28. ーside 国彦ー オルコス・前篇

風呂場から出てしばらく

俺とれえはベッドに腰掛けたきり動き出せず、互いの体を寄せてじっとしていた

れえの髪の毛はまだ濡れていて、力の抜けた体は俺に全部委ねるみたいに無防備にもたれかかってる。

どんな顔してんのか見たくて、俺はれえの俯いた顔をのぞく為に頭を傾げた。


俺の視線に気づいたれえは、少しはっとしたような表情になってそれからじっと俺の瞳を見つめ返してきた。

可愛くて、額に口をつけて抱き寄せると、れえもぎゅっと俺の胴回りに腕を回して抱きついた。

鼓動が重なって、合わさった肌から体温がじわじわ伝わる


自分で言葉にして始めてわかった

子供の頃から感じていた感情が何なのか

れえの熱を感じて

溶け合いたい

一緒くたになりたいと

ずっと思ってた


愛してるって


そんな自分の範疇超えたような大それた言葉ですんなり納得できるくらい

れえが拵えた心の壁や抱えた憂悶への共感すら 乱暴にぶっ飛ばしてでも

一秒でも早く傍でその熱を感じて俺が癒したいと思った

今そうしているようにただ抱きしめて、れえの鼓動を感じないと気ぃ狂いそうだった


静かな部屋にふいにノックの音が響き、俺が入り口扉を開けると

そこに二年の学年主任である宮本先生が険しい顔つきで立っていた。

50代オーバー。貫禄あるその仁王立ちに表情の険しさが更に威圧感を増してる。


先生はその厳しい顔のまんま

れえには、三日目安で自宅に強制帰宅すること。

俺には、一ヶ月の寮内謹慎と本部呼び出しがかかっていることを伝えた。


身支度を済ませ二人して寮をでて駅に向かう。

改札をくぐり、上り線と下り線に向かう両階段の中央で立ち止まった。

本部と地元駅は反対方向だから互いのホームに向かう為ここで分かれないといけない。

じゃあ、と言葉にして分かれりゃいいのに、なかなかそうできない

今までと違う

れえの気持ちがその瞳をのぞき込むだけで全部流れ込むみたいに感じられる

だから言葉はもういらなかった

不安げに揺れてるれえの瞳はいつもみたいに、俺の事ばっか心配してるように見えた

(本部行って、何話すんだろう。大丈夫か?)

(またすぐ…戻ってくるよな。会えるよな?)

いや…かわいすぎか…

抱きしめたいけど、一度手に触れて、

それを離して分かれた


歩き出すと…体がうすら寒くて

やっぱ、すぐ戻ってれえに触れたくなる

もう病気だ


俺はその、どっか空虚な感覚のまま電車に無理やり乗り込み本部施設のある駅に向かった。


本部に着き、椎野隊長の部屋の扉をノックする。

れえといた時の浮き上がるような感覚のまま

俺は椎野隊長の部屋に足を踏み入れた。

椎野さんはタブレットを眺めていたが、それから俺と目をあわすといつもとなんら変わらない様子で、近くまで来いと首を振った。

それからタブレットにまた視線を戻して、淡々と読み上げるように話し始めた。


「相手は通信科三年。肋骨2本、鼻骨他顔面骨折複数。いずれも単純骨折で全治1か月半てとこか。救いあんのは内臓が綺麗だったつうことぐらいで、随分派手にやったな。なんか言いわけあるか」


強い口調でも、いつものチャラけた口調でもない

ごく冷静な言い方で静かに尋ねられた

俺が「ありません」と答えると、椎野さんは微かに眉を動かしたが表情を変えずに俺を見た。

「じゃ、午後休に片道一時間かけてまでわざわざ寮まで戻って、気にいらない先輩ぶちのめして暴れただけって事でいい?なんか言いわけしてくんねえと俺もお前の事守ってやれなくなるんだけど」

「すみませんでした」

「……へえ」


俺が黙ってたら、椎野さんがタブレットを机に放ってため息をついた。

それからさっきより砕けた口調で続けた。


「…かいかぶりか?俺お前はさ、なんか理由がないとこんなバカしないと思うんだよな。言いたくないならそのままカッコつけてていいけど、訓練もこれで終わりだぞ?卒業ぶっとばして内定決まってたのも取り消しだ。本部はまだいいけど、人事部の古株が今度の件でお前に対しての評価だいぶ下げてる。そんなんも全部お前は分かってると俺は思ってたんだけどな」


椎野さんに自分をそう評価してもらえんのは単純にうれしかった。

だけど、細かいことを全て話す気になれなかった俺は「かいかぶりです」と答えた。

特に迷いも無かった。


「…可愛くねー」

「……」

「…あのさぁ。お前らくらいの年はわかんねえのかもしんねえけど、そうゆうのダせえよ?なにもかも平気なふりして背負い込むの。大人に甘えなさい次からは」

「はい」

「いい返事だ。辞令待て、散」


手のひらを翻して椎野さんはそう言うと、俺に背を向けた。その背に一礼して部屋を出ようとしたとき、「トラぁ」といつもの様な、どこかふざけた口調で呼び止められて俺は扉に手をかけたまま振り向いた。


「はい」

「お前謹慎いつあけんの?」

「1ヶ月って聞いてます」

「あっそ。じゃ許可とっとくから、二週間反省したら俺んとこ来い」

「……?」

「ムダに鈍らせたくねえ」

「…は」

「悪いようにしねえから。こっちの事は何も考えず、俺に従っとけ」



俺はまた一礼して部屋をでると荷物をまとめ、先輩方に極簡単に挨拶して本部を出た。

寮に着いても、当然礼はいなくて静かな部屋のベッドに腰かけ携帯を取り出した。

瑞樹からメッセージがあって、それを開こうとした時着信が鳴った。

ロミオさんだ


「もしもし」

『礼にかけても全然出ねーから。家戻った?』

「あー…すいません、れえ本人は……だいぶ…」


ロミオさんがどこまで知ってんのかわからなくて、そこで言葉が途切れた。

いつも冗談ばっかのロミオさんの言葉の間が深刻で

何も知らないわけがない。それだけはわかった。

ロミオさんも少しの間沈黙した後で意を決したように口を開いた。


『礼、こっちに呼ぶ』


こっち…イギリスに連れてくってことか?


「…ダメです」

『あ?』

「……、…やめて…ください。んな事は言えないってわかってんですけど」

声震えた 情けねー


『国彦…お前のせいだとは思ってないよ。実際最初におもしろがってけしかけてたのは俺だ。礼に弱いとこあんのも、変な奴寄ってくんのもわかってたし、お前の気持ちもわかってたからお前に責任感じさせるような事ばっか言ったよな。そうじゃなくて、俺が今は側に置いときたいんだ。お前が一人前になるまで』


今れえと 離れる…?


『お前頭打たれたのはヤバいからちゃんと見てもらえよ』

「はい」



電話が切れて、俺は力の抜けた身体をそのままベッドに横たわらせた。

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