第15話 宝石探し

 カザーリオ帝国の城が〈鉄の城〉と呼ばれるのは、その名の通り鉄でできているからである。城壁も、門も、すべて鉄だ。それも、かなり上質の鉄。カザーリオ帝国が最初に侵略した王国は、鉄の鉱山と高い加工技術を持っていた。そして、皇帝はその鉄と技術を使って、華美な装飾など一切ない、実用性だけを重視した、陥落不可能な城を建てさせた。

 〈鉄の城〉は、まさに鉄の要塞なのだ。

 侵入者にはいささか厳し過ぎる〈鉄の城〉の城門に、一人の青年が立っていた。高貴な人間のそれだと分かる上質な黒い服を着て、腰まである長い蜜色の髪をひとつに結んでいる。美しく、甘い顔立ちの青年だが、その纏う空気は氷のように冷たい。

 鉄製の城門は、ところどころひどく錆びついている。それは、侵入者の流した血だ。いくら綺麗に磨いたところで、その錆が消えることはない。この〈鉄の城〉で血を流すことなど日常茶飯事なのだ。

 そして、青年の前にもまた、血まみれの男が倒れている。


「遠慮しなくてもいい。吐け」

 青年の名は、ブライアン=リオ=ヴィンセント。二十歳の若きカザーリオ帝国第一皇子である。

 明るい青空の下、ブライアンは一人の【青銅】の騎士を拷問中だった。それも、閉鎖された空間ではなく、城門の裏で。人通りの少ない東門近くではあるが、人の目がどこにあるか分からない。そんな場所であえて拷問しているのは、自らも冷酷非道の皇帝である父と同じ血を引いているのだ、と周囲に示すためである。

「お前が勤務の日、宝石は消えた。どこへ消えたのか、仕事をしていたのなら知らないはずがないだろう?」

 第一皇子直属の騎士が、ブライアンの指示で男を剣の柄で殴りつけた。

 皇帝カルロスが大切にしているという、〈宝石箱〉の宝石が消えた。そのため、城内はピリピリした空気に包まれている。何が起きたのか知っている人間は多くない。しかし、何かが起きたのだとこの城内にいる者は感じ取っていた。ブライアンもまた、その空気を感じとり、何が起きたのか騎士を脅して吐かせた。

(忌々しい宝石が、守られた〈宝石箱〉から出たのなら、この私が消しても問題ないだろう)

 父であるカルロスのために宝石を探すふりをして、宝石を消す。それが、ブライアンの狙いだった。

 殴打され続け、騎士の顔は腫れ、身体の骨は何本か折れている。息も絶え絶えになりながら、懸命に騎士は言葉を紡ぐ。

「……し…知り、ません……っはぁ、本当っ、です。何も……うぅ」

「そうか。私は無駄な時間を過ごしてしまったようだな」

 ブライアンはそう言って、血を吐く騎士に背を向けた。用済みだ。どちらにせよ、皇帝カルロスが許すはずがない。

「父上の拷問を受ける前に、軽く慣らしておいてやったのだ。感謝しろよ」

 背後で、息を呑む音がした。皇帝カルロスの怒りを買えばどうなるか、拷問などまどろっこしい真似をするはずがない。即、処刑だ。

 血も涙もない、冷酷非道な皇帝。ブライアンは、その父に憧れ、追いかけ続けている。ただ、父に認められたいと思っている。そのためには、宝石と揶揄される妹が邪魔なのだ。エレノアという宝石が生まれてきてしまったから、父カルロスは自分を見てくれなくなった。戦争と領土拡大に固執するようになった。しかし、誰にも負けない強い父が誇りであり、自慢だった。宝石への並々ならぬ執着を知るまでは。


(父上は私には関心を示さないのに、宝石が消えただけでこの騒ぎだ……何が、そうさせるのだ?)

 隠された皇女、エレノア。会ったこともない、ただ一人の妹。父のために軍事遠征に励むブライアンには何の褒美も言葉もかけてくれないのに、エレノアの行動は逐一報告させている。さらには、定期的にエレノア宛てに何かを贈っている。ブライアンは父から贈り物などもらったことがないのに。


「私が、次期皇帝なのだ。父上も、そのことは承知しているはず。宝石が消えれば、きっと私の価値に気付いてくれるだろう」

 父の第一部隊【黄金】よりも早く、エレノアを見つけなければならない。エレノアを見つけ出し、殺すことができれば、ブライアンははじめて父を出し抜くことになる。そこではじめて、カルロスは自分の息子がいかに優秀であるかに気付くのだ。

 つまり、エレノアが消えれば、すべてはうまくいく。ブライアンは薄い笑みを浮かべて自身の騎士に命じた。


「【新月の徒】に連絡を。あいつらの情報は役に立つ」


 消えた宝石を、誰が先に見つけるのか。

 それによって、宝石の運命は大きく変わる。この宝探しを制する者の運命も。


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