第5話 側にいる方法
告白をして、すぐに振られた。両想いになれるはずがないと頭では分かっていても、エレノアの心は素直に傷ついていた。
――俺は、誰も愛する気はない。
そう言ったジルフォードの言葉が耳から離れない。しかし、エレノアはジルフォードのことを諦めるつもりはなかった。彼は本当にエレノアが眠るまで、手を握ってくれていた。
ジルフォードからすれば、エレノアは子どもすぎるのだろう。年齢も、容姿も、考え方も。
それでも、エレノアは側にいたい。悪魔が迎えに来るその時まで。
(悪魔よりも先に、お父様の追手に捕まるかしら)
皇帝カルロスが悪魔の力を得るため、犠牲にしたのはエレノアだ。
今頃、エレノアがいないことに気付いて、王宮中、帝都中に追手が放たれているだろう。そうなれば、見つかるのは時間の問題だ。
「それにしても、もう夜なのね」
カーテンで閉め切られていて、部屋は薄暗い。昨夜遅くに城を抜け出して、テッドの屋敷で目覚めたのが今朝のこと。エレノアは何も食べないまま、ほぼ丸一日眠っていたということになる。不眠症のはずなのに、この時まで一度も目が覚めなかった。それはきっと傷のせいで熱が出ているというだけはなく、ジルフォードが側にいてくれたからだとエレノアは確信していた。
ふいに慌てたようなノックの音がして、エレノアは緊張する。皇帝カルロスの追手かもしれない、という考えが頭を過ぎる。
しかし入ってきたのは、暗闇でも映える蒼い髪の持ち主、ジルフォードだった。
「こんな夜更けにすまない。もし君が家に戻る気がないのなら、今すぐ俺と一緒にここを出るぞ」
何かに追われているようなジルの様子に、エレノアはすぐに動いた。〈鉄の城〉に戻るか、彼といるか、考えるまでもない。
「ジルフォード様と共に行きます」
真っ直ぐに群青の瞳を見つめ答えれば、時間が惜しいのかジルフォードはエレノアの身体を横抱きにした。
「走るぞ」
その言葉を合図に、エレノアはジルフォードの首に手をまわす。できるだけ怪我をしているエレノアの負担にならないよう走ってくれているのが分かって、こんな状況なのにエレノアの胸はときめいていた。
(あぁ……私、今ジルフォード様の腕の中にいる!)
エレノアを軽々と抱きかかえるたくましい腕、目の前にある精悍な顔つき、時折エレノアを気遣うように見つめる群青の瞳、そのすべてをエレノアは目に焼き付けようと必死だった。
そうしてジルフォードに見惚れているうちに、バールトン侯爵家の屋敷は見えなくなっていた。
街灯がないため、かなり暗いが、民家が立ち並んでいるのが見える。
そして、ジルフォードが立ち止まり、見つめる先には小さな店があった。
『収拾屋』と書かれた看板が掲げられ、透明のガラス戸の向こうには商品棚がいくつも見える。この店に、何の用があるのか、エレノアは不思議に思う。
「ジルフォード様、このお店に何かあるのですか?」
いまだジルフォードの腕の中、幸せいっぱいな気持ちで問うと、彼はああ、と頷いて店に歩を進めた。そして、ポケットから鍵を取り出し、店内に入る。
「ここは、俺の店だ」
エレノアは一瞬、ぽかんと口を開ける。目も大きく見開いて、ジルフォードの顔を凝視する。淡々と答えた彼の表情には、嘘はないように思う。
(〈蒼き死神〉と呼ばれたお方がお店を……)
一体、どんなものが売られているのか。
もしや武器? とエレノアは店内の商品棚を見回すが、武器などない。あったのは、ぬいぐるみや時計、ネックレスなど、様々なもの。そのどれもが新品ではなく、誰かが使い古したようなものばかりだ。
「俺はこの街を見回って、落し物を拾っている。その落し物を保管して、持ち主が見つかれば返す。この『収拾屋』はそういうものだ」
珍しげにきょろきょろと視線を動かすエレノアを見て、ジルフォードは簡潔にこの店について教えてくれた。
「どうして、『収拾屋』なのですか?」
普通は、道に何か落ちていても自分に関係のないものならば素通りするものだろう。エレノアは外を出歩いたことなどないが、人間とは自分の関心がないものについては近づきたがらない生き物だと認識していた。落し物といっても、街に落ちているものは持ち主の勝手によって捨てられたゴミかもしれない。
それなのに何故、ジルフォードは落し物を拾い、保管しているのだろう。いくら世間知らずなエレノアといえど、これが商売にならないことぐらい分かる。
「落ちているものは、ただのゴミではなく誰かの大切なものかもしれない。ゴミならばそれでいいが、もし誰かの大切なものだとすれば、放ってはおけない。俺は誰かの大切なものを、もう失いたくない。ただそれだけだ……」
ジルは、利益のために商売をしているのではなく、信念のために『収拾屋』を始めたのだ。その真剣な眼差しをみて、エレノアは胸を打たれた。と同時に、ジルフォードに拾われ、大切に保管されているモノたちが羨ましくなった。
そして、エレノアはこの先もジルフォードと共にいられる名案を思い付く。
「それでは、私もジルフォード様に拾っていただいた……ということになりますね。私の引き取り手はいませんから、どうかジルフォード様が私を保管してくださいませ」
にっこりと微笑めば、ジルフォードはおもいきりエレノアから顔を背けた。しかし、その腕にエレノアを抱いているため、完全に視界から追い出すなど不可能である。エレノアはジルフォードの首にまわしていた手をほどき、彼の両頬をむぎゅっと掴んだ。
「ジルフォード様、私を拾ったのはあなた様です。責任、とってくださいますよね?」
無理矢理、ジルフォードの顔を自分に向けさせ、極上の笑みをつくる。
バールトン侯爵邸での対応から、ジルフォードが意外と押しに弱く、女性に甘いということは分かっていた。愛する、という気持ちの面ではまったく動かないだろうが、彼は元騎士だ。弱きものを守る、という騎士道精神はまだ身体に染み付いているはずだ。エレノアはそこを突いた。今はまだ、恋人ではなくともいい。義務感からでも、エレノアの保護者になってもらえたら、それでいい。
そんな願いから、脅しに近い笑顔と言葉を向けたエレノアに、ジルフォードは絶句していた。
そして、しばしの睨み合いの後、長い溜息を吐いて頷いた。
「…………仕方ない。たしかに拾ったのは俺だ。だが、俺に保管されたいと言うのなら、俺の言うことを聞いてもらう。それでもいいのか」
「もちろんですわ! あぁ……私はついにジルフォード様の所有物となったのですね。嬉しい……!」
あまりの喜びに、エレノアは涙が出そうだった。しかし、エレノアが感激している様子を見て、ジルフォードの方は血の気を失っていた。彼としては、おそらく脅しのつもりだったのだろう。しかし、保管してほしいと頼む人間に、あのような脅しは通じない。むしろ、喜ばせている。
「……とにかく、まずはゆっくり休め。そうすれば、目も覚めるだろう」
ジルフォードは、怪我で意識が朦朧としているための妄言だと思いたいらしい。彼に嫌われたくはないので、エレノアは今後このような発言は控えようと胸に誓った。
今まで、まともに他人と会話したことなどなかった。だから、エレノアは自分が思うままを口に出してしまうことが多い。〈鉄の城〉では、心の中で思っても、声に出しても、聞く者がいないため、たいして変わらなかった。だから、声の出し方を忘れないように、エレノアは思ったことは声に出すようにしていたのだ。
しかしこれからは、愛しのジルフォードが側にいる。
普通の令嬢がどんなものなのか、エレノアにはよく分からないが、普通になれるよう努力したいと思う。
すべては、ジルフォードと過ごす幸福な時間のために。
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