私という存在について

消極的な私は、人と話すことが苦手だ。

誰かから話しかけてもらえないと、

自発的に話すことができない。

休み時間は、教室の後ろの席で

ひたすら本を読んで過ごしていた。


頭がいいわけではない。

本を読んでいるのは、休み時間を乗り越えるため。

物語の世界に意識を飛ばしているだけに過ぎない。

だから、本を読んでいても知識などを覚える事はない。


学校の行事は嫌いではない。

なぜなら、誰かしらが意見を求めるために

声をかけてくれるからだ。

そんな時の少しの会話だけで

私は誰かに必要にされているちょっとした

嬉しさがわく。


体育は苦手だ

一人で運動できるようなスポーツを知らない

だから、私は運動は授業の時だけ。

その授業の運動もまた、誰かが声をかけてくれる

そんな嬉しさがあった。

けど、人数が奇数の時は苦痛だ。

一人になるのは決まって自分である。

体育教師は生徒を見るため

どこか二人のところに入れられる。

しかし、その二人の中に私はいない。

会話にも入れない。


さみしい。

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