第二夜

011 人類最後の生き残り

しおかぜ観光ビルで、このおかっぱ女子高生に出会ってからというものの、それはもうとんだ不可解な現象の繰り返しだった。屋上ではじけるように星が降ったこと、中身の無い着ぐるみ宗教のデモ行進、誰もいなくなった街、繋がらない携帯電話、レグルスとかいうおっかない女に喧嘩売られて殺されかけたこと。


「おにーさん、もう手を離しても大丈夫だよ」


ひとを馬鹿にしたようなコミカルな入店音がコンビニ内に響き渡った。左手にロリータ少女、右手におかっぱ女子高生、おかっぱ女子高生の右手には八鹿のおっさん。息は絶え絶え。おれ達は横一列に並んで24時間マラソンのごとく感動のゴールインを果たした。頭の中では紙ふぶきがはらはらと視界を舞い、サライが流れていた。


そう。どんな現象よりも何よりも、今のこの状況が一番不可解だった。人の肌に触れることを、こんなに躊躇なくできるようになるなんて、どうかしている。おれは、自分自身に一番違和感を感じていた。繋いだ手をぱっと離して自分の手を見る。震えていない。汗もかいていない。指の先から腐っていくような感覚が、恐怖が、焦燥が、不安感が、まるで無い。


はっとして、おれはレジカウンターに走った。急いでタイムカードを突っ込む。カウンターにはやはり誰も居なかった。店長は、他のバイトは、どこ行った?まさかあのレグルスとかいう奴が言ってた通り、本当にみんな眠りについてしまったというのか?だが、こんなイレギュラーな事態にこそ冷静に対応するのがプロだ。タイムカードを切った以上時給は発生している。おれはカウンター越しにロリータ少女を手招きした。


「あんたに聞きたいことは山ほどあんだよ。でもその前に、今目の前の仕事を片付けてもいいか? いいよな。タイムイズマネー、分かるな?」


ロリータは無表情のまま頷いた。これはもう職業病というやつだと自覚していた。悲しいほどの職業病。世界の終わりだろうが 何だろうが、それでもおれ達接客者という生き物は、今目の前にいるお客様を何よりも大事にしなければいけないのだ。世界の終わりのこんな深夜に、なぜランドセルを背負った小学生がコンビニにひとりで居るのかは知らないが。


「いらっしゃいませ、お待ちのお客様こちらへどうぞ」

「ちょっとちょっとぉ、店員さん。お店放置して一体どこほっつき歩いてたのぉ。僕、待ちくたびれてもう3周は読んじゃったよぉ」

「大変にお待たせして誠に申し訳ございませ……ん?」


小学生から受け取った商品は、やけに重みのある見慣れない本だった。レジカウンターを覗き込んだおかっぱ女子高生のが「わあー!」と奇声を発しながら飛び跳ねた。やけに艶のある、真っ黒なこけし頭がぽむぽむと揺れる。まるで雪が降って喜び庭を駆け回る犬のようなテンションだ。


「よかったね、よかったね、おにーさん! 意外と需要あるみたいだよ、科学学会誌!」

「……ランドセル背負った小学生に?」

「あ、実はこれ、僕が店長さんに無理言って発注してもらってるんだぁ」

「お得意様ってあんたかよ」


もう何が起きてもおれは驚かないぞと腹を括っていたが、そういうオチがついたか。


しかも見覚えのある小学校のブレザー姿だった。学制帽を被っても分かる栗色の癖っ毛。半パンからちらちらと見える膝には、擦りむきでもしたのか絆創膏が貼ってあった。身長は140センチくらいの小柄。ランドセルには給食袋のようなものがぶら下がっており、そこからスパナが飛び出している、何故スパナ?ていうかこんな小学生が学会誌なんか読むのか?ていうか店長と知り合いなのか?何故こんな時間に制服のままご来店?不信感しか無い。おれはまじまじと小学生を見た。


小学生はいたずらに笑ってくるり回ってみせる。隣でなぜか、おかっぱ頭も一緒にくるりと回る。ジャングルジムから無理矢理回収した八鹿のおっさんは訳も解らないまま急に走らされて、また気分が悪くなったのか青い顔でうんうん唸っている。ロリータは相変わらずの無表情を貫く。なんだよこれ、どういう状況だよ。


「あはははは、結構結構。君達ってほんとに面白いねぇ、個性的過ぎるよぉ」

「てかなんでこんな時間に小学生がコンビニにいん……いらっしゃるんですか?」


こんな時にでも、レジカウンターの中に入っている以上お客様には敬語になってしまいう自分がなんだか情けない。小学生はわざとらしく鼻の下を擦って、ふふんと胸をはってみせる。


「それは僕が、人類最後の生き残りだから、かなぁ!」

「はぁ?」


どいつもこいつも訳のわからん事ばっかり言いやがって。小学生の肩をがっしりと掴み、おかっぱ女子高生は目を輝かせながら「かっくいーね!」と叫ぶ。酒で気分を悪くしていたはずの八鹿のおっさんも、面白い予感を嗅ぎつけ早々に復活したのか「よっ!良かぞー!」と手を叩いて囃し立てる。出会ってまだ数分しか経っていないというのに、三人の間ではもう仲間意識が生まれていた。カウンター越しにおれは咳払いをした。


「いいムードをぶち壊すようで悪いが、言っている意味がさっぱり分からん、ちゃんと説明してくれ。その、人類最後ってのはつまり、ここにいる5人以外のこの街のみんなは、本当にどうかしちまったってのか?」

「ほんとだよぉ。この街はなぜだか、僕達5人を残して空っぽになっちゃった。ねえ、僕、全部知ってるよ。君たちがパレードをまいて逃げた事、飲酒運転、突然のガス欠、深夜の小学校への不法侵入、小さな女の子と一発触発の睨み合いをした事、そして君達が、必ずここへやって来る事。僕はねぇ、全部知ってたんだよ、すごいでしょ?」

「な、なんでそれを……」


あろうことか、この小学生は今までの不可解な現象を全て言い当ててしまった。小学生は後ろで手を組み、おれを上目遣いで見上げ、えへへとあざとく笑ってみせる。おれは一歩後ずさり、固唾を飲んだ。「すごーい!なんでも分かるんだね!」「預言者や!モーセの生まれ変わりや!」少年の名答は、無脊椎動物のようにくねくねと動き回る二人のテンションを一層あげてしまった。


小学生は、不敵な笑みを浮かべながらレジカウンター横のカフェスペースにおれ達を手招きした。おれ達は全員で、机の上に置かれた小さなノートパソコンを覗き込んだ。


「これは——」


おれは目を疑った。画面には、街の至る所の様子がリアルタイムでぎっしりと映し出されていたのだ。誰もいない商店街。誰もいない2号線、誰もいない横断歩道。誰もいない公園。誰もいない歩道橋。誰もいない駅前広場。誰もいない港。信号だけが虚しく、無意味に、点滅を繰り返している。誰もいない、空っぽの街。あらゆる角度から、あらゆる方角から、この街の全てが、そこには正しく映し出されていた。


多分、これは防犯カメラの映像だ。街のこれだけの防犯カメラの映像が、この小さなノートパソコンに集積されているというのか?でもそれって違法アクセスなんじゃないのか?そもそもアクセスなんて出来るもんなのか?この小学生は、此処でずっとおれ達を見ていたというのか?この、小さな小学生が?


「あんた、何者なんだ?」

「スーパーラジカル天才小学六年生、といったところかなぁ。この街はぜーんぶ僕の監視下にあるんだぁ。でも不愉快な事にねぇ、僕のこの街を、乗っとろうとしている人がいるみたい。それが誰なのか、何者なのか、僕は突き止めたいんだぁ」


この街を、乗っ取ろうとしている人?一体なんのことだ?


おかっぱ女子高生、コンビニの店員、酔っ払いの郵便屋、謎のロリータ少女、自称天才小学六年生、共通点が無いのが唯一の共通点ってぐらいにアンバランスなこのメンバー。本当にこの街で、今存在するのがこの5人だけだとして、なぜおれ達だけが。選ばれたとでもいうのか?なにかの偶然か?いったい、なんなんだ。


「まぁ、せっかく夜は長いんだ。幸いここにはお菓子もたくさんある事だし、パーティでもしながら、これからのことについて話をしよう。そこのお姉さんも、きっと何かこの街の秘密を知っていることだろうし、ね」


おれと小学生はロリータ少女を見た。少女は瞬き一つせず、分かりました、と頷く。張り詰めた空気。それを読めない二人組が「やった、お菓子パーティーだ!」と騒ぎながら店中のお菓子をかき集める。そんな、七夕の夜。

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