6. 心配と、配慮
午前中の授業が終わり、国彦は礼のクラスに向かった。
二年に上がり寮部屋が一緒になってからは、昼休憩まで一緒にいる事もさすがに少なくなったが、
今日はなんだか今朝の言葉と、いつもの礼らしくないいっそしおらしすぎる様子が気になっていた。
普通科クラスを覗くと、いつもの席に礼の姿は見当たらなかった。
一年の頃からこうして礼を迎えにきていた事もあり、何人かの顔見知りが国彦に気軽く声をかけた。
「よお五嶋」
「よお、れえは」
「一限目はいたけど。なんかすげぇ体調悪そうでさ。もう寮戻ったよ」
「…へえ…」
普通科の教室を後にし、売店でパンを買って屋上に上がる道すがら、国彦は礼の携帯にメールを送った。
《れえ大丈夫か?》
屋上に着き、扉をあけると嫌に冷たい風が国彦の身体に打ち当った。
空は今にも一雨きそうな曇天だ。
いつもなら日当たりがよく、遠く海まで見渡せるベンチに座るが、この日ばかりは入り口扉近くの浅い軒の下にどっかり腰をおろして、おざなりにパンの袋を開けた。
ポケットに放っていた携帯を取り出して見てみても、礼からの返信はまだ無い。
携帯の画面に、ぽつりと水滴がひとつぶ落ちてきて国彦は天を見上げた。
携帯を自分の組んだ足のひざ元に置くと、ぱくりとパンを頬張る。
それを租借していると、すぐ横の入り口扉がぎっと音をたてて開いた。
その扉から覗いたのは見慣れた赤い癖っ毛だった。
「くーにひこさん♡」
「おー…川瀬」
川瀬はその無気力な程の国彦の声にいくらか肩の力を落としてぷっと頬を膨らました。
「なんでよ。嬉しくなさそう」
「うん。嬉しくないもん」
「ばか、嫌い」
「あっそ」
もーっといいながら、おざなりに扱われるのが好きな川瀬はぴょこりと跳ねて国彦の隣に当たり前の様に膝を抱えて座った。
「国彦さんが歩いてんの教室から見えてついストーキングしちゃったよ。れーちゃんと一緒にいないから」
「あー…あいつ体調悪いから寮戻ってる」
「風邪?」
「や、どうだろうな。わかんねー…」
国彦は膝に置いていた携帯に目をやった。
メールはまだ来ていない。
「昨晩ムリさせすぎちゃったとか?」
「…お前言う事オヤジみたいだよね、時々」
「おじさん好きだもん俺。やさしくしてくれるし。色んな事知っててムリとかしないし」
雨脚が次第に強くなっていた。
「ねえねえ、れーちゃんと順調?」
「何、お前」
笑って流した国彦の首元をぐいっと自分の方に向けると、川瀬はじっと国彦の眼をのぞき見た。
「……溜まってるんじゃないかなぁって」
(でた…得意の上目づかい…)
国彦は、自らの欲望に素直すぎて、もう一周して健気さすら感じる川瀬の様子に吹き出してからはっきりと言った。
「ないよ」
しばらくじっと川瀬が国彦の瞳の色が変わるのを待つように見つめたけど、国彦は顔色を変えず、川瀬からパンに注意を戻してそれを頬張った。
「なんだ…つまんない。そろそろ俺の良さが身にしみてわかる頃合いだと思ったんだけどな」
「や、ないない。全然ない」
「はっきり言いすぎでしょ。もお~」
「お前の方はどうなの」
「え…」
「色々。大丈夫か」
さっきのふざけた空気から一変して急に真面目に聞いた国彦に、川瀬は少し沈黙した。
そのほんの少しの間、雨音が微かに大きく聞こえた。
「ぜ~んぜん?楽しいよォ高校生活。ほら俺って割と可愛い顔してんじゃん。先生も先輩達もみーんな優しくしてくれるしさ。イケメン彼氏もすでに数人ゲットしたし。一年前の事とかその前とか…忘れちゃうくらい今ハッピーなんだよね」
「へえ…まぁなんかあったら言え」
パンを全て食べ終えた国彦は、そう川瀬に言い残すと雨が更に強まった屋上を後にした。
少し呆然とその背を見送った川瀬はその場で自分の膝に額を押しつけて突っ伏した。
しばらく思案して、それから小さく呻ってからつぶやいた。
「絶対……知ってるじゃん…あいつが退院したって」
元教師の木下が退院し、今は警察の管理下に置かれているらしい事を知ったのは川瀬自身ここ最近のことだった。
今でもあの頃の事を思いだすと微かに震える手のひらを見つめながら、
川瀬は口をとがらせてまた小さく呟いた。
「国彦さんはやっぱ、ずるい…」
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