第49話 事態の終息

 医務室周辺は忙しなく人が行き来していた。医務室で治療を受けているのは、【新月の徒】との交戦で傷ついた騎士たちだ。騎士たちは医務室で医師による治療を受け、清潔な病室で休息をとっている。


「私は、皇女エレノア。私は私の守りたいもののために戦いました。あなたも、大切な人のために声を上げたのですよね?」

 エレノアの方を見向きもしないのは、捕らえられた【新月の徒】リーダーのレイモンド。両足の怪我のため、彼は隔離された病室にいた。帝国への復讐のために仲間を募ったレイモンドの気持ちは、痛いほどわかる。この国の皇女として、彼らの痛みは無視してはならない。だから、エレノアは一人で会いに来た。

「私も、父が許せない。どうして、あんな道しか選べなかったのか。他に方法はなかったのか。誰かに救いを求めてもよかったのではないか、と。でも、それは

父の想いを知った今だから言えること。十七年間、私は何も知ろうとせず、すべてを諦めていました。でも、ジルフォード様に出会って、真実に立ち向かう勇気を持てたから、今の私がいます。あなたにも、復讐に囚われず、もっと自由に生きてほしい……そのための機会を必ず私がつくります」

 レイモンドは何も言ってはくれなかったけれど、確かにエレノアの言葉は届いたはずだ。そう信じたい。


「テッドさん、ありがとうございました」

 レイモンドの病室を出て、エレノアは、テッドの姿を見つけた。ひと段落ついたのだろう。張りつめていた表情が柔らかくなっている。

 あの後、門の前で立ち往生していた部下たちを引き連れ、一部の者しか知らない抜け道を使って〈鉄の城〉に来たテッドはエレノアの思う通りの働きをしてくれた。ジルフォードによって半数の【新月の徒】は逃がされていたが、説得に応じなかった過激派は騎士によって捕縛されている。彼らの罪については、エレノアの口添えで軽くできたらと思っている。国に不満を抱く者は多い。これから、彼らの不満を少しずつでも減らしたい。

「いえ、エレノア様がいてくれて本当に良かったと思っています。カルロス様は、自らの死という結末しか用意していませんでしたから」

 その言葉で、テッドもカルロスの計画を知っていた一人なのだと知る。皇帝直属の【黄金】の騎士は、軍師や宰相としての能力が求められるが、最も重要なのは皇帝陛下への絶対的な忠誠。それゆえに、【黄金】に選ばれる騎士は少ない。エレノアが把握している現在の【黄金】の騎士は、六人だけだ。

「もしかして、テッド様はその結末を変えるためにジルフォード様を巻き込んだのですか……?」

「いいえ。こんな結末は予想していませんでした。でも、ジルとエレノア様を見ていて、『もしかしたら……』という可能性が浮かんだのは事実です。それに、エレノア様は過去に囚われていたジルの心を救ってくれた。友人として、心からお礼を申し上げます」

「私はただジルフォード様を愛したいだけですから」

 大好きな人の友人に礼を言われて、エレノアの頬は自然と熱くなる。今ここにジルフォードがいたら、恥ずかしくて顔を見られなかっただろう。

「エレノア様に愛されて、ジルが羨ましいですよ。ジルに愛想が尽きたら、是非僕のところへ来てくださいね」

 と、テッドがエレノアにおちゃらけて言った時、彼の頭に重い拳が落ちてきた。

「何言ってんだ、この色ボケ野郎」

 そこに居たのは、ついさっきまで死地を共に乗り越えた愛する人。

「ジルフォード様っ! 休んでいなくて平気なのですか!?」

 悪魔との交戦で、ジルフォードはあちこちの打撲以外にも何本か骨を折っていた。エレノアのふくらはぎの怪我を医師に診てもらっている時に、念のためにとジルフォードのこともお願いしたら、「よくこの怪我で立っていられますね」と医師が真っ青な顔をしていた。

「俺はこんな怪我慣れてるから平気だ。エレノアの方が大変だろう。ちゃんと休まねぇと」

「私はジルフォード様がいてくださるだけで幸せですから」

 なんてやり取りをジルフォードとしていると、テッドに溜め息を吐かれた。

「なんか、僕はお邪魔虫みたいなので、仕事に戻りますね~」

 そうは言いながらも、テッドは嬉しそうだった。

 テッドの後ろ姿を見送り、エレノアは深呼吸をひとつ。


 エレノアには、まだ決着をつけなければならない相手がいる。


「ジルフォード様、私と一緒について来てくれますか……?」


 どこに、とは言わなくてもジルフォードはわかってくれていた。

 そして、太陽のようにあたたかくて、安心できる優しい笑みを浮かべて、ジルフォードは答える。


「もちろんだ」

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