017 ガラクタ


『ごめんね』『大嫌い』『偽善者』『なんであんな酷い事を言ったんだろう』『あたしなんてゴミ屑だ』『最低な人生だったな』『全部ガラクタだよ』『羨ましい』『幸せな人が憎い』『誰にも愛されなかった』『苦しいよ』『寂しい』『愛されたかっただけなのに』『憎い』『悲しいよ』『苛立つ』『どこにいるの』『じいじ』『もう一度会いたい』『もう一度愛されたい』『じいじ』『抱きしめて』『頭を撫でてよ』『もう一度だけでいい』『もう一度だけ、名前を呼んでよ!』


——まもなく月光ステーション、月光ステーション。降り口は左側です。未練のございます方、悲しみ・憎しみ・苦しみ等負の感情をお持ちの方は、お降りください。


✳︎✳︎✳︎


ふと目を開けると、おれはゴミの山に横たわっていた。みずたま、八鹿、スピカも、はっとしたようにその場に立ち上がった。何か言葉にしようとしたその時、身震いするぐらいの強い殺気が、おれ達の背中にかじりついた。おれ達は、恐る恐る後ろを振り返った。


小さな赤毛の三つ編み。小さな王冠。低い鼻にそばかす。赤い継ぎ接ぎだらけのマント。殺意の宿る、真っ直ぐな青い瞳。廃屋の割れた窓ガラスから差し込む月明かりに照らされて、小さな黒い影が揺れた。


「アンタ達、一体どういうつもリ?」

「……レグルス」


レグルスは壁に飾られた写真を横目で見て、ハッと鼻で笑ってみせた。ギロリ、おれ達を睨みつける。迷いの無い目だった。マントを翻した途端、指先から鋭い鉄の爪が伸びた。刃渡十数センチはあるか。なんだあれは。あんなものに切り裂かれでもしたらひとたまりも無いぞ。レグルスは苛立ちを露わにして、近くにあったゴミ袋を壁に叩きつけた。ビクリと背筋が凍る。


「アハハハハハハハハハハハハ、ビビッてんじゃないワヨ! ねェ、スピカァ! アンタに変な魔法をかけられてカラ、アタイおかしくなっちゃっタァ! せっかく神様にもらった大事な器がこんなにボロボロなのォ! ねェ、一体どうしてくレルノォ!?」


レグルスをよく見ると、頬、腕、首、足、所々に亀裂が入っている。あの時、小学校でスピカが放った魔法が効いているのだろうか。それはまるで古びた蝋人形のような、干ばつ地帯のような肌だった。ボロボロと剥がれ落ちる石灰のような肌を拾い集めながら、レグルスはキキキキキキキキキキと嫌な音を立てて嗤う。狂気。狂っている。壊れた時計のように眼球をぐるりぐるりと回しながら、ガクンガクンと不気味な動きで、レグルスはスピカに歩み寄った。


「何故かしラ、あの後のことはヨク憶えていないケレド、気付いたら此処に居タノ。この薄汚い廃屋ニネ。でもネェ、此処、アタイにぴったりの場所だと思ワナイ? ボロボロデ、輝けナクテ、そんなガラクタ達と一緒に居ると安心スルノ! 力が漲ルノ! この世界の邪魔者! この世界の不要物! ネェ、憎い、憎い、憎いよスピカ! 神様に愛されたアンタが! 美しい肌、美しい目、美しい髪、美しい輝き、ネェ、アンタズルいヨ! アタイの欲しいモノ、全部持っているんダモノ!」


レグルスはスピカの首に刃物のようなその鋭い爪を突き付けた。一歩でも動けばスピカの首は飛ぶ。それでもスピカは無表情のまま、壊れたレグルスの目をただ真っ直ぐに見つめていた。スピカを助け出そうと八鹿が前に出ようとしたその時だった。地響きのような音がして、六畳間が大きく揺れた。地震か?いや、違う。沢山のゴミ袋、それから沢山のガラクタ達が、まるで磁石に引き付けられるようにして集結した。ガラクタ達は不安定に積み重なり、やがてそれはヒト型になりレグルスの前に大きな盾として立ちはだかった。


「この子ハ、アタイの家族。この世界に見捨てられた悲しい魂達ヨ! サァ、お行きなサイ! 全ての悲しみを終わらせる為ニ!」


レグルスの合図を受けて、ガラクタのゴーレムはおれ達の目の前に大きな拳を落とした。勢いで散るガラクタの破片を、おれ達は跳ねるようにして避けた。しかし、狭い六畳間ではろくに身動きが取れない。屋内ではロクネンの援護も受けられない。おれ達3人はそれぞれ武器を構え、固唾を呑んでゴーレムを見据えた。こいつも、多分、負の感情を容れられたステラの集合体ってところだろう。だとしたら、月の光の魔法が宿ったおれ達の武器で浄化できるか?迷っている暇はない。こうしている間にもスピカがやられちまう。やるしかないんだ。おれ達3人は目配せをして、それぞれが自分の持ち場に散った。


無我夢中で引き金を引いた。的がデカイ分、弾は簡単に中り、ガラクタ達はボロボロとはがれ落ちていく。しかし問題はその量だった。何度そのゴミを剥がしても、次から次に、家中からゴミが集結し、磁石のようにゴーレムにくっついてはまた復活する。これではキリがない。どう出るか。スピカの無事を確認しようと八鹿が目を逸らした時だった。その隙をゴーレムは見逃さなかった。ガラクタの腕が、八鹿の体をひょいと掴み上げる。


「八鹿!」

「なんのこれしきっ、肥後ォ、もっこす!」


八鹿がゴーレムの顔をグローブでぶん殴った時だった。ゴーレムの顔がボロリとはがれ落ち、わずかに出来たその隙間の向こう側から、レグルスの様子が垣間見えた。「こんなもの!」叫び声が聞こえた。レグルスは苛立ちながら、スピカの横にある、あの綺麗に飾られた写真を乱暴にはがした。長い爪で、レグルスがその写真を引き裂こうとしたその時。一瞬だった。みずたまがゴーレムの足元を転がるように潜り抜け、レグルスから写真を奪い取った。レグルスの刃物のような爪がみずたまの頬をかすめた。


「みずたま!」


頬から流れる血なんかお構い無しに、みずたまはその写真をレグルスに見せ付けて言った。



「駄目だよ。これは、あなたにとって、一番大事なものなんだから」



レグルスはハッとした表情になった。魔法にかけられたかのように、ゴーレムの動きが止まった。おれと八鹿は、みずたまを援護する為にゴーレムの足元を潜り抜けて急いで二人の元へと向かった。

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