8. ーside 国彦ー ほんの少しのすれ違いで・後篇




“好きだけど  心が ついていかない” ?



れえ

それはもう、

俺のことじゃねえだろ



そう思うのに、

突き放したり切り捨てたり、ましてや言葉で言い負かして傷つけたいなんてかけらも思わない

そんなことできないからただ、

自分の中でのたうち回るしか選択肢はない



れえが一度元にもどりたいと言ってから、俺は「わかった」と一言だけ伝えて

そのまま風呂に入り、一人寮の食堂で飯食って、

部屋に戻って

何をする気も起きないまま、ただ無心にゲーム機を起動させてみた。

当然集中なんかできない

れえが横になったままなのを確認してから、俺は早めに部屋の電気を消した。


眠れなくて

でもこの暗闇の静寂で目をつぶると、自分自身の感情が見えてくる気がした。

こんな、もう自分でも意味わかんなくなるくらい好きだから

友達に戻る方法も、友情と愛情のその境すらわかんねえや…


前は、友達だった頃はどうしてた…?

明日朝、どう接すればいい


明日…





目を開けてれえの寝てるベッドに目を向けた。

暗闇の中でれえと目があった。

れえは、その瞬間はっとして、それでも目をそらすタイミングを逃したように困った顔で俺を見つめた。


「……れえ」


俺が呼ぶと、れえは更に困った顔になった。


「そばにいっていいか、何もしない」


俺の言葉に、れえはかすかに頷いた。

あまりに静かで、衣擦れの音が妙に高く部屋に響くように感じる。





なにもしない

…て



なんだそれ



自分の言葉にツッコミつつ近づいて、れえが横になっているベッドのそばに胡坐をかくと更にどうしたらいいかわからなくなった。

何もしないつうことは…

なら見るだけか?

いや、友達の間も少しは触ったりしてたんだっけ


ああ、めんどくせえ触りたいから触ってやれ


俺はれえの額にふれた。

びくりと体を小さく震わせてれえがぎゅっと体を固めて目を閉じた。






やばい

めちゃくちゃ興奮してる俺




少し熱引いたか

そのままやわらかい前髪をなでると、れえが気持ちよさそうに閉じたまぶたの力を抜いた。

それからゆっくり閉じていた目を開けると、そのまま俺を見た。



……



俺は思い切りオッケーの意思表示だと感じていつものように唇を近づけて

はたと体を止めた。


これまでこれ、言葉じゃなくても“キスしていいよ”て事だと思ってたけど、

てことは…

これもしかして、キスしていいよじゃ無かった…?




じゃどういう意味だよ

教えてくれ


少しれえから身をはなしてうなだれた後で、多少冷静になった頭を起こして

改めてれえの表情を確かめると

存外れえの瞳は俺をじっととらえていた。

…どころか俺の方に手を伸ばそうかためらってる。




あれ

たぶん

キスできたな今


俺はしばらく意味わかんなくて、フリーズした。


“心がついてかない”って

“友達に戻りたい”って言っ…




ああ


もうそんな

表面上の

言葉なんかどうでもいい




俺は堪えきれずれえの唇を自分のそれでふさいだ

れえの唇は想像以上に抵抗なく俺を受け入れて

むしろ

どっか逆立った俺の心をやさしく受け止めた。



唇が離れてからやっと、今更ながらじわじわと罪悪感がこみ上げてきた。

こうゆうの、したくないっつってんのに…

「…わるい」

俺の少し戸惑った言葉に、暗闇のれえの瞳がどこかオロオロと泳いだ。

どう答えようかと悩んでるのかもしれない

それでも、うろたえた様子のまま。れえがぽつりと言った。

「ちがう」

「ちがうってなに」

「ちがう今、おれが……」



 きす したいって 




声は聞こえなかった。ほぼ吐息だけで

でも俺の耳には確かにそう聞こえた。


れえの気持ちがわからない

それなのに

やっぱりどこかで繋がってしまってるのかもしれない

そんな、もううぬぼれみたいな感情がわきあがってくる。



「…何言ってるか自分でわかって言ってんの、れえ」


興奮と焦らされてるみたいな鬱憤で、

どっか脅すような口調になった俺の言葉にすら、

おびえたようにだけどおそるおそる、れえは俺の方に手を伸ばした。


それで堪えてた俺の理性がとんだ

もうやけくそみたいに乱暴にれえの両腕をつかんで、

れえの自由を奪った。




ダサいよな

好きすぎて余裕ない

自分でもわかってるのに、止められなくて、

俺はただただれえの気持ちよくなるとこを探った

耳元

首筋

胸元

へそ

もっと 奥まで探りたい



馬鹿な犬みたいに、目前しか見えなくなって、

夢中だった俺の視界が、とたんにれえの手のひらでさえぎられた。


真っ暗な視界の中でれえの苦しげな嗚咽が

それでもひかえめな嘔吐えずくような咳払いが耳に響いた


見なくてもわかる

身体の鼓動と振動で

れえのを、感じていた。








――それはもう俺の事、好きじゃねえだろ



わかっていたはずなのに


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