第7話 独りよがりな恋

「これも、ロイスが作ったのですか?」

「あぁ。美味いだろ。ロイスは家事全般得意なんだ」

 そう言って、ジルフォードはパンを口に入れる。

 テーブルに並んでいたのは、茸たっぷりのクリームスープ、ふわふわのパン、林檎がアクセントのポテトサラダ。すべて、ロイスの手作りだという。

 エレノアは、スープを一口含んだ。

(うぅ、ロイスに勝てる気がしないわ……)

 スープは、野菜の旨味が溶け込んでいて、とても優しい味がした。隠し味に生姜が入っていたのか、身体の芯からぽかぽかと暖かくなる。このスープは、寒い中帰ってくるジルフォードを思いながら作ったものだ。

 だから、ジルフォードは嬉しそうに食べている。


 ジルフォードに会いたい一心で、ここまで来た。

 しかし、エレノアは彼のために何ができるのだろう。何もできないくせに、側にいたいと我儘を言った。彼の優しさにつけ込んで、無理矢理ジルフォードの穏やかな生活に入り込んだ。

(私、馬鹿だ……)

 エレノアは、カザーリオ帝国皇帝の娘。そして、“悪魔の花嫁”でもある。

 エレノアは、戦場から離れて、穏やかな生活をしているジルフォードを、再び争いの中に引きずり込んでしまう存在だ。そのことに、今さら気付いた。憧れ、恋い焦がれていた〈蒼き死神〉に会えたことに浮かれて、彼のことを何も考えていなかった。それどころか、ジルフォードの事情など何も考えず、彼が皇帝カルロスを止められる存在ではないかとも期待していた。

 エレノアの恋は、どこまでも独りよがりだ。


「どうした?」

 黙り込み、俯いたエレノアに、ジルフォードが声をかけてくれる。そのことが嬉しいのに、喜べない。だって、エレノアは彼に迷惑しかかけていない。心配してもらえる資格なんてない。

(ジルフォード様の所有物になる資格も、私にはないわ)

 ここにいてはいけない。気付きたくなかったのに、気付いてしまった。

「……あまりに、美味しくて、涙が出ちゃいました」

 ずっと俯いている訳にもいかない。エレノアは涙の理由を誤魔化した。大好きな人に、はじめて嘘をついた。

「そうだろう? ロイスも喜ぶ」

 ジルフォードは、ロイスのことを褒められて自分のことのように嬉しそうだ。エレノアは、締め付けられるような胸の痛みに気付かないふりをして、パンを頬張る。やわらかくて、ほんのり甘いパンに、しょっぱい涙の味が混ざった。


(いつまでなら、ここにいても許されるの……?)

 悪魔が迎えに来るという十八歳の誕生日ギリギリまで、ここにいることはきっとできない。

 ロイスがきれいに掃除してくれた部屋で、エレノアは目を閉じる。

 せめて、この足の傷が癒えるまでは、この幸福な時間を過ごしてもいいだろうか。

 ジルフォードと一緒にいられる口実をつくってくれたことには、【新月の徒】に感謝しなければならない。

 記憶の中ではない本物のジルフォードの姿を思い浮かべながら、エレノアの意識は夢の中に落ちていった。

〈鉄の城〉で不眠症に悩んでいたのが嘘のように、エレノアは朝までぐっすり眠っていた。

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