麻雀サイトがイカサマと言い切った山田と、その後

字理四宵

麻雀サイトがイカサマと言い切った山田と、その後

 数年ぶりに地元に戻ったとき。喫茶店で、偶然同級生と再会した。


「おお! 一ノ瀬!」

「ん? 山田か! 久しぶりだな!」


 俺が、一ノ瀬の方だ。

 地元の喫茶店に久しぶりにコーヒーをすすりにくると、カウンターの横に座っていたのは、中学生の頃の同級生だったのだ。高校進学の時から地元を出ていた俺には、10年ぶりくらいの再会になる。


「はっはっは。よく、お前とは徹夜で麻雀したなぁ」


 山田が、懐かしそうに言う。


「ああ、そんなこともあったな。若かったしなぁ」

「今でも、麻雀はやっているのか? 今度打とうぜ」

「ん? うん……まぁ、ルールを覚えていたらな」

「なに、やっていれば、すぐに思い出すさ! 俺は今でもバリバリ打ってるぜ」


 そう言って、山田は胸を張って牌をつまむ動作をしてみせる。

 正直に言って、麻雀は今でも時々やっている。だが、彼との麻雀に食指が動かなかったのは、中学生の頃の山田との麻雀にはあまりいい思い出がなかったからだ。山田は強いわけではないのだが、自分が勝つまでやるというタイプで、そのせいかズルズルとゲームが長引いて、区切りよくやめるはずが、結局徹夜になった……なんてことがよくあった。

 ただ、中学生の頃はルールが分かる友達も少なかったし、よく一緒に打って楽しかったのは事実だ。今更悪い思い出にするつもりはなかったし、思い出話をするくらいなら、無碍にする気も無い。


「一ノ瀬、ネット麻雀とかはやってるのか?」


 唐突に、山田は新しい単語を会話に持ち出した。


「え? ネット麻雀?」

「あぁ。俺も最近やってるんだけどさ、暇つぶしには、ちょうどいいよ。今流行りのソシャゲーとかと違って、お金もかからないし」

「ふぅん」


 俺は、気のないような返事をする。実を言うと、ネット麻雀もやっているが、あえて黙っていた。


「ただなぁ。運営が、ちょっとイカサマっぽいんだよな。通常のツモじゃありえないことが起きたりするんだけど、それもまぁ、ネット麻雀なんだよなぁ」

「イカサマ?」

「ああ。麻雀をやっていて、感の鋭い人間なら、すぐにピンとくるよ」

「山田、悪いがその話は……」


 俺は、山田の話が熱を帯びる前に、止めようとした。俺としては、久しぶりに帰った地元で、思い出に浸りながらゆっくりとコーヒーを飲みたかっただけだったのだ。


「おっと、待てよ。科学的な根拠がないっていうんだろ? 昔から、お前はそういうやつだったよな」

「うん、まぁ……」

「証拠なら、あるぜ」


 山田はギラリと目を光らせて、カバンからタブレットPCを取り出した。用意周到というよりは、普段から持ち歩いているのだろう。


「……それは?」

「俺が、ここ数百試合打った記録だ。暇な時にこのタブレットで打ってるんだぜ。どうだ、通常ではありえない負け方だろう」


 そう言って山田が示すデータは、確かに惨憺たるものだった。

 麻雀は、1位から4位までがゲームの成績の範囲になる。仮に全く同じ実力の人間が打てば、その成績は1位から4位まで、25%ずつになるはずだ。

 ところが、山田の成績はおよそ1000試合を経たところで


 一位 16%

 二位 25%

 三位 28%

 四位 31%


 というものだった。

 俺は、ガクッと肩を落とす。


「……ボロ負けじゃないか。カモもいいところじゃないか」

「お前は今、俺が下手だから負けたんじゃないかって、思っているだろう?」

「凄いな、負けがこんできて、エスパーの才能が芽生えつつあるのか」

「茶化すなよ。言っておくが、俺は仲間内じゃぁ、負け無しの山ちゃんだぜ?」

「はぁ……負け無しの山ちゃんね」

「そんな俺がこれだけ負けるということは……ずばり!」

「ずばり?」


 おうむ返しにしたが、山田の結論は目に見えている。できることなら、それを聞くことなく立ち去りたかった。


「ネット麻雀は、不正があるインチキってことだ」


 山田は、メガネをクイッと上げて光らせる。そういえばこいつは、子供の頃から頭が悪いのに、メガネだったなぁ。そんな言葉を飲み込む。


「山田」

「なんだ、一ノ瀬」

「俺は今プログラマーの仕事についているけどさ、仮にインチキのプログラムを作ろうとすると、ものすごい大変なんだぜ?」

「ん? そうなのか」

「考えてもみろ。普通にやれば麻雀牌を混ぜるだけですむプログラムに、どうやれば特定のプレイヤーに有利なのかを判断しつつ、そのプレイヤーの欲しがる牌を自然なタイミングで渡さなければいけない。しかも、プレイヤーがミスをしたら軌道修正をして、麻雀牌をもう一度最適な方に配り直さなければいけないんだぞ」

「……難しいことは、よくわかんねぇけど、やってやれないことはないんだろ?」

「そんな労力をかけるメリットなんて、ないんだよ。お前がやってるのは、無料のネット麻雀だろ? お金も賭けないのに、そんな操作をして、なんの得になるんだ」

「それはほら、きっと政治家とか、悪い奴らのために……」

「仮に政治家とかの為に何かやるなら、実際に人と打つ接待麻雀のほうが楽しんでもらえるし、確実だろ」


 悪役といえば政治家か。成人を過ぎているのに、山田の貧相なイメージに頭が痛くなってくる。


「うっ……と、とにかく、このデータはおかしいだろう! 特に、ここ300試合くらいは絶対に何かある。普通に打っていれば、こんなデータにはならないのは、お前もわかるだろう!」


 そう言って、山田はもう一度自分のデータを見せる。


「特に、昨日なんてひどかった。10連続ラスだぞ! 10回連続ラスを引くなんて、どんな確率だよ。100回に一回もないだろう」

「1/4の10乗ということは、大体、100万回に一回だな。ちなみに、天和の確率は33万回に一回だ」

「ほらみろ! 天和よりも珍しいことが、起きたんだ!」


 ヒートアップする山田を、俺はなだめる。


「まぁ、落ち着けよ。麻雀…というか、運と実力の交じり合うゲームって、不運な成績を出そうと思えば、いくらでも出せるんだよ。ポーカーだって、毎回ブタだと言って降りたりカードを伏せれば、相手が普通にプレイする限り、ほぼ負け続けることができる。

 だから、


 ○統計上不利な数字を出したくて、わざと下手に打っている

 ○ちょっと不運があって、集中できずに一層下手になる

 ○成績通りの下手

 ○上の複合パターンの下手

 ○本当に何かしらの操作があって負けている


 ということが考えられる。

 たとえ不運なデータを出されても、これらを見分けることなんてできないんだ」


「おい! 説明の中で下手って言いすぎだろ!」

「おっと、無意識に出たかな。すまんすまん」

「それじゃ、どうすれば運営がイカサマをしているって証明できるんだ!」

「ん? ……そうだな。例えば、10回連続でダブルリーチ一発ツモとか、そういう牌譜は残っているのか?」

「いや……ない。連続一発ツモとかは、あるかもしれないけど」

「それくらいなら、確率の範囲内だな」

「……」

「いいか、さっきも言ったが、通常ではありえないくらいの負け方をする成績は、誰にでも出せる。だから、通常ではありえないくらいの良い成績を出すしか、不正を証明する方法はないんだ」

「ん? どういうことだ?」

「普通に打っている相手の中で、通常ではありえない勝ち方を続けるんだ。逆説的になるが、それこそがお前の言う不正の証明になるんだ」

「そ、それって、俺にもイカサマをやれってことか!?」

「できるものなら、な。お前の言うとおり、ネット麻雀にインチキがあるのなら、それを自分でやって証明するのが一番手っ取り早い」

「でも俺、政治家の知り合いなんていないぜ?」


 俺は、頭を抱える。


「せ、政治家の話は、とりあえず忘れよう。いいか、これは囮捜査みたいなものだ。それとなく麻雀サイトの人間や関係者に、不正する方法を聞いて周り、相手が食いつくまで我慢して、裏側からアプローチを続けるんだ」

「で、でも……」

「ん?」

「俺まで悪の道に入ってしまったら、どうしよう……」


 俺はコーヒーを噴き出しそうになる。

 ぶっ飛んだ心配をするやつだ。


「いいか、これは正義の調査だ。もしお前が運営の不正を暴いて、それをツ◯ッターとかで暴露できれば、ヒーローだぞ」

「ヒーロー……」

「そうだ。ネット時代の潜入ルポライターなんて肩書きがつくかもしれない」

「おお、俺もついに定職に着く時がきたか……」


 ……職についていなかったのか、こいつ。


「そ、そうだ。頑張るといいぞ」

「わかった! センキューな、一ノ瀬!」


 そう言うと、山田は棒を投げられた犬のように飛び出していった。こうして、俺は少しぬるくなったコーヒーに、再びありつけたのであった。

 ありもしない不正についてしつこく聞かれる運営や関係者には悪いことをしたかもしれないが、ああいう手合はいくらでもいるのだろう。慣れた対応をしてくれるはずだ。

 一件落着ということで、俺は山田のことを忘れて日常に戻った。


 それから一年後。家でゆっくりとコーヒーを飲んで過ごす俺に、見知らぬ番号から電話がかかってきた。仕事の相手かもしれないので渋々と出ると、あの山田だった。


「おい、どこでこの番号を知ったんだ?」

「そんなことはいいだろう! 実は、お前にお礼を言いたくてな」

「お礼?」

「ああ! ライターの件だよ」

「ん? ライター? 喫茶店に忘れ物でもしたのか?」

「いやだな、お前が言ってたんだろう?」

「んん?」


 いまひとつ、話がつかめなかった。


「ほら、お前が、俺はライターになるって、言っていただろう! 俺、本当になったよ!」


 俺は、今度こそ飲んでいたコーヒーを噴き出した。


「お、落ち着け、山田。免許を取ったのか? それとも、格闘技でも始めたのか」

「おいおい、落ち着くのは、お前の方だろう。ライダーでもファイターでもないぜ。俺は、ライターになったぜ」

「ま、まさか、本当に麻雀サイトは不正をしていたのか?」


 俺は、テーブルを拭きながら訪ねた。


「ん? いや、それは発見できなかったよ。そういえば、そんなことも調査していたなー」


 一丁前に、調査などと言いやがる。電話を切ってやろうかと思ったが、山田の言うことがどうしても気になった。


「それで、一体なんのライターになったんだ? 文筆業には詳しくないが、お前の専門があるんだろう」

「ああ。『月刊モー』っていう雑誌さ。『高次元の真理とメソッドを追求する』ってテーマの、お固い雑誌だぜ」

「ん? 『月刊モー』ってたしか、オカルト雑誌じゃなかったか」


 オカルト雑誌にどうこういうつもりはないが、山田がその辺をきちんと認識しているのかが気になった。


「よくわからんぜ。とりあえず、今月はピラミッドに入れてクリスタルを吊るすとが食べ物が腐らないというスクープを掲載するから、読んでくれよ」

「はあ……ピラミッドに、クリスタルか。ち、ちなみに、どうやってライターの口を見つけたんだ?」

「おっ、そうそう。俺が電話したのも、そこなんだ。お前には、いつか一杯奢らなきゃいけないな」

「い、いや、大丈夫だよ」

「なに、遠慮するなって!」

「それより、どうやって『モー』の編集者と知り合えたんだ?」

「ああ。実は、麻雀サイトの窓口の人が、教えてくれたんだよ。鋭いあなたにとっておきの連絡先を教えますって、な」

「ははあ……」

「その通りに、連絡先に電話したら、向こうも喜んでくれてさ。『あなたのような、本物の人を待っていたんです』って」

「本物……」

「ああ。人間、生きてて本物って呼ばれることって、あんまりないだろ? 俺も悪い気はしなくてさ……そこからは、トントン拍子さ」

「トントン拍子かぁ」


 電話口の山田の声は、キラキラとしてた。俺としても色々と思うところはあったが、山田が元気そうなら、特に何も言う気は起きなかった。


「というわけで、次月は謎のエーテルペンダントを身につけると宝くじが当たるという記事を書いているんだ。迫真のルポだから、ぜひ読んでくれよな」

「う、うん。探してみるよ。頑張ってくれ」


 電話を切った俺は、しばし放心をしてからコーヒーをいれなおした。

 軽い気持ちで旧友にした話が、こんなことになるとは思ってもいなかった。

 夢見が悪くなる気がするので、彼がこの先、騙されることのないように願いたい。


 これが、俺と山田の話である。


 ……さて、筆を置く前に思いついたことがある。

 俺は、麻雀サイトにイカサマをするメリットがないと、山田に言った。だが……もしかしたら、彼のような存在をピックアップしやすいように、意図的に……。


 いや、よそう。変な考えがうつってしまったかもしれない。

 山田に幸あれ。

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