第11話 収拾屋への依頼

 開店の札を出して、数刻。収拾屋に、未だに仕事という仕事はない。

 ジルフォードはカウンターの後ろで寝ているし、ロイスは店内の掃除に集中している。そんな中で、エレノアはカウンターの隅にちょこんと座っていた。見ているだけ、とジルフォードと約束した手前、動くに動けない。

 しかし、暇ではあるが、エレノアは退屈はしていなかった。

(はぅぅ……ジルフォード様の寝顔)

 幸せだ。記憶の中の〈蒼き死神〉はいつも哀しそうに泣いていたが、目の前にいるジルフォードは様々な表情を見せてくれる。会わなければ、ここにいなければ見ることのなかった表情を。それに、ずっと知りたかったジルフォードのことを少し知ることができた。

 テッドという帝国軍所属の友人がいて、彼にはとても砕けた物言いをすること。女性、子どもに甘いこと。ロイスを微笑ましく見守っていること。他人のことを自分のことのように大切に思えること。この町の人々を賊から守ろうとしていること。いつも眠る時間を削って誰かのために動いていること。優しいジルフォードだからこそ、何も聞かずにエレノアを置いてくれているのだということ。

 無防備なジルフォードの寝顔を、エレノアは脳裏に焼き付ける。この幸福な記憶は悪魔にも、誰にも渡したくない。

「私からは何も言えませんけれど、ジルフォード様に聞かれたら私は何でも答えますわ。だって、好きな人に嘘はつきたくありませんもの」

 小さなエレノアの呟きは、眠るジルフォードの耳には届いていない。しかし、彼はきっと分かっている。エレノアがただの家出娘ではないことを。だから、エレノアをテッドの屋敷から自分の店に連れて来た。そして、厄介な事情を抱えていることを覚悟の上で、エレノアを側に置いてくれている。

 エレノアが、側にいたいと望んだから……。

 胸が締め付けられて、エレノアが目を伏せた時、店の外から慌てたような足音が聞こえてきた。


「ジルさんっ!」

 入ってきたのは、初老の男だった。息が上がっていて、顔は青白い。何かあったのだ。

「ロイス、水を。ゴルドンさん、何があった?」

 つい先ほどまで寝ていたジルフォードが、初老の男の側にいた。エレノアは、深刻そうな顔をする彼らの中に入ることもできず、じっと成り行きを見守る。ゴルドンと呼ばれた男は混乱している様子だったが、ロイスに水をもらって少しは落ち着いたのか、静かに話しはじめた。

「実は、キャメロンがいなくなったんじゃ。つい昨日、大喧嘩をしてしまって、はじめはただの家出かと思ったんじゃが、外には普段は見ない帝国軍の騎士たちが厳しい顔で何かを探しているし、キャメロンに何か事件でもあったのかと心配で……息子夫婦が事故に遭ってから、ずっとかわいがってきた孫なんじゃ! もう結婚でも何でも認めるから、わしのところに戻ってきてほしい……ジルさん、どうか力を貸してくれんか」

 ゴルドンの孫娘、キャメロンがいなくなった。はじめ、ゴルドンはキャメロンの結婚を認めなかったために大喧嘩をしたから、家出をしたのかと思っていた。しかし、次の日になって、帝国軍の騎士が町にいることで胸騒ぎを覚え、ジルフォードに頼ることにしたのだという。

(帝国軍の騎士が……?)

 それはおそらく、エレノアを探しているのだ。

 しかしだからといって、キャメロンが何らかの事件に巻き込まれていないとも限らない。ジルフォードのおかげで大人しくなっているとはいえ、【新月の徒】の活動は続いているのだ。


「話はわかった。俺も探そう」

 ジルフォードが当然のように頷いた。

「だが、この町を闇雲に探しても見つからない。キャメロンの恋人はどこにいる? 事件を疑うよりも、駆け落ちしようとしている可能性の方が高いだろう」

「わしもそう思ってあの男のところに行ったんじゃが、キャメロンは行っていないらしい」

「駆け落ちの計画もなかったのか?」

「……いや、それがわしも気が動転していたから、男とはちゃんと話ができていないんじゃ」

「もしかしたら、ゴルドンさんは結婚に反対していたから、嘘をついたのかも……」

 話を聞きながら、ずっと考え込んでいたロイスが口を挟む。

「その可能性もあるな。まずは、キャメロンの恋人に心当たりがないか確認しよう」

 ジルフォードがそう言って立ち上がる。

 このままでは置いて行かれる。エレノアはずっと殺していた存在感を主張する。

「ジルフォード様! 私もお連れ下さい! 何かお役に立てることもあるかもしれません」

 ゴルドンはジルフォードとロイスだけだと思っていたのか、エレノアが声を出したことにかなり驚いていた。

 しかし、ジルフォードは厳しい顔をしている。ロイスは何やってんだ、と呆れ顔。

 エレノアは、右足を怪我していて走ることもできない。帝国軍の騎士に見つかればただでは済まない。迷惑だということは分かっている。

 それでも。


(だって、私の力が役に立てるかもしれない……)


 記憶を覗く力。今までは苦しくて、自分が普通の人間ではないと気づくだけの忌まわしいものだった。その力が、誰かの役に立てるかもしれない。

 もしキャメロンが駆け落ちを計画していたのだとしても、孫を大切に思うゴルドンならば、キャメロンの気持ちを理解して、結婚を認めてくれるだろう。そして、事件に巻き込まれていたのだとすれば、エレノアの力で命を救えるかもしれない。

「お願いします!」

 エレノアは痛む足でジルフォードの所まで駆け寄り、頭を下げた。

「またそうやって、傷が開くようなことを……もっと自分を気遣え」

 ジルフォードが、エレノアの足に滲む血を見て眉間にしわを寄せた。ジルフォードは怒っている。そう、エレノアのことを心配して怒っているのだ。この場にそぐわないが、嬉しい、という感情が湧いてくる。

「……ったく、何で嬉しそうな顔をしてるんだ」

 エレノアの表情を見て怒っているのも馬鹿らしくなったのか、ジルフォードは呆れた溜息を吐いた。

「ジル、そいつは置いてった方が……」

「仕方ない。連れて行く」

 ロイスの言葉を遮って、ジルフォードがきっぱり言った。

「ゴルドンさん、同年代の彼女がいればキャメロンも安心するだろう」

「わしは早くキャメロンの無事を確認できればそれでいい。ジルさん、よろしく頼む」

 ゴルドンは、ジルフォードを信頼して頼んでいる。そして、ジルフォードはその信頼に応えるために力強く頷いた。


「では、ゴルドンさんはここで待っていてください。必ず、キャメロンを連れて戻る」


 ジルフォードの言葉に、ゴルドンは涙を浮かべて頭を下げた。

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