第8話 宝石の失踪

 静寂の夜。

 しかし、〈鉄の城〉の一部では、多くの人間たちが動いていた。


「〈宝石〉の行方はまだ分からないのか」

 焦りで、声が大きくなる。帝国軍所属の騎士たちは、険しい表情で向かい合っていた。

「生まれてからずっと幽閉されていたんだろう。何故、抜け出すことができた?」

「攫われた可能性もある」

「もしや、あの噂の通り悪魔に……?」

 昨夜、〈宝石箱〉から宝石が消えた。

 つまりは、幽閉されていたはずの皇女エレノアがいなくなった。

 この失態を皇帝カルロスに知られれば、見張りの騎士は処刑されるだろう。皇女の護衛は、自分たち、帝国軍第三部隊【青銅】に一任されていた。

 騎士たちが青ざめている中、皇帝直属部隊【黄金】の将軍ホルワイズ=ベイ=ラドゥゼンが現れた。

 ホルワイズの姿を見、ざわついていた騎士たちは一斉に敬礼を示す。その背中には、だらだらと冷や汗が流れる。


「お前たち、私に黙って何をしているのかな?」

 やわらかな物言いで、ホルワイズは部下たちに尋ねた。斜めに流した赤紫の前髪は、傷で塞がった右目を隠している。五十を過ぎても、この男の纏う空気は変わらない。有無を言わさぬ厳しさと、すべてを見通す鋭さを感じる。ホルワイズの前で、隠し事はできない。

 本来ならば、【黄金】の将軍であり、皇帝の右腕であるホルワイズに真っ先に報告すべき案件である。しかし、この件を報告すれば、自分たちの命はない。外の世界を知らない皇女ならば、すぐに見つけ出せるだろうと思っていた。だから、ホルワイズや皇帝に知られないうちに見つけ出し、連れ戻すつもりだったのだ。

「……城の内部に不審者を見たという報告を受け、捜索していたところであります」

 ホルワイズと目が合ってしまった一人の騎士が、ガクガクと震えながらも嘘を吐く。その答えを聞き、ホルワイズはほう、と頷く。

 そして、薄い笑みを浮かべたまま、男の首に手をかけた。

「真実を話せない口ならば、もういらないだろう」

 ホルワイズは、ただ首に手をかけただけだ。力は一切入れていない。それなのに、男は苦しげにあえいだ。ホルワイズを目の前にして、その威圧感に苦しんでいるのだ。

「ほ、〈宝石箱〉から、宝石が、消え……ました……っ!」

 最後まで言い終わらないうちに、男はホルワイズによって地面に叩きつけられた。

「お前達に〈宝石箱〉の護衛を任せたのが間違いだったようだ。何も知らぬ無知な宝石だと油断していたな?」

 笑みを消し、ホルワイズは虫けらを見るような目を騎士たちに向けた。

「あの宝石の価値を理解していなかった無能なお前達だ。今後、使い道があるとは思えない。処刑は免れないだろうな」

 心臓を凍らせる冷たい声で死刑宣告をし、ホルワイズは騎士たちに背を向けた。

 がくり、と絶望に膝をついた騎士たちを、ホルワイズの部下である【黄金】の騎士たちが拘束する。彼らの行先は、地獄だ。

 ホルワイズは無表情のまま、この世の終わりを感じていた。


「皇帝陛下、報告があります」

 ホルワイズは、そのままの足で報告に来た。皇帝をわずらわせないため、夜中の報告は当然ながら寝室である。

 黄金の刺繍がほどこされた漆黒の衣に身を包み、皇帝カルロスは大きすぎるベッドに座っている。その胸元は大きくはだけている。そして、隣には皇妃であるジャンナ=フォル=ヴィンセントが眠っていた。情事の最中に来ていたら、どんな要件でも殺されていただろう。ホルワイズは内心でほっと息を吐く。皇帝の右腕として仕え、権力を与えられているホルワイズでさえ、カルロスの機嫌を損ねればただではすまない。


「何だ?」

 カルロスは少し不機嫌そうに尋ねる。ホルワイズは覚悟を決めて口を開く。

「宝石が、消えました」

 次の瞬間、ホルワイズの顔の横すれすれに短剣が投げられた。しかし、それに動じることなく、ホルワイズは落ち着いて言葉を選ぶ。

「申し訳ありません。見張りをしていた【青銅】の騎士たちは投獄し、宝石の捜索は私が引き継いで行っております。明日中には、必ず連れ戻してみせます」

 ホルワイズは、生かされたのだ。それに見合うだけの働きをしなければならない。

「当然だ。今がどれだけ重要な時期か分かっているだろう?」

「はい」

「十八年、待ったのだ。ここで失う訳にはいかない」

 皇帝の娘、エレノアは悪魔に捧げる生贄だ。皇帝の娘の存在を知っている者は存在するが、その娘が〈宝石〉として幽閉されている理由を知る者は数人だけ。ホルワイズは数少ないその内の一人である。

 ホルワイズは最後に深く頭を下げ、寝室を出た。

 そして、明るくなりかけた薄闇の空を見て眉間にしわを寄せた。


 長い、一日がはじまる。

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