24. ーside 礼ー トラウマ



どこかでくすぶっていた言葉達が耳元で響いた。




『心はずっと礼ちゃんに』

「…違う」


『抱き締めてくれるだけでよかった』

「……やめてくれ…ダメだ」




『僕が、お伝えしましょうか』

「…おれの、くにひこ、なのに」





いつからこんなに脆くなった


国彦と身体を繋げる前から怖かった

誰でもない自分がもう後戻りできなくなるのがわかってたから


学校で、帰り道で、遊びに行った街先で…

嫉妬なんて言葉じゃ易しいくらい

体中で真っ黒い気持ちがぐるぐる回って


安心できるのは寮部屋で独り占めしてる時だけだった


くにが、俺の中に入って

俺とくにの境目

わけ わかんなくなるまで


ぜんぶが一緒になって



国彦に奥まで貫かれて、強く噛みつかれて

もっと

めちゃくちゃに揺さぶられて引き裂かれて

壊されたい感情と同時に


こんな事思うのは死ぬほどイヤだったはずだし

嫌なのに


どこかでこうも思っていた



愛されて 大事に国彦のくれる熱を宿して

国彦と俺だけの確かな何かを 


孕んでしまいたいと何度も思ってたんだ

何度も



瞬間打ち消されて


何度も何度も

そんな事をおもってしまう自分を軽蔑した




『五嶋が1カ月なんて長い間、純粋にお前だけを想って、節操保つって信じてるのか?』

そう篠原が言ったけど


あいつなんかにはわからない。国彦はそんな奴じゃない

くにはいつも俺の欲してるものに反応して

それを与えて

そうゆう奴なんだ


でもそれは俺にだけじゃない

知ってる。

だからすきなんだ

わかってるよ


ただ俺の独占欲こそが病的なだけだ



だって

納得したつもりで


俺を想う気持ちを持ち続けていたとしても

かわせと寝てた事実を

他の誰かと身体を合わせた過去を


もしかしたらの現在を


ぜんぜん許容なんかできなかった



こんな

恋愛なんかで、いっぱいになる自分がイヤだ


はずかしい




だけど、もうダメだ

俺は



くにひこを失うくらいなら

今の自分の全部 捨てたってかまわない


ぜんぶくににあげたいよ

俺ができること

そうしたらずっとそばにいてくれる?


おれのこときらいになんないで

おれのことすてないで


お前のためになるなら、おれはなんだってする


おれのぜんぶあげたい

いますぐ


なぁ あげるから

好きでいて

いかないで

だれかをすきにならないで

どっかいかないで

そばにいて

おれだけのくにでいて


だめだ

こんなのバグってる

頭んなか…ぐちゃぐちゃ


俺のできることがなんなのか冷静に判断できない


もう後戻りできない

そう思った





俺は

篠原の部屋に向かった。





扉を開けると、篠原が少しだけ驚いた顔で俺を見た。


「よぉ」

「国彦に、手ぇ出すな」

「……は」

「頼む」

「どういう意味?わかんないんだけど」

「…、クソやろー…わかってんだろ、さっさと終わらせろよ」


腹立って睨んだら、篠原が喉の奥で嗤って言った。

「…お前から…言ったんだからな」


腕を引っ張られて今更だけど、現実味を帯びたその熱にとたん怖くなった。

部屋に引き込まれて扉が閉まると、俺は、感じたことのない胸の痛みでうつむいた。

でも、必死に声を絞りだして言った。


「頼む…から…くにに絶対、変な事しないで」


「…ヤベェ…いいなその目。すげえクる」


背中で鍵が閉まる寒々しい音がして、

からだが

壊れるんじゃないかってくらい鼓動が響く。


「ほんとのお前はさ、聞き分けのいいあんな男じゃなくてお前の心ん中無視して禄でもない嫉妬でめちゃくちゃ蹂躙されたり、監視されて制限されて縛り付けられて病的に愛してくれるような相手じゃねーと安心なんかできないんだよ」


そう言いながら篠原は俺の腕をムリに引っ張り、俺はベッドに転がった。

抵抗なんかできる余力もないのに

ベッドに頭から押さえつけられて馬乗りになった篠原が、つけていたネクタイを外してそれでベッドのフレームに俺の手首を縛った。

それから、俺の頬を一発平手で打った。


「あいつの優しさが心地よかったか?うそつけ。なんでもお前の想いによりそって、守られて、想いが一致するたびに辛くなっただろ。そんなもんあいつの気持ちが離れたらオワリだから」

「…違う」

「お前の意志なんかどうでもいい。俺なら、揺るがない自己肯定感をお前にやれるぜ?」



ムリヤリ突っ込まれて、揺らされる

強く結ばれた手首が揺らされるたび擦れて痛かった


早くイけよ

さっさとそんな欲望消えちまえ


こんなの、何の意味もないのに

俺にも篠原にも

なのに


「あーー…すげえ…絞りとられんだけど、そんなほしかったか?…コレ」

「ッ…、…」

「俺の、お前のここにハメてんの撮って、送ってやろうか。…カレシどんな顔すんだろうね」


沸き立った怒りの行き場がなくて、

篠原の顔めがけて唾を吐いた

「シ…ネ」


左ほほに衝撃が走って、一瞬目がくらんで何も考えられなくなった。

首もとに冷たい感触がして目線を下ろすと、確認する間もなく篠原の手に握られたナイフの刃先がその首もとに触れて

鋭い痛みが走った。


同時に力が抜けるような感覚で身体の奥が痺れた。


「ッ!や、…やめ…ろ」

「ハッ…ここがイイんだお前すげえ反応」


何度も執拗にそこに押し付けられて、

おれは

心と裏腹に何度もイッた。

死にたくなるほど、身体はバカ正直に反応した


思考はもうばかになってて

助けを求めるみたいに無心に

ただ国彦の名前を呼んだ

それが気にさわったのか、むしろ興にいったのか、

何度か篠原に平手で打たれた。


あの画像が写る携帯を目の前に篠原が翳してきて、朦朧とする意識を一瞬で引き戻される。

荒い吐息で切れ切れに篠原が嗤っていた。

「な、…こんなん、マジでヤバい事になるって、信じたわけ?こんな作り物、警察が相手にするわけねぇだろ、マジばかなの?お前が今俺とヤッてんのは、五嶋にとって何の意味もねえの!ただお前が、お前の意思で、勝手にあいつ裏切っただけ」


………

なに

いってんだ、うそだ

じゃあ俺


「や、いやだ……やめ……あ」

「は?止めるかよ。奥に出すに、決まってんだろ、あーー、あぁ出るマジイイ、…ッ…ン」




おれ

なんでこんなとこにいるんだ



「可哀想だな。お前がバカだから悪いんだよ礼…」


めちゃくちゃな思考の中に

篠原の声がどこかぼんやり響いた





やっと、解放された頃にはもう日は暮れていて

ただ、部屋に帰ってとじこもるように、呆然と

頭からシャワーを浴び続けた。


殴られた頬は青くなっていた。

首筋の切り傷からまだ血が滲んでいる。



そんな自分の身体を見ていたくなくて、

体を拭くのもおざなりにバスタオルにくるまってうずくまった

身体がとても重い


数分そのまま動けないでいるところに、携帯が鳴った。


着信の相手はくにひこだった

頭が真っ白だったのに

少し悩んだけど

くにの声

ききたい

ただそれだけがうかんで気づいたら通話ボタンを押していた。




『よお、れえ』


返したいのに声が出ない


『聴こえてるか?』


「…えてるよ」

『…どうした声。体調悪いか』

「…うんう」

『…れえ』


ほら


はやく応えないと

くにがヘンに思う

だけど……言葉がでない



『何悲しい事あったんだ…ん』



そばで抱き寄せて言ってるみたいなそんな

優しい声だった

耳から心臓に響いて涙が出た




全部言って

すがりついてあやまったら、

ゆるしてくれるかな

だめだよ何て伝えるんだ

お前のためになると思ったから、先輩とエッチした…とでもいうのか



嘘 つこうか

なにもなかったフリをしていつもみたいに

甘えて




できないよそんなこと



「…くに」

『何』

「すきだよ」

『…、……』

「今日、もう…切る」

『待て』


強い制止に、身体がびくりと揺れた。

それが電話越しにも伝わってしまったかもしれない


『れえ、何かあっただろ。』

「……」

『篠原か。動画の事なんか言われたか。ちゃんと言え』


好きだよ

すきだ

国彦だけいればいいのに

こんなの俺が言う資格すらもうないよな


「……、ない、ないよ」

『明日訓練のあと空きが出来た。戻るからその時』



そんな…


「ダメだ!!」

『……れえ…?』

「だめだ、だめ……」


国彦が帰ってくる?

明日…


混乱のなかで、俺は電話を電源ごと切っていた。

真っ黒な画面に今更はっとしてももうとりかえせない。何も知らない国彦にこんな仕打ち…


心配だけさせて最低だ でも

だって、ムリだよこんな




篠原が残した傷

手首のアザ

頬も首も身体中

中…汚いんだ まだ


綺麗にできない

洗ったのに

残ってるよ

こんなおれ

国彦に見られたくない


こんな姿であえないよ…




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