃さなかった。
この質問は予想外であったから、思わず反応してしまったというのか。
「ああ、あのニュースね。まあ一応自分が住んでる場所のことだから、どういう内容かは知ってるけど」
「何か知ってることがあれば教えてほしいの」
ついさっき会ったばかりの自分に対し、今起こっている事件のことを教えてくれとは随分とおかしな人だと思っているだろう。
何で? と彼女は疑問の言葉を出し、顔は笑っていなかった。
「実は私達って学校は違うんだけど、学校間の繋がりでお互いの校内新聞を作ってるのよ! それで、今私達の学校で盛り上がってるのが荒波市の事件で、何か知ってないか聞き込みしてるの!」
先程まで何も言わなかったマリアが舞夜の腕を掴んで言ってみせる。
咄嗟の嘘で乗り切ろうという考えだ。
それにしても苦し紛れにも程がある嘘だと舞夜は思う。マリアのように清純な子は嘘なんてついたことないんだろうなと思う。
「ふーん、学校間での繋がりね。でも、私ほんとに知らないのよ。ごめんね」
信じ切ってはいない感じではあったが、彼女は普通に答えてくれた。
時間を作ってくれた彼女に礼を述べて店を出ようかとマリアに話した時、逆に彼女が話しかけてきた。
「ねえねえ、相川さんってさあ、何かおもしおいね」
何がおもしろいのか、と聞き返しした
舞夜に対し、いたずらな笑みを浮かべて見せた彼女はそれ以上は何も言わなかった。
店を出たマリアは体を大きく伸ばした。
「空振りだったね」
「いや、絶対あの人には何かあると思う。それにしてもマリア、あの嘘はないでしょ」
マリアのついた嘘を思い出して笑う舞夜に彼女は恥ずかしいといった様子で赤面する。
「だ、だって舞夜がいきなり本題を切り出すから」
「フォローしてくれたんだよね、ありがと」
彼女の頭に手を置いて撫でてみせる。また新たに知っていそうな人物を探そうと歩き出した瞬間であった。
何かの弾ける軽い音が響いたと同時に、舞夜は足を止めた。
何!? と驚いた声を出すマリアに対して、舞夜は何も言わず、自身の脇腹に触れる。すると、彼女の手のひらが赤黒く染まっていた。
脇腹に穴が空いている。そこからまるで勢い良く水の出る蛇口のように血が流れていた。
呻くようにして、跪いた舞夜と同時にマリアはしゃがみこんだ。
「舞夜、待ってて! 今すぐ治すから」
「ああ、あなたもやっぱり能力者なんだ」
声の主は先程話をしていた鬼怒山恋歌、彼女である。マリアの側頭部に硬い何かを押し付けながら冷めた声で言う。
弾ける音、舞夜の脇腹の穴、押し付けられるゴツゴツとしたその感触からマリアは相手が銃を持っていることを理解する。
「あ、あなたがあの事件の犯人なんですね?」
「うん、そう。私が犯人。いやー、偶然ってあるんだね。まさか事件を調べて来たら犯人に会うなんて、運が悪いわね」
二人が会話する内にも舞夜の呼吸は荒くなる。耳も遠くなり、マリアが何を話しているのかよく聞き取れない。
彼女は出血を抑えようと、ダンシングナイトのスローモーションを使い、自身の傷口から次々と流れる血を遅れさせる。
「残念だわ。あなた達が事件のことを調べるなんてことしなければ、私はあなた達を始末する必要もなかった。まだ誰も殺してなかったし、できれば殺したくもなかった」
「何で、何でこんなことしたんですか?」
自身に迫る死の危険を感じ取ることも出来ないのか、マリアは鬼怒山の顔を見据える。
そこで彼女は初めて自分の側頭部に押し当てられていたものの全貌を見た。
それは拳銃の形をしているが、見たこともない奇妙な銃であった。
「父さんの為よ」
彼女は最後の情けとでも言うのか、マリアに向けて話しをする。
彼女の父親は刑事であると本人が先程言っていたのを思い出す。
「あなたも知っているでしょう、この荒波市はその名前の通り乱暴な人間が多い。私の父さんは昔からそういう人間と戦ってきたの。でもどれだけ続けても終わらない戦い」
彼女は大きな溜め息を吐いてみせた後、でも、と言葉を続けた。
「私はこの力を手に入れて考えた。父さんだけじゃなく、誰かを苦しめる奴らを少しでも減らせるんじゃないのかって」
その声はどこか寂しそうで、出血を遅らせていることで徐々にであるが意識を取り戻してきた舞夜の耳にも聞こえてきた。
「それで、結果として成功したでしょ?この町の悪党は大分減った。だから、もう少しって思ってたのにあなた達が来た。私は気付いたよ、あなた達が普通の人間じゃなくて、私と同じ謎の力を持っているとね。だから邪魔になる」
「あなた、ただのバカね」
今まで黙っていた舞夜が言葉を発した瞬間、彼女は地面についていた右足を蹴り上げて鬼怒山の銃を持つ手をマリアから逸した。
その反動で彼女は引き金を引いたのか、発砲音が聞こえる。
あのニュースのインタビューで答えていた不良の『銃声も音も聞こえないのに銃で撃たれたようなケガを仲間がした』という言葉は霊の能力は同じ能力を持つ者にしか見えないし、聞こえないということを示していたのだ。
「ダンシングナイト!」
舞夜が叫ぶと同時に彼女の霊は鬼怒山の腹部に拳を叩き込んだ。
殴られた彼女はその場から吹き飛ばされ、アスファルトの地面に背中を打ち付けるようにして倒れる。
「マリア、今の内に傷を……」
舞夜は一瞬の動きでまた出血が酷くなっていた。名前を呼ばれて、咄嗟の出来事に呆然としていたマリアは、慌てて舞夜の傷口を治療する。
「失われた分の血もすぐに戻ると思う」
「ありがとう、助かったよ」
舞夜の傷口も制服も全て元通りになり、立ち上がった。騒ぎを聞きつけたのか、先程いたファミレスから出てきた客や通行人が倒れていた鬼怒山や舞夜達の元に集まってくる。
「舞夜、人目が多くなってきたよ」
場所を移したほうがいいと二人は考え、近寄ってきた人達を避けてその場から走り去っていく。
「あの、大丈夫ですか?」
通行人の男性が倒れていた鬼怒山に向けて問いかける。
彼女は打ち付けた背中の痛みを堪えて、ゆっくりと立ち上がった。走り去っていく舞夜達の後ろ姿を見て、重い足取りで後を追い始めた。
舞夜とマリアは人混みをかき分けて 無我夢中で走る。
だが、何も闇雲に走っているわけではない。荒波市は工場が多い。
政府の狙いかは定かではないが、産業に特化させたとでも言うべきほどの数でそこには使われていない倉庫も多数ある。「さあて、ちゃんとついてくるかしらね」
舞夜は今来た道を振り返って、息を切らしながら警戒する。
ここはもう廃棄された倉庫の中で、中には廃棄されたコンテナやらドラム缶が多数置かれたままだ。
「舞夜、手から血が出てるよ」
「これはさっき撃たれた時のよ。わざと」
地面に血を垂らして来たのは人目のつかない場所に誘き寄せるためだ。
二人は倉庫の奥から唯一の入り口である扉を見張る。
しばらくして、荒い息遣いが聞こえて来ると同時に人影が見えた。
「相川舞夜に喜里川マリア……いるのは分かってる! 出てこい!」
二人を始末するのに必死な目をしている鬼怒山である。
大声で呼んでも反応はない。自分を殺そうとしてくる相手の前に姿を晒すなどというバカなことを普通はしない。
諦めたかのように大きなため息を吐いた彼女は冷静さを取り戻したかのような声で独り言を言う。
「まあ、出てこなくてもいいよ。こっちからいくから」
次の瞬間、五発の銃声が響く。
「諦めてヤケ撃ちかしら?」
背後に隠れているマリアに向けて舞夜は小声で言う。
背後を振り返った瞬間だった、先ほど舞夜の体を撃ち抜いたであろう弾丸が迫っている。
「な、何よこれえ!!」
「いつの間に後ろへ!?」
まるで弾丸は生きているかのようにこちらへ向かって来ていたのだ。
しかし、驚きながら瞬時にダンシングナイトのスローモーションを使い、弾の動きを鈍らせた。
「ダンシングナイト、弾丸を握り潰しなさい!」
彼女の命令に従い、動きの遅くなった弾丸を手に取ったダンシングナイトは渾身の力でそれを握りつぶす。
「甘いな、まだ残ってるよ」
二人の居場所はとっくに鬼怒山にバレている。それ以上に驚いたことは反対側からもう一発の弾丸が迫っていたことであった。
そう、銃声は五発だが、実際に六発撃たれていた。
彼女の早撃ちにより音が重なって聞こえたことによる錯覚である。
「危ない!」
自身に迫る銃弾に気付かない舞夜をマリアが突き飛ばした。
突然のことに理解の追いつかない舞夜であったが、起き上がってマリアの足から血が流れているのを見て、助けてくれたことに気付く。
「あーあ、惜しかったなあ」
「マリア! ごめん、また私——」
「私は平気だから……それよりも、また次が来る」
鬼怒山恋歌は再び、彼女の霊である銃を構えていた。
「終わりだ。私の“ベル・スター”はお前たちを蜂の巣にする」
「ふざけるな! もうキレたからな!」
舞夜は真っ向から走り寄る。
ダンシングナイトによるスピードアップによるものだ。銃弾をも避けるその速さに鬼怒山も一瞬は動揺した。
だが、彼女の持つ銃“ベル・スター”の弾は標的をどこまでも追いかける。
舞夜の背後からまた迫る銃弾がそれを表している。
「相川舞夜、何を考えている!」
鬼怒山は続けて何発もの銃弾を撃つ。また避けられていった銃弾が舞夜の元へと引き返して来る。
すると、舞夜は突然姿を消した。
その代わり、鬼怒山の目の前には、
「終わりだ。鬼怒山恋歌」
背後から舞夜の声が聞こえた瞬間、目の前に置かれていたドラム缶の意味を理解した鬼怒山であったが、銃弾はまっすぐそれに被弾する。
鬼怒山の目の前で爆発したそれは、最早使われなくなったオイルの入ったドラム缶だったのだ。舞夜はまるで身代わりかのように彼女の前にそれを持って来たのだ。
爆風によって吹き飛ばされて、服には火が燃え移る。
「いや! こんな、こんなはずじゃ……」
一人悲痛な叫びを上げる鬼怒山恋歌の姿を何も言わずに見つめていた舞夜であったが、
「ペインキラー、彼女を治して」
マリアは銃弾が掠めた足を抑えながら、鬼怒山の元へと歩み寄り、霊の力で燃え移っていた火もオイルにし、ドラム缶の中へと戻した。
火傷やかすり傷も全て治す。
「え? あなた、どうして」
「私たちはあなたを逮捕したりする為に来たんじゃありませんから」
「そういえば、そうだったわね。私は忘れてたわ」
落ち着いたところで二人は彼女にここへ来た訳を話す。
「それじゃあ、あの事件をこの霊使いのものだと思って来て、仲間にしようとしたってこと?」
「まあ私たちを連れて来た人の意志がそれな訳よ」
疲れた感じため息を吐いた鬼怒山は先ほどとは打って変わって、柔和な笑みを浮かべている。
「じゃあ、私もあなた達に協力するわ!急に襲ったりしてごめんなさい」
「調子いいわね。こっちは死ぬとこだったんだからね」
舞夜が呆れた声を上げていると、端末に着信が入った。
『舞夜か?! 喜里川さんに治してもらいたい人間がいるの! すぐに向かうから場所を教えて!』
「ど、どうしたの、凛子さん」
舞夜が使われていない廃倉庫の場所を告げると、短く礼を言われて電話が切れた。
「何かあったの?」
「わからないけど、マリアに治してもらいたい人がいるらしい」
電話を隣で聞いていたマリアは、また誰かが負傷したのを知り、浮かない顔をしている。
「ま、しばらくここで待機ね。改めてよろしく頼むわよ、恋歌」
名前を呼ばれた彼女は立ち上がって舞夜に手を差し出す。
「色々あったけど、よろしくね、舞夜」
こうして、舞夜にはまた新たな霊使いの仲間が増えた。
そして、その様子を眺める人影があることには誰も気づいていない。
「相川舞夜、ダンシングナイト、恐ろしい相手にはなりそうだな」
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