第13話 調査開始

 ゴルドンの言っていた通り、町には黒衣の騎士が厳しい顔で巡回していた。

 エレノアは、フードで目立つ髪を隠しながらも、いつ目を付けられるかとビクビクしていた。しかし、騎士とすれ違う時、その視界からエレノアを隠すようにジルフォードが歩いてくれる。まるで、エレノアが騎士に見つかってはいけないと知っているようだ。

(ジルフォード様……)

 右足を怪我しているため、エレノアは松葉杖をついて歩いている。できるだけ速く歩こうとしているが、ジルフォードの長い脚の一歩とは大きく違う。役に立つためについて来たはずなのに、歩幅は合わせてもらっているし、騎士たちから庇われている。いっそ、ロイスのように不満を顔に出してくれればいいのに、ジルフォードは時折エレノアの足を気遣い、声をかけてくれる。嬉しいと思うのに、結局は足手まといにしかなっていない自分が情けなくなる。

「【黄金】の騎士まで出て来たのか……」

 ジルフォードの小さな呟きが、エレノアの耳に聞こえてきた。

 カザーリオ帝国軍の【黄金】といえば、皇帝直属の精鋭部隊だ。やはり、エレノア捜索に本腰を入れてきたということなのだろう。

(今、私が見つかれば、ジルフォード様たちに迷惑をかけてしまう)

 見つかる訳にはいかない。それに、エレノアはまだジルフォードの役に立っていない。このまま、ただ守られるだけの弱い少女として、ジルフォードの記憶に残りたくない。エレノアは、ジルフォードにとって有益で、忘れがたい、心に残る女になりたいのだ。

 エレノアがぐっと覚悟を決め、顔を上げるとそこにはジルフォードの精悍で美しい顔があった。急なことに心臓がばくばくと暴れ、何も言えずにいると、ジルフォードの手はエレノアの額に触れた。

「熱はないみたいだが。顔色が悪い。やはり、どこかで待っているか?」

 キャメロンのことでも色々と考えているだろうに、ジルフォードはエレノアのことまで心配してくれている。群青色の双眸に見つめられるだけでどきどきして、うまく息ができなくなる。それでも、エレノアは心配かけまいと口を開く。

「い、いえ! 大丈夫です。少し考え事をしていただけで……」

 そう答えると、エレノアの隣でロイスがふんっと鼻を鳴らした。

「お前がついて来たいって言ったんだぞ。集中しろよな。ジルに面倒かけんな」

 ジルフォード大好きなロイスの正論に、エレノアは返す言葉もない。黙って頷くと、ジルフォードがふっと笑った。

「ロイスも、立派に先輩してるじゃねぇか」

 ジルフォードの言葉に、ロイスは顔を真っ赤にして喜んでいる。飼い主に尻尾を振る犬のようだ。


「さて、着いたぞ。ここが、ファーマスの泊まっている宿だ」

 四階建ての四角い建物の前で、ジルフォードが立ち止まる。

 宿屋としての看板も、外装も、ところどころ剥がれ落ちていて、みすぼらしい。さすが、格安の宿屋だ。

(わあ~、本当にこんな宿が存在するのねっ!)

 茶色に変色した壁はボロボロで、少しの力を入れれば崩れ落ちてしまいそうだ。鉄の骨組みが剥き出しになっているところもある。

 エレノアは、そんな崩れかけの宿屋を見て、目を輝かせていた。とにかく、きれいで清潔なものばかりを見て生きてきたエレノアにとって、快適とは程遠い、汚いものやボロボロのものを見ると、外に出て来たのだなという実感がわいてくる。あの閉じ込められた真っ暗な世界から、自由な外の世界へ飛び出したのだ。

「うわっ、なんだこのボロ宿。こんなとこで住めるのかよ」

 感動中のエレノアの隣で、ロイスが正直な心の内を声に出した。

「【新月の徒】が関わっている可能性が高い。お前達はここで待機。誰か怪しい人間がこの宿から出て来ても、追うな。ただし、観察はしておくこと。分かったな?」

 ジルフォードの指示に、ロイスは任せろ! と真剣な表情で答えた。エレノアも、あの夜のことを思い出し、今自分が行っても足手まといになるだろうと頷いた。

「あの、もし【新月の徒】のメンバーがいなかったら、私もファーマスさんと話をさせてください」

 ジルフォードがファーマスを連れてきてくれたら、彼の記憶から何かを得られるかもしれない。その方が、ずっと有益だ。エレノアは、真っ直ぐジルフォードを見据えて言った。

「わかった。安全だと俺が判断したら、話をしてもいい」

 ジルフォードはそう言うと、宿の中に消えて行った。


「おい、何であんなこと言ったんだ?」

 ジルフォードが行ってから、ロイスが怪訝そうにエレノアに問う。もちろん、宿屋をしっかりと監視しながら。

「もしファーマスさんが嘘をついていたとしたら、私ならその嘘を見抜くことができるから」

「お前みたいな世間知らずの女が、【新月の徒】と関わりのある人間の嘘を見抜けるとは思えないけどな」

「それでも、私はロイスよりも年上だし、大人だわ。ロイスが知らないことも、たくさん知ってる」

「何だよ、それ」

 ロイスがむっと唇を尖らせる。

「ロイスが羨ましいってことよ」

 エレノアはそう言って、肩をすくめてみせた。

 ロイスは、戦争で両親を失い、ただ一人の姉とも生き別れた、過酷な過去を持っている。それでも、真っ直ぐで、純粋だ。きっと、ジルフォードのおかげだろう。少し大人びているが、年相応のかわいいところもある。

 そして何より、大好きな人と一緒にいられる未来を選ぶことができる。エレノアにはできない、未来の選択。

「……お前、何があってジルの所に来たたんだ?」

 ロイスがどこか不安そうな瞳で、エレノアを見る。それは、少し脅えに近いかもしれない。ロイスにとって大切なのはジルフォードだ。ジルフォードとロイスの平穏な日常に飛び込んできた、得体の知れない人間がエレノアだ。

 ロイスはジルフォードを心配して、エレノアを警戒している。それを分かっていながら、エレノアはまだここにいたいと思っている。ジルフォードの役に立つまでは、と自分に甘く猶予をつけて。

「大丈夫、もうすぐ私はいなくなるから」

 嘘ではない。きっと悪魔が迎えにくる。いや、その前に帝国軍に見つかるかもしれない。こんな無謀な逃走計画、はじめからうまくいくはずがないのだ。

「なん、で……」

 エレノアの、答えになっていない答えを聞いて、ロイスはたじろぐ。エレノアの抱えるものを少し感じ取ってしまったのだろうか。優しいロイスは、それ以上追及することができないようだった。

 そうして気まずい沈黙が流れた時、宿からジルフォードが姿を現した。

「ファーマスはいなかった。この辺を探すぞ」

 それなら、好都合だ。エレノアは、ジルフォードに近づいた。

「ジルフォード様、ファーマスさんのお部屋には入れますか?」

「あぁ。入れるが、どうしてだ」

「少し、確認したいことがあるのです」

 エレノアが笑顔で言うと、ジルフォードは特に何もなかったが、と言いながらも了承してくれた。

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