25. 閃光
突然切れてしまった電話にその後何度かけても繋がることは無かった。
国彦は騒ぐ心を抑えて翌朝から昼にかけての室内訓練をこなし、それが終わるとすぐに合宿所を発った。
昼過ぎに寮に着いた国彦は、いまだに連絡がつかない礼を探した。寮部屋は空で、学校に向かう前に寮を急いで一回りしたが見つからなかった。
授業が丁度終わった時間で、校内には生徒が溢れかえっている。
その中にも、クラスの席にも礼の姿は無い。
礼のクラスメイトが国彦に驚いて声をかけた。
「よお、五嶋じゃん!どしたの?今日は学校来れんの?」
「ああ、中休み。なぁれえ見なかったか」
「れーちゃん?あれ、寮いなかった?朝から授業出てないよ」
人の流れに逆らいながら心当たりをまわってみてもどこにもいない。
礼一人ではいかないだろうとふんでいた場所だったが、もうそこ以外は思い当たらなくなった国彦は屋上に向かった。
人気のない屋上に繋がる階段に、篠原が座っていた。
気だるげに左肩を壁にもたれさせてうつむいていたが、国彦と目が合うとゆっくりニヤリと笑んだ。
引っかかっていた相手を目前に足を止めた国彦に、篠原から声をかけた。
「礼なら、屋上にはいねえよ?」
事情を知ったような口ぶりと、礼を呼び捨てにしたことに明らかに嫌悪感を露にした国彦を見て、篠原は腰を折って笑いだした。
「なぁ、木下がお前んこと殺してえっていつも言ってんだけど。恋人も、仕事も、体裁も何もかも失った男って怖いよね。今度お前にあったら刺し違える覚悟だよ。かわいこちゃんだけ助けて囲って、人一人の人生ぶち壊した罰だな」
どこか、無気力で何の興味もない様子でそう言いながら、篠原は国彦をじっと眺めた。
無表情のその顔が血色変えて発熱する瞬間を確かめたかったからだが、木下の名前を出してもなお、いまだ国彦は目をそらさず冷たい温度で篠原を見つめかえしていた。
「あいつが俺殺したくて気が休まらないなら、俺の目の前に直接来りゃいいでしょ。別に逃げてねーし、傷つけられる謂れもねえけどそうしたいんならそうすれば」
「余裕でカッコイイねー。でも礼はそうは思えないってさ。あいつお前の為に生きてます感ウザいから。忠犬は嫌いだけど、あいつはカワイーよね具合イイバカなクソ駄犬って感じ」
「…その偏った趣味でれえに関わってくんのやめてもらえませんかね。胸くそわりいんで」
その国彦の一見普段通りの無表情の
そして自らの携帯に目を落とし操作しながら答えた。
「…もぉっと、胸くそ悪いこと教えてやるよ」
そう言って篠原はその携帯を国彦の目前にかざして見せた。
動画には礼が映っていた。
『ぅんッ……ひぅ……ン、ン、ンぅッや、』
動画の中の礼は、前髪を強く乱暴に掴まれながら篠原の性器を突きこまれ、遠慮や優しさのかけらも無いまるでモノみたいな扱いの激しさでガクガクと揺らされている。
「…昨日、捕まえてヤリ捨てた」
篠原が言った。
国彦は一瞬頭が真っ白になり
呆然とただその画面に目線を置くことしかできない。
そんな国彦に篠原は続けた。
「ごめんね。大事にしてたみたいだけど。お前の名前出したらあいつすんなりヤらせてくれたよ。何度も呼んだぜ?『くにー、くにひこー…』マジウケる。溜まってたのかな。最後は自分から腰振ってめちゃくちゃよがってたわ。口では嫌だとか言いながら俺ので何度もイって喜んでた。嘘じゃねーよ。あいつに直接聞きな?」
『…あ、あーヤベ……あああッまたイキそ』
その薄ら笑いを含んだ篠原の声で動画は激しくブレて終わった。
篠原は、携帯の画面越しにニヤニヤと笑んで国彦に言った。
「うしろ開発しといてくれてありがとうね。俺がめちゃくちゃ奥まで精液流し込んで壊しといたから」
だんだんと、ほしくもない現実味を帯びはじめたその怒りの中で、ガンと閃光のような熱がこみ上げてきた国彦は、堪えきれない衝動で翳されていた篠原の携帯を階段のガラス窓に強く投げ込んだ。
衝撃でガラスが飛び散り大きな音をたてた。
その勢いのまま、国彦は篠原の胸倉を掴み、その左頬に一発強く拳を叩きこんだ。
どっと倒れこんだ篠原は切れた口端を親指でさっとぬぐうと、大きく噴出して笑った。
「お前終わりだな。戦闘訓練受けた人間が非力な一般人に暴力とか!マジで傑作なんだけど」
倒れて仰向けに寝転がったままそう嗤う篠原の胸元を足で押さえた。
「うるせえな……黙って転がってろ」
強く足蹴にされながらも、いつもの無表情が剥がれた国彦の本能の殺気に、ゾクゾクと背を粟立てて篠原は笑んだ。
その笑みが腹立たしくて馬乗りになってその頬を殴った。
ガラスの割れた音で生徒が集まっていた。
それでも、国彦は止まらなかった。
「五嶋!なにしてんだよ」
呆気にとられていた生徒達を掻き分け数人のクラスメイトが国彦と篠原の間にはいり、二人を離した。
「あいつの頭ん中は俺が与えた恐怖でいっぱいだ。俺がまた脅せば何度だって股開くぜ?何度でも犯してやるよ。お前の前で犯してやる」
クラスメイトに強く捕まれていた腕を振り払い、国彦はそのまま倒れこむように、篠原の首もとを押さえつけてロッカーにバンと勢いよく押し付けた。
その衝撃でロッカーからバラバラとモップや箒が散らばった。
「五嶋!やめろ」
クラスメイトの制止も聞かず殴りかかる国彦に、篠原は近くに落ちていたホウキの柄でガンと国彦の側頭部を打った。
その衝撃で額が切れた国彦はいくらか血を流しながら
その頭部の鮮烈な痛みと怒りで完全に冷静さを喪い、篠原を何度も何度も強く殴り付けた。
「やめろ!!五嶋マジで、死ぬって!!!」
そうして止めるクラスメイトの声がぼんやりと耳奥に届いたが、国彦の腕は止まらなかった。
反応がなくなりぐったりとなった篠原にようやくほんの少し我に返った国彦は、そのままその場に篠原の体を投げた。
ここまでしても、心は落ち着かなかった。
苛苛とした体のまま、その場を離れようとする国彦に、騒ぎを聞き付けて飛んできた瑞樹が声をかけた。
その他の居合わせた生徒達はもう、国彦の
その殺気とおびただしい頭部からの血液に、何も言葉を発する事ができない。
「国彦、お前…何やってんの」
特殊な訓練を受けている国彦達戦闘科の生徒にとって暴力沙汰は退学も免れない事案だった。
息荒い国彦は、瑞樹の横を通りすぎながら言った。
「……あとで、全部…やるから、わるい」
「おい、国彦!」
国彦は、ぼんやりする視界を二三度頭を振るだけで無理に気付け、そのまま走り出した。
(れえ…)
昨日の電話の礼の声を思い出して
国彦は喉元が熱く苦しくなった
礼の震える泣き声のような言葉が、国彦の耳の奥で響く。
『だめだ』
(昨日…あの時)
『すきだよ』
(どんな気持ちで…)
国彦は学校を出た。
途中街中で、その頭部からの血液に驚いて二、三声をかけられたが、国彦は簡単に断って歩を早めた。
寮に戻り、到着した時は見なかった共用の大浴場や食堂、他学年の寮棟も見てまわる。
まだ生徒の戻らない寮の中はしんと静まり返っていて人気は感じられない。
最後に、有ることは知っていたが、使う機会もなく誰も使っているのを見たことのないトレーニングルームのシャワー室の前を通った時、中から微かに水音が聞こえた気がした。
もう他に当てもないのもありその扉に躊躇なく手をかけると、それはすんなりと抵抗なく空いた。なかには簡易扉でしきられたシャワー個室が10個ほど並んでいて、奥のひとつからシャワーの水音が聞こえていた。
その個室の扉の前に立つと、すりガラスの扉越しに人影が見えた。
はっきりとは見えないが上半身はぼんやりと白く、衣服を着たままなのがわかる。
その人影はビクリと身体を震わせたきり、少し振り向いたような体勢のまま動かなくなった。扉を挟んで立つ国彦の様子をじっとうかがっているようだ。
「…れえ」
国彦はそのすりガラス越しの人影に呼びかけた。
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