7. ーside 国彦ー ほんの少しのすれ違いで・前篇

午後の授業を消化してすぐ、俺は寮に急いだ。


確信と言えるような強い感覚じゃないけど、

幼い頃、自分の父親を探す為に、れえが誰にもなにも告げず

ひとり姿を消したあの時と


どこか同じ様な胸騒ぎがする。



妙にあせった気持ちで寮部屋の扉を開けたからか、毛布にくるまったれえがベッドで眠っているのが目に入ったとたん一瞬力抜けるぐらいほっとした。

丸くなって頭まで毛布をかぶってる。

その小さな丸まった体が呼吸するたび懸命に上下するのを見て、思考停止したような俺はしばらくその場に立ってそれを凝視した。


ああ…

なんだこのかわいい物体

たまんね…


穏やかな呼吸保って、ただ眠ってるだけのれえを見て、ここまで思える俺は自分でもいよいよ危ないと思う



扉から一直線にれえの眠ってるベッドに向かい腰掛けてから、

ほぼほぼ乱暴な手つきで、れえの顔が完全に見えるようになるまで毛布を剥いだ。


「れえ」

「……ん」


ようやく顔を出したれえの表情を見ると、明るさに慣れないのかまた目をつぶって少しだけ開けるのを繰り返しながら、それでも懸命に覚醒しようと目をこすった。


顔、赤いな

毛布にくるまってたせいだけじゃない


「熱は?薬飲んだの」


俺の言葉にだんだん目が覚めてきたれえが、それでも寝起きの鈍重な反応で首を横に振った。

「飲んどけ。クラスの奴から聞いたけど、朝から体調悪かったんだろ」

「……苦いから、嫌だ」

「ガキかよ」

「どうせ…ガキだよ」


あ、拗ねた…

なんで?いつもならうるせーって笑うのにな

意味わかんねえけど

れえがまた毛布かぶったのを容赦なく引き剥がして、俺はれえの額に手をあてた。


「あつ…」

「……触る、なよ」

「何怒ってんの、れえ」

「怒ってない」

「や、怒ってんでしょ」


「毛布とんな。見んな!!」

ってちょっと余裕ない声で言うと、れえはまた毛布に隠れた。

俺は何かのフリだと思ってまた毛布をひっぺがした。

れえの様子が変てのもあったけど単純に、

恥ずかしそうな顔、

怒ってる顔、どんな顔でもいい

れえの顔が見てたかった。


でも俺の想像した反応とは違っていた。

無理に俺のほうに向けた瞳から涙があふれていた。



れえは、泣いていた。


「……れえ?」

「見んなって、言った」

「…なんで泣くの」

「うるせ…」



それでももう、れえは俺から瞳をそらすことはなかった。

何度か、ぽろぽろと涙を零してもそれを気にするそぶりもなく


ただ俺を見た。


「くに、俺」


そのままそう言うと、れえは言いにくそうに口をつぐんだ。

どうしてもそれを吐き出させたくて、促すように俺は静かに、

なるべくやさしく耳を近づけた。



その耳に弱弱しい吐息混じりの声が聞こえた。


「もう…、わ」



……わ?


わってなんだよ

その言葉の続きははっきりと聞こえなかった

でも

こんなにれえの事苦しめてたのか、俺

好きだって気持ちを押し付けて

泣くほどに


気づかぬうちにれえを縛ってたのか…?




「わ……て何?もう、別れたいか、れえ」

「!!……ちがう!そうじゃ、ない!!」

そう焦った様子で言うとれえは、くるまってた毛布を放って

俺にぎゅっと身を寄せた。



なんなんだよ

意味

わかんねー



……のに、何でだ

苛立ちよりも愛おしさが勝って、俺はれえの寄り添ってきたからだを強く抱き締めた。


「どしたれえ。何不安になった?」


「好き……なのに心が、ついてかない」

「……うん」

「一度、戻りたい」

「?」

「一度、前みたいに……友達に……戻り……たい」


俺は、

そっとれえから身体を離してその表情を覗き見た。


真っ赤になった目から大粒の涙が次々こぼれ落ちて

俺はその涙をどうしてもとめてやりたくて

れえの心の憂いを払ってやりたくて

ただその一心で


その

要求をのんだ

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