第14話
「富田林くんだろ?」
ある企業の面接の待合室で、寛は一人の就活生から声をかけられた。見覚えのある顔だった。
「大木だよ」男は言った。
寛と小学校で同級だった大木(明治学院大学・国際学部四年)だった。
「こんなところで会うとはね。小学校卒業以来じゃないか? おれは一浪したんだけど、富田林くんは留年したんだって? 地元の友達から聞いたよ。同じ会社を受けるなんて偶然だね。おれなんか落ちまくりだよ。もうすぐ百社。不採用不採用不採用。どこ受けてもダメ。何がいけないんだと思う? 先輩とかに聞くと数撃ちゃ当たるって方法しかないって。でも百社だよ、百社。富田林くんはどうなの? きみが通ってるような大学だとやっぱり違うわけ? おれは明治学院なんだけど、時代がどうのって言ってもやっぱり大学名がでかいと思うんだよな。ていうか、結局それが決め手っていうか。ま、お互い正々堂々やろうよ」
大木は一人で喋り続けた。彼がこんな男だったかどうか、小学校三、四年辺りまでしか付き合いのなかった寛には思い出せなかった。
グループ面接で、寛は奇遇にも大木と同じグループに振り分けられた。内定まであと一息というところまで来ていた。
「この男はいじめっ子です!」
大木が突然立ち上がって、寛を指さして高らかに宣言した。
「小学生のとき、ぼくをいじめました!」
三人の面接官は眉をひそめ、それから手元にある二人の履歴書を見比べた。そこに同じ小学校名が記されていることは間違いなかった。
寛はいきなりの展開にうろたえた。そう言われてみると、大木を木製の三十センチ物差しで叩いて泣かせた記憶がかすかにあった。しかし、一度きりだったはずだし、いじめというほどのものとは思えなかった。
面接官たちは見定めるような目で寛を見ていた。そればかりか、他の就活生たちも同じような目で彼を見ていた。その途端、寛は自分が試されているのだと気がついた。
「ち、違います、違いますよ!」寛は顔の前でぶんぶん手を振りながら言った。
「何が違うんだね」面接官の一人が慇懃に言った。
「この男はいじめっ子です!」大木がよく通る声でもう一度訴えた。
大木は過去のつらい記憶を思い出したかのように目を潤ませ、唇を噛みしめていた。正々堂々やろうと言った者が取る言動とは到底思えなかった。
「とにかく違うんです」寛は落ちつかなげに足をぱたぱた動かした。
「証明してみてくれませんか」別の面接官が言った。
「証明?」
その場の全員が寛に注目した。彼は潔白を証明しなければならない立場に追い込まれた。しかし、いじめていないということを一体どうやったら証明できるのか、いくら考えてみても分からなかった。
「この男はいじめっ子であります!」大木が追い打ちをかけた。「私は明治学院大学、国際学部の大木と申します! 過去のいじめ体験にもめげず、御社で身を粉にして働きたいと考えております!」
居合わせた者たちが拍手で称えた。寛はもはや挽回のしようがなかった。
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